第336回 政府・厚労省の働き方改革法案は働かせ方改悪法案

 <3本の毒矢>

9月8日の労働政策審議会(労働条件分科会)に働かせ方改悪法案の要綱が示されました。当日の議題では「働き方改革を推進するための関係法案の整備に関する法律案要綱」となっています。法案は9月下旬に召集予定の臨時国会に提出し、来年4月の施行を目指すと報じられています。例によっていろいろ化粧が施されていますが、労働時間制度の改革は、?一定の労働者を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ制)」の創設。?労使で定めた一定時間以上は労働時間と見なされず、残業代も支払われない裁量労働制の営業職への拡大、?過労死するほどの長時間労働を法律で認める時間外労働(残業)の上限設定の三つ――「3本の毒矢」――からなっています。
<一本化で一括改定>

??はすでに、2015年3月の労政審で取りまとめられたあと、同年4月に国会に上程されて、もう2年余り審議入りができないままになっています。?は本年3月の政労使合意を受けて、6月5日の労政審で議決されています。今回の労政審では上程済みの??をいったん取り下げて、あらたに??と?を一本化し、他の働き方改革の関連項目と合わせて計8本の法案として上程し、一括改定する方向が打ち出されました。
<連合のちぐはぐな対応>

連合は?の残業の上限設定にはすでに合意しています。??の高プロ、裁量労働制についても、一時は条件付きで合意する動きがありましたが、組織内外の反対の声が大きく、以前の反対姿勢に戻りました。そこで現時点では、??には反対するするが、?は反対しない、したがって一本化は受け入れられないという立場をとっています。しかし、もともと政府の狙いは三つの毒矢をセットにした労働時間制度改革でしたから、?は賛成だが??は反対というのは無理筋の感があります。労働界だけでなく、法律家やマスメディアの一部にも、??を残業ただ働き助長案、?を残業規制案とみなして、両案は相容れないものなので一本化すべきではないという意見もあります。しかし、これは政府・厚労省のいう残業の上限設定の危険性をみない謬論です。
<上限規制は高プロ制から派生>

振り返ると、過労死弁護団全国連絡会議や全国過労死を考える家族の会の運動が実って、2014年6月20日、過労死防止法が成立しました。政府はその4日後に閣議決定した「日本再生戦略 改訂2014」において、過労死防止の流れに逆行して、過労死を助長する恐れのある「新たな労働時間制度」の創設を打ち出しました。それが2015年3月の労政審に諮られ、柱の一つが「高プロ制」と名付けられました。また、その創設によって、労働時間規制から外される労働者に対する措置として、労働時間に代わる「健康管理時間」の範囲設定、前日の終業から翌日の始業までの一定の休息時間の確保、年間104日以上の休日確保などが示されました。こういう経過に照らすと、昨年急に浮かび上がった「時間外労働規制」の上限設定は、「高プロ制」で想定されていた健康管理時間の範囲設定から派生したものと言えます。
<月100時間未満の残業でも過労死が多発>

今回の働かせ方改悪法案は、残業の上限設定にいわゆる過労死の労災認定基準――おおむね単月100時間、2〜6ヵ月の月平均80時間の残業――を持ち出しています。これは発想からして間違っています。この数字は、これだけの残業をしていたことが証明されれば、過労死が労災と認められやすいということを意味しています。しかし、厚労省の労災補償データで見ると、近年の脳心臓疾患の労災認定(支給決定)件数の約半数は月100時間未満の残業で起きています(死亡事案では2015年度は57%、2016年度は56%が100時間未満)。ストレスやパワハラなどの心理的負荷が大きな要因となる精神疾患の場合は、全体の3割強が月60時間未満の残業でも労災として認定されています。
<過労死の労災認定と企業補償が困難に>

これまでは、たとえ月70時間の残業であっても、過労とストレスによる健康障害の事実が明らかであれば、労災として認められています。しかし、働かせ方改悪法案が通れば、企業側は、残業は単月100時間未満、月平均80時間以内であり、法定基準を守っていたと主張するでしょう。そうなると、労災認定の壁が高くなり、たとえ労災として認定されたとしても、企業責任を問う損害賠償請求訴訟は困難になる恐れがあります。
<労働時間の直接規制を緩和する>

