第21回 休講脱線  「天声人語」と一茶の雁

今日の朝日新聞「天声人語」は、昨日、佐渡トキ保護センターで試験放鳥された10羽のトキ(朱鷺)について書いています。そのなかに<今日からは日本の雁(かり)ぞ楽に寝よ>という小林一茶の句が出てきます。いったん亡んで復活したトキに対して、一茶の雁への愛に思いを馳せて、「生きる環境は前より厳しい」かもしれないが、無事に過ごしてほしいものだと言いたいのでしょう。

この一茶の句は実は昨年11月25日の「天声人語」にも出ていました。宮城県の伊豆沼に飛来するマガンを主題にしたその話では、一茶の雁がマガンであることを疑わず、遠くカムチャッカから飛来したマガンに、「楽に寝られる所は減り続けている」ことを案じつつも、「楽に寝よ」といたわりの言葉をかけています。
 
二つとも情感のこもったいい話だと思います。しかし、一茶の句の解釈には疑問があります。昨年のマガンの話では、私は、アサヒコム読者窓口に、一茶が詠んだ雁はマガンではなくオオヒシクイです、とメールをしました。しかし、「およせいただいた情報は担当部へ回しました」という返信はありましたが、質問した内容については無回答でした。今回のトキの話では、「雁」とだけ書いてマガンと言っているわけではありません。しかし、同じ筆者による文章だとすれば、誤解は解けていないのかもしれません。
 
日本に飛来するガンには、オオヒシクイ、ヒシクイ、マガン、カリガネ、ハクガン、サカツラガン、シジュウカラガン、コクガンなどがいます。これらのなかで最も大きいのは、翼を伸ばせば1.7メートルもあるオオヒシクイです。新潟県の福島潟は、現在もオオヒシクイが大挙して飛来することで知られています。ここには毎年5000羽以上が越冬するといいます。近畿地方では滋賀県浅井町の西池に数百羽が来ています。

あるブログによれば、一茶のふるさとである黒姫高原の大沼池の畔に一茶の上記の句を刻んだ句碑が建っていて、一茶が詠んだのはオオヒシクイだと説明されているそうです。オオヒシクイのめずらしい飛翔場面を苦労して写真に撮った別の趣味人のブログには オオヒシクイは「一日中、寝ているか、餌を食べるかで、ハクチョウの様にねぐらとえさ場の移動もあまりしない」と書かれています。

一茶が「寝る」ということにこだわっているのは、彼がふるさとで見たオオヒシクイがよく寝る習性の渡り鳥であるからかもしれません。そうだとすれば、一茶が詠んだのはマガンでなくて、やはりオオヒシクイでなければなりません。

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