第259回 労働者の健康より会社の儲け優先の残業代ゼロ制度は御免です

第二次安倍内閣の産業競争力会議が経済成長戦略の柱の一つとして提起した「新たな労働時間制度」が議論を呼んでいます。同会議は経済産業省を主担省としており、厚生労働省は蚊帳の外に置かれてきましたが、ここにきて厚労省も労働時間の新たな規制外しを認める方向に動いています。

フルタイム労働者、わけても男性正社員はいまでも疲労困憊して過労死するほど働いています。労働時間制度を改革するならまず異常な長時間労働をなくすことから始めるべきです。にもかかわらず、働く者のいのちと健康を第一に考えるべき労働時間を成長戦略の手段にすることは、公共交通でいえば、乗客の安全よりも会社の儲けを優先させるようなものです。2005年4月に発生したJR福知山線の脱線事故では、JR西日本大阪支社の「支社長方針」が、「稼ぐ」ことを経営の第一目標に掲げ、「安全」を文字通り二の次に置いていたことが問題になりました。本末転倒とはまさにこういうことを言います。

ところが、産業競争力会議は、日本を安倍首相の言う「世界で一番企業が活動しやすい国」にするには、労働者を一番働かせやすい国にするしかないと考えて、1週40時間、1日8時間という労働時間の規制を外し、残業という概念をなくし、したがって残業代もなくすという案を性懲りもなく持ち出したのです。

第一次安倍内閣のときも、いま問題になっているのと同じような労働時間の規制外しが「ホワイトカラー・エグゼンプション」(ホワエグ)という名で議論されました。結局、これは労働界と世論の猛反発を受けて見送られましたが、なんとかこれを通そうとする側は、二つのウソ――ホワイトカラーの多くは自律的な働き方をしているというウソと、労働時間の規制を外せば労働者はもっと自由で柔軟に働けるようになるというウソ――をばらまきました。

ウソの極めつきは、いま都知事の舛添要一厚労大臣(当時)が、こう呼べば「残業ただ働き法」や「過労死促進法」という批判を浴びずにすんだという理由で後から持ち出した、「家族団らん法」という名称でした。彼は労働時間の規制を外すと、労働者は残業代がなくなるので早く帰宅し、家族団らんが可能になるなどと本気で考えたのでしょうか。

今回の提案も、「労働時間はかえって短くなる」とか「もっと自由に働けるようになる」とか、見え透いたウソで飾られています。甘利経産大臣は、今回の労働時間の規制外しについて、「労働者に選択肢を与えるということで、労働基準を害することなどみじんも考えていない。残業代先取り法案だ」と言ったと伝えられています。「残業代込みの年間報酬とそれに対する成果を決め、後は自由にやってくださいという働き方」だからだそうです。しかし、これを「残業代先取り法案」と呼ぶのは、賃金を時間に関係なく成果で払う新制度のもとではそもそも残業代もへったくれもないことを無視したウソか屁理屈です。

しかし、それより奇妙なのは、今回提案されている新制度が導入されたとしても、その対象となる労働者はとっくに労働時間規制の適用除外になっていることです。

東京労働局が2001年に行った「いわゆる管理職に関する実態調査」によれば、「管理職」に就いていることをもって時間外労働等の割増賃金の支給対象とならない労働者が全社員に占める割合は、本社では38.6%、本社を含む企業全体では23.8%でした。

2012年9月に行われた連合の調査(第24回勤労者短観)では、「あなたは残業手当が支給される立場ですか。それとも管理監督者など残業手当が支給されない立場ですか」という質問に、「支給される立場である」と答えた人は62.7 %で、「支給される立場ではない」と答えた人が33.1 %に上っています。「わからない」と答えた人は4.3 %でした。

こうした数字は、名ばかり管理職や裁量労働制の適用によって、現状でもすでに労働者の3人に1人か4人に1人が、労働時間の規制から外され、残業ただ働き状態になっていることを示しています。10年近く前には、ホワエグの母国、アメリカでは全労働者の半分がホワイトカラーで、そのまた半分の25%の労働者に対してホワエグが適用されていると言われていました。それがいまも大きくは変わっていないとすれば、日本はホワエグの導入以前からすでにアメリカ並みのホワエグ大国になっていることを意味します。

対象者はいまのところ「年収1000万円以上」とか、「幹部候補」とか、「高度専門職」とかに限定されると言われています。しかし、そんな労働者はとっくに労働時間規制の適用除外にされ、残業代ゼロになっています。

なのになぜあらためてホワエグが持ち出されるのでしょうか。それは「名ばかり管理職」方式では、労働者から残業代の不払いを訴えられたときに、会社が負けるからです。また、「裁量労働制」方式では、労使協定などの縛りがあって手続きが簡単ではないからです。そういう面倒をできるだけなくし、すでに事実上ホワエグ状態にある労働者に対して、「残業代ゼロ」をすっきり合法化したい。そしてあわよくば、対象を全労働者に広げたい。それが、経済界と政府によってホワエグ案が繰り返し持ち出される理由だと考えられます。これもまた労働者の保護より企業の利益を優先する本末転倒な話しです。

こんな本末転倒のでたらめな制度の導入を許してはなりません。

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