第25回 「私的時間」という名の労働時間のちょろまかし

先週の週末、九州大学で開かれた経済理論学会の全国大会に参加しました。私が出席した分科会では、兵庫県立大学大学院経済学研究科の社会人院生の松浦章さんが、自らが従事する損害保険産業の労働時間管理について、興味深い報告をされました。

その報告によれば、損保業界では一般職の就業時間中の談笑、喫煙、喫茶、化粧などを、就労していない「私的時間」とみなし、それを各自のパソコンに入力させ、労働時間から自動的にカットする時間管理を行っているというのです。この新手の時間泥棒については、前から耳にしていましたが、今回の報告を聞いて、その手口の詳細がわかり、参考になりました。

興味深いことに、松浦報告は、A損保の一般職2603人の「私的時間」データをもとに、上位の職位や繁忙な職種ほど「私的時間」が長いことを明らかにしています。数字でみると、2005年9月から2006年1月までの5か月間についてみた1人当たり1日平均の「私的時間」は、0分が7.6%、20分未満が40.1%、20分(初期設定)が31.8%、20分以上が20.5%となっています。しかし、上位職種に限ると、20分以上は24.2%、繁忙職種(損害調査)に限ると20分以上は28.2%と、平均よりそれぞれ数ポイント高くなっています。ここには会社の圧力や仕事の圧力を受けやすい労働者ほど、「私的時間」の申告に協力的であることが示唆されています。

労働局のホームページによれば、労働時間とは、労働者が使用者(会社)との間で交わした労働契約に基づき、使用者の指揮命令下におかれる時間のことです。労働時間には仕事中の待機時間や手待ち時間だけでなく、トイレや喫煙や談笑などの余裕時間も含まれています。これらを「私的時間」として労働時間からカットするというのは、会社にしてみればそれだけ残業時間が短くなり、残業代を削減できるわけですから、明らかな時間泥棒です。「私的時間」は1日20分でもばかになりません。3日で1時間、1か月(21日)で7時間、1年では84時間にもなります。

マルクスは、工場主がこそくな手段で労働時間を延長したり休憩時間を削ったりして儲けを増やすことを、工場監督官の言葉を借りて、時間の「こそどろ」「ちょろまかし」「ひったくり」「かじり取り」などと呼んでいます。こそくさにかけては損保業界の「私的時間」管理も負けてはいません。損保の「私的時間」管理が新しいとすれば、それはパソコン時代の労働時間のちょろまかしという点にあります。

会社は労働時間から「私的時間」を天引きして残業代をカットすれば利益が増加すると考えているのでしょう。しかし、うかうかトイレにも行けない、おしゃべりもできないような雰囲気の職場では、ストレスが溜まったり、人間関係がぎすぎすしたり、士気が低下したりして、長い目では生産性が下がるのは目に見えています。

この記事を書いた人