労働時間の規制には上限を定めて制限する直接規制と、割り増し付き残業代の負担で制限する間接規制があります。ここであらためてはっきりさせるべきは、政府・厚労省がいう「時間外労働規制」は、規制強化を装ってはいるものの、労働時間の直接規制の緩和にほかならないということです。法案要綱の「時間外労働規制」は、1日8時間、1週40時間の法定労働時間を超える残業の限度については棚上げして、残業の上限を原則として月45時間、年360時間とすることを法律で定めるといいます。問題はこの場合も従来の36協定(時間外・休日労働協定)の特別条項が温存され、「臨時的な特別の事情がある場合」は、単月100時間未満、2〜6ヵ月の月平均80時間以内、年720時間以内(休日労働を含めれば960時間)の残業は認める制度設計になっていることです。これは法定労働時間を掘り崩し、労働時間の直接規制に大穴を開けることを意味します。
<労働時間の間接規制も緩和する>

もちろん、労働時間の直接規制が緩和された場合も、残業代の支払い義務という労働時間の間接規制は残ります。しかし、この間接規制にも大きな問題があります。現状でも賃銀不払残業(サービス残業)の横行や、名ばかり管理職の乱用や、裁量労働制の適用拡大や変形労働時間制の運用によって、残業代の支払い義務の対象労働者が狭められています。各種の調査によれば正社員の3割は残業代の一部または全部が支払われていません。そのうえ、残業代の計算には賞与や諸手当が入らないので、現行の残業代の割り増率(通常25%)では、企業は残業を満額払っても、仕事量が増加した場合、新規に人を雇うより、現在いる労働者に残業をさせた方が安くつくという問題もあります。そこへもってきて、今度は高プロ制で一定の労働者を労働時間規制の対象から外し、使用者の労働者に対する残業代の支払い義務を免除しようとしています。これは労働時間の間接規制に大穴を開けるものです。対象となるのはとりあえず賃銀の高い専門的業務に従事する労働者に限られることになっていても、いったん通れば対象がどんどん拡大されていくことは、労働者派遣法の例を見ても明らかです。
<強行突破を許さないたたかいを>

結論から言えば、今回の働かせ方改悪法案は、労働時間の直接規制と間接規制をともども掘り崩す点で、労基法改悪の総仕上げを意図しています。それだけに、高プロ制の創設や裁量労働制の拡大の危険性だけでなく、過労死ラインの長時間労働を法律で認めることの危険性も明らかにして、反対世論を盛り上げ、支持率の下がった安倍内閣による強行突破を許さないたたかいを起こすべきときです。
<過労死防止の流れをさらに大きく>

過労死防止法が制定され、過労死防止大綱が策定されて、過労死の調査研究や啓発の取り組みが進んでいます。毎年11月には全国各地で啓発シンポジウムが開催され、年間を通じて弁護士や過労死遺家族による中学・高校・大学等での過労死防止とワークルールに関する啓発授業が実施されています。そういうなかで、昨年10月、第1回「過労死白書」の公表された日に、電通新入社員の高橋まつりさんの過労自殺事件が発表され、それを機に長時間過重労働と過労死に対する世論の関心が高まり、厚労省の監督指導が強化され、マスメディアの報道もよく目にするようになりました。この流れをさらに大きくするためにも、働かせ方改悪法案を阻止しなければなりません。
<労基法の原点に立ち返る>

蛇足ながら、最後に労基法について言い添えます。過労死防止は喫緊の課題ですが、労基法の原点に立ち返っていうなら、残業の上限規制は過労死の防止のみが目的であってはなりません。労働時間の規制は、憲法でいう「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するもの、労基法でいう「人たるに値する生活を営むための必要」を充たし、「健康および福祉の確保」を旨とするものでなければなりません。本年4月16日の東京新聞社説は、今年が労基法公布から70周年に当たることに触れて、公布から一年後に出版された『労働基準法解説』における、当時の労働省労働基準局課長、寺本廣作氏の一文を引用しています。労基法の労働時間規制にはザル法といわれる欠陥がありますが、この文章は制定時の労基法の高い志を語ったものとして、今でも傾聴に値します。
「民主主義を支えるものは究極において国民一人一人の教養である。国民の大多数を占める労働者に余暇を保障し、必要な物質生活の基礎を保障することは、その教養を高めるための前提要件である。労働基準法は労働者に最低限度の文化生活を営むために必要な労働条件を保障することによってこうした要件を充たし、我が国における民主主義の根底を培わんとするところにその政治的な制定理由を持つ」。

この記事を書いた人