第328回 連合は高プロ制や裁量労働制の拡大についても合意したのでしょうか?

 時間外労働の上限規制をめぐる「政労使合意」や「働き方改革実行計画」を追いかけているあるジャーナリストから、先日、つぎのような話を聞きました。
「連合は、時間外労働規制の導入だけでなく、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の拡大についても、事実上、抱き合わせの一体改革として合意しており、今後の国会審議に際しても両方とも基本的に受け入れる方向で動くらしいですよ」。
これまでの経過から見て、やっぱりそうか、さもありなんと思いました。上限規制をめぐる政労使合意の場で高プロ制や裁量労働制の議論が出たかどうかは不確かですが、政府が設定した土俵での政治折衝において、上限規制は受け入れるが、高プロ制と裁量労働制は拒否するというのはできない相談です。連合の神津会長の意向は別としても、安倍首相と榊原経団連会長が最初から上限規制と高プロ制の一体改革を意図してきたことは明らかです。
上限規制というといかにも規制緩和路線の見直しという印象を受けますが、それは見せかけの印象操作にほかならず、政府・財界の狙いは一貫して労働時間の規制緩和にありました。2014年4月22日、産業競争力会議と経済財政諮問会議の合同会議が開かれました。そこでは「戦略的課題」は「働き方」であることが確認され、「一律の労働時間管理にとらわれない柔軟な働き方」として 「新たな労働時間制度」の創設が提案されました。これは一定の年収の正社員を対象に労働時間規制を外し、したがって法定内労働と時間外労働の区別をなくして、使用者の労働者に対する残業手当の支払義務を免除するホワイトカラー・エグゼンプション(「ホワエグ制」、後の命名では「高プロ制」)にほかなりません。
これを受けて、安倍内閣は、過労死防止法が全会一致で可決成立した2014年6月20日の4日後、「日本再興戦略 改訂2014」で、「成果で評価する労働時間制度の創設」と「裁量労働制の新たな枠組の構築」を閣議決定しました。
このような動きがあるなかで、内閣府規制改革会議の雇用ワーキング・グループでもホワエグ制が検討されました。どういう議論があったのでしょうか。いまから振り返って参考になるのは、同グループの専門委員であった水町勇一郎東大教授の説明です。
水町氏は、2014年7月4日付けの「西日本新聞」のインタビューのなかで、労働時間の規制見直しをどう見るかという質問に答えて、「目的は大きく二つある。一つは、ホワイトカラーの働き方を変えて生産性を高め、国を活性化させることだ」、「もう一つは労働者の命と身体を守るためだ。長時間労働によるメンタルヘルス(心の健康)の問題や過労死、過労自殺が頻発している。メンタルヘルス問題で従業員が休業すれば、生産性の低下にもつながる。長時間労働をなくし、労働者の権利や利益を守らなければ、日本社会の持続的な成長と発展は望めない」と述べています。
さらに重要なことに、水町氏は「労働時間の規制がなくなれば、長時間労働を助長するのではないか」「労働時間の上限とは具体的にどれくらいか」という記者の質問に対して、「労働安全衛生法で、時間外労働が月100時間になれば産業医による面談指導を受けるようになっている。規制改革会議では議論の停滞を避けるため、数字は明示しなかったが、月80時間とか100時間を念頭に置いていた」と答えています。
時間外労働の上限を2〜6か月平均80時間以内、単月100時間未満にするという今回の「政労使合意」とそれにもとづく「実行計画」は、水町氏がいう上限とぴったり符合します。過労死、過労自殺が頻発していることを問題にして、「労働者の命と身体を守るため」という理由を持ち出している点も、政労使合意にそっくり当てはまります。
高プロ制と裁量労働制については、2015年1月15日の第122回労働政策審議会労働条件分科会で 「今後の労働時間法制等の在り方について」という報告骨子がまとまり、2年前から国会に上程されています。
その骨子には「本制度の適用労働者については、割増賃金支払の基礎としての労働時間を把握する必要はないが、その健康確保の観点から、使用者は、健康管理時間(「事業場内に 所在していた時間」と「事業場外で業務に従事した場合における労働時間」との合計)を把握した上で、これに基づく長時間労働防止措置や健康・福祉確保措置を講じることとすることが適当」であるという文言があり、「健康管理時間が1か月について一定の時間を超えないこと」を条件としていました。
労働時間に代えて持ち出された「健康管理時間」には時間外労働の概念はありません。そのために「1か月について一定の時間を超えないこと」という曖昧な言い方をしていますが、健康管理時間においても、要は1か月の法定労働時間(月30日の場合171時間、31日の場合177時間)に準じた時間を基準に、80時間あるいは100時間を超えない範囲までは超過労働を認めるというのです。さきの水町発言と重ね合わせるとそのように解釈できます。
時間外労働の上限規制案は、高プロ制の導入案をめぐる議論から出てきました。途中の賑やかしで女性活躍戦略やニッポン一億総活躍プランの花火も打ち上げられましたが、結局、政府・財界の労働時間制度改革の議論に徹頭徹尾、首尾一貫しているのは、時間外労働の規制に見せかけた労働時間の規制緩和だと言えます。そうした規制緩和に労働組合まで手を貸すことはありません。
これが私の杞憂に過ぎないことを願っています。

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