週刊エコノミスト 2010年11月9日号
坂勝『減速して生きる−−ダウンシフターズ』幻冬社、1350円
生活や世界を変える可能性秘める
本書は、年収600万円の勤めを辞めて、収入を大きく減らしながらも、豊かな日々を送くる著者の体験をもとにした減速生活入門である。
今40歳の著者は、29歳のときに会社という時間に縛られたシステムから降りて、日本と世界を巡る1年近くの旅に出た。そして、自分の店をもつ準備のために、友人が営む金沢の小さな飲食店をベースに2年半働き、2004年に池袋で6坪余りのオーガニックバーをオープンする。
店の名は「たまにはTSUKIでも眺めましょ」。通称「たまTSUKI」。これには「そんなに働きすぎなくてもいいんじゃない?」というメッセージが込められている。
この店は、繁盛しないこと、ヒマなことをよしとして、昼間の営業はせず、週休2日で年間休日125日。それでも350万円くらいの年収があり、開業以来黒字を続けている。
会社時代に販売の仕事に携わってきた経験から、著者は、溢れるモノを果てしなく消費し続ける「もっともっと」のライフスタイルに疑問を抱き、「より少なく」という生き方のほうがより自由に、より豊かになれると考える。その証明が小さなバーのスモールメリットを生かしたミニマム主義の経営である。
出会いの場であるこの店では、円(カネ)を儲けるのではなく、縁(ツナガリ)を設けることが重視される。
店主は、オーガニックと半自給の実践者で、田んぼを見つけ自家用米の冬期湛水・不耕起栽培を始める。冬に水を溜め、土を掘り返さない農法は、手間がかからず、美味しくて生態系にやさしい米作りだという。
著者が踏み出した選択は、過労死しそうな働き方から抜け出したいと考えている人にも、リストラや倒産や退職で時間を持て余している人にも、希望を与える生き方である。それだけでなく、時間を取り戻し、環境を考え、平和を考えるこの生き方は、生活を変え、社会を変え、世界を変える可能性を秘めている。
経済と環境の危機と転換の時代に、ダウンシフターズという生き方を説いたお薦めの一書である。