第301回 高齢者は低い年金でもなんとか暮らせるようにもっとしっかり働こう!?

安倍内閣は、本年9月、これまでのアベノミクスの「3本の矢」に代わる新しい「3本の矢」――(1)希望を生み出す強い経済、(2)夢を紡ぐ子育て支援、(3)安心につながる社会保障――を発表しました。「希望」「夢」「安心」などの美辞麗句を並べ立てていますが、いずれも的外れの空々しい誇大広告でしかありません。

第1の「強い経済」では、2014年に約490兆円だったGDPを2020年ごろまでに2割増やして約600兆円にするといいますが、この10年おしなべて差引ゼロ成長で推移してきたことを考えると、希望的観測というよりまったくの夢物語です。

10月には政府は「新しい3本の矢」の実現を目的に「一億総活躍国民会議」を発足させ、11月には「緊急に実施すべき対策(案)」(以下「対策」)を打ち出しました。その文書を見ると「一億総活躍戦略」の狙いは、まだ働ける高齢者にはみんな働いてもらう、そうすれば社会保障が貧弱で、年金が少なくても、なんとか暮らしていけるはずだ、というものであることがわかります。これは根拠のない決めつけではありません。先の「対策」は次のように述べています。

「高齢者の活躍の場を広げるため、多様な就労機会の提供等を進めるとともに、年金も含めた所得全体の底上げを図ることで、高齢者世帯の自立を健康面と経済面から支援する」。「高齢者が安心して働き続けられる環境を整備するため、高齢者が働きやすい環境をつくる企業、NPOや起業を支援するとともに、雇用保険の適用年齢の見直しを検討する」。「高齢者向けの仕事の紹介機能を強化するため、高齢退職予定者のマッチング支援を行う。また、シルバー人材センターの「臨時的」・「短期的」・「軽易」という業務範囲限定の要件緩和など、地域の実情に応じた高齢者の社会参加を促進するための制度の見直しを検討する」。

政府は高齢者にもっと就労機会を提供し、所得の底上げを図ると言いますが、実は高齢者(65歳以上)の就業率はいまでも日本が世界の主要国で最も高いことが知られています。図1を見てください。ドイツ、イタリア、フランスなどは、高齢者の就業率は数%ですが、日本は20%に達しています。日本は長寿国と言われますが、若い頃の労働時間が長いうえに、年老いても働く人が多く、生涯労働時間も世界で最も長い国、それが日本です。

男女計の高齢者の就業率は最近の十数年をみれば高水準で横這い推移しています。しかし、図2に示したように、65歳以上人口の増加にともない、農林業を含む全産業の高齢者の就業者総数は年々急激に増加しています。実数でいえば、1985年には295万人だった高齢就業者はいまでは681万人にものぼります。図には出ていませんが、そのうち318万人は70歳以上の就業者です。年寄りに冷たい安倍首相に、もっと働きなさいと言われなくても、高齢者はすでに十分すぎるほど働いているのです。そうしなければ藤田孝典さんが『下流老人』(朝日新書)で明らかにしているように、年金があまりに低いためにとうてい暮らせないからです。

65歳以上の高齢雇用者の4人に3人(74.4%)は非正規労働者です。しかも、シルバー人材センターでは、「請負・委任契約」に基づいて仕事をするので、「雇用関係」ではないとされ、最低賃金法は適用されないことになっています。それだけに、高齢者が最低賃金以下の低賃金でいま以上に働かされたのでは、踏んだり蹴ったりで、たまったものではありません。

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