安倍内閣が規制改革会議の議論を受けて打ち出した「ジョブ型正社員」の雇用ルールの整備が議論を呼んでいます。これは職種や勤務地や労働時間が限定されているという意味で「限定正社員」とも言われます。これに対するネット上の世論は、期待派と不安派とに分かれているようです。
雇用の規制緩和に日頃は批判的な論者の間でも、その導入が非正規雇用問題の改善に役立つかどうかをめぐっては、否定論一色かと思いきや、意外にも肯定論を唱えている人もいます。私の意見を言うためにも、この間の政府機関での議論の流れを見ておきましょう。
安倍内閣による雇用分野の規制緩和は、メンバー構成が規制改革会議よりずっと財界寄りの産業競争力会議でも議論されてきました。「第4回・第5回産業競争力会議の議論を踏まえた当面の政策対応について」と題された今年4月2日付けの安倍首相の日本経済再生本部における発言は、 「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策シフトを具体化する」と表明しています。それは「多様な働き方を実現するため、正社員と非正規社員といった両極端な働き方のモデルを見直し、職種や労働時間等を限定した『多様な正社員』のモデルを確立するための施策を具体化する」というのです。
ここで言われている限定正社員の導入のためのルール整備は、非正規労働者の雇用支援ではなく、正社員の労働移動支援、いいかえれば「正社員の解雇の柔軟化」と「正社員の多様化」に狙いがあります。肯定論者が重視する非正規労働者の正規労働者化、あるいは有期雇用の無期雇用化の筋道は、とりまとめられた文書には示されていません。
そもそも、規制改革会議の答申のように、職務の無限定性(職務区分が大括りか曖昧であること)と労働時間の無限定性(残業が無制限であること)とを同列に論ずるのは誤りです。職務区分が曖昧であるからといって、残業が野放しであってよい道理はありません。
今の日本で残業が野放しなのは、労働基準法の時間規制に36協定(時間外労働協定)による抜け道が設けられていて、労働基準監督署が青天井の36協定を受理しているからです。また、労基署の指導監督の不十分で賃金不払残業が相変わらず横行しているからです。労働時間は制度的・集団的には、総資本と総労働の綱引きで決まります。この面からは、日本ではこの綱引きで労働の側が敗北し、とくに大企業の労働組合がストライキもできないほどに無力化したことが、労働時間の無限定性をもたらしてきたともいえます。この点を見ていない点で「限定正社員」導入論は決定的に間違っています。
職種、勤務地、労働時間の無限定な正社員の働き方については何も言わずに、、限定された正社員の雇用ルールの整備だけを求める規制改革会議は、6月27日付の日本労働弁護団の決議が指摘するように、ほんらい正社員たる者は労働時間がどんなに無限定であってもよく、不本意な転勤や無限定の長時間労働を受け入れて当然と考えているのではないか、と疑いたくなります。どんな正社員であろうと、はたまた正社員であろうとなかろうと、労働時間の制限と短縮は、過労死や過労自殺の防止のために避けて通れない喫緊の課題であるはずです。
規制改革会議の委員諸氏もご存じのとおり、限定正社員は少なくない企業で既成事実化しています。早い話、女子学生の過半が採用される「一般職」は、単身赴任や広域転勤がない、残業はないかあっても短い、月額初任給が総合職より2万円から3万円低いなどの点で、限定正社員の職種の一つです。
最近ではエリア正社員や時給制正社員も広がっています。大量採用企業である日本郵便の場合。マイナビによれば、2013年4月採用の一般職の初任給は大卒が月給14万8900円〜18万1440円、短大卒・高専卒・専門卒が月給13万9600円〜17万4380円となっていました。学歴別に全国同一額を表示するのは初任給の常識ですが、14万円台から18万円だまでの幅のある表示になっているのは地域別最低賃金の違いを反映した給与体系になっているからだと考えられます。「限定正社員」制のもとではこれがもっと多様化するかもしれません。
実際、日本郵便を含む日本郵政グループは、勤務地を限定する代わりに賃金を抑える、限定正社員制度を2014年4月に導入、「新一般職」としてまず内部の非正規社員から登用し、15年4月から新卒採用にも広げる、と伝えられています。この例からみても、「限定正社員」は「正社員の多様化」をすすめ、今よりも賃金の低い、解雇しやすい正社員、というよりむしろ非正社員の中間的な不安定な雇用身分を作り出す恐れが大きい、と言わなければなりません。
(タイトルを変更しました。7月7日22時30分)