第192回 ニッポン無ストライキ時代はいつ終わるか

『労働判例』第1047号(2012年7月15日) 、巻頭エッセイ「遊筆」から転載、

先日、テレビで1962年制作の映画「ニッポン無責任時代」を観た。NHKの「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」の喜劇編の一つである。

植木等が演ずる主人公の平均(たいらひとし)氏は、前の会社をクビになって新たに潜り込んだ会社でも、遅刻で朝から大あくび。課長の谷啓から、「君ねえ、会社が何時に始まるか分かってんの」といわれて「おおむね9時頃じゃないですか」ととぼける。過労死するほど働かされる今のサラリーマンにはとうていいえないセリフである。

この映画では、社員が労働組合を結成する。その動きを平氏が偶然知ったことから、同僚は彼が社長に通報するのではないかと警戒するが、彼は同僚を裏切らない。彼がクビ゙になりそうになると、組合は心配して彼を守ろうとする。このサブストーリーから、往時は労働組合が労働者から期待され、社会に受け入れられていたことが窺える。

これも先日、『女性のひろば』という雑誌の本年6月号で、『小林多喜二』(岩波新書)を著したシカゴ大学教授のノーマ・フィールドさんのインタビュー記事を読んだ。 彼女は、社会運動の大切さを強調し、「オルグする、されるという感覚を喜ぶ感性を……私たちは高度成長期からバブルにかけて失ってきました」と述べている。この点では、前述の映画は、一人の無責任男に照明を当てながら、労働組合にまつわるエピソードを入れることによって、働く者の団結をそれとなく肯定的に描いたものといえる。

振り返ってみると、70年代半ば以降、日本は無責任時代ならぬ、無ストライキ時代に入った。厚生労働省の労働争議統計によれば、戦後のスト件数は、高度成長が始まった50年代後半からジグザグながら増加を続け、第1次オイルショックで激しいインフレのあった70年代半ばにピークに達したあと、急激に減少に転じた。 半日以上のスト件数は、70年代の半ばには年間数千件あったが、最近では数十件に落ち込んでいる。

このことは、とくに大企業の労働組合がスト権を行使できなくなるまでに労働に対する資本の専制が強まったことを意味する。その結果ばかりとはいえないが、この10年ほど日本の労働者の賃金は低下してきた。OECDの加盟国のなかでは、近年、名目賃金が低下しつづけている国は日本だけである。

賃金の長期的下落は労働組合に対する期待を高めているが、組合が元気づくまでにはなっていない。むしろ日本社会の貧困化は、人びとの政治意識を曇らせ、財政危機が深刻化するなかで、「公務員の定員を減らして、賃金を下げろ」という世論をつくりだしている。

ヨーロッパではギリシャだけでなくスペインやイギリスでも、公務員の削減や年金改悪に反対して大規模なストやデモが起きている。昨年の3月11日以降、日本では脱原発の声が広がり、長らく眠り込んできた民衆のデモが小規模ながら復活してきた*。民衆が声を上げ始めたいま、労働組合も眠り込んだスト権を呼び覚まし、闘う組合に戻らなければ、進行する日本社会の貧困化に歯止めをかけることはできないだろう。

*追記: 毎週金曜日の官邸前デモの参加者は、この原稿を書いた6月半ばには1万1000人でしたが、6月末から7月上中旬にかけては15万人に上りました。また、7月16日、代々木公園で開かれた反原発集会には17万人が集まりました(いずれも数字は主催者発表)。

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