第22回 韓国で「労働時間算定」をめぐって注目すべき判決

韓国で「労働時間算定」をめぐって注目すべき判決

毎日労働ニュースが、9月4日、裁判所「ソウル市響団員、個人練習時間も勤務時間」、年次有休手当支給請求訴訟で労働者勝訴…全体練習での熟達有無の確認を判決根拠にという記事を掲載しました。
それによれば、ソウル中央地方法院、41民事部が、楽器を演奏する労働者たちの個人練習時間を勤務時間と認定したのです。ソウル市交響楽団の楽団員が、提起した年次有休手当支給請求訴訟で、原告勝訴の判決が出たということです。勤労基準法(60条)は「使用者は1年間80%以上出勤した勤労者に15日の有給休暇を与えなければならない」と規定しています。ソウル市響は、団員が個人練習をする日は勤労を提供しないと見なしていたため、大多数の団員が1年間80%未満の出勤であったとみなして、年次有給休暇や手当を与えなかったのです。
これに対して、労組(公共運輸労組文化芸術協議会)の支援を得て、楽団員が裁判を提起していました。
裁判所は、楽団員は個人練習をせざるを得ない状況があり、自宅などでの練習もしていました。楽団が、その熟達度を全体練習で確認していたことが、大きな根拠となって、練習時間も労働時間であると判断したということです。
詳しくは、全国公共運輸労組文化芸術協議会の論評を試訳してみなしたので、参照して下さい。
この判決は、5月14日に欧州司法裁判所(ECJ)が下した、使用者の労働時間把握義務を厳しく認めた判決(※)と共通する視点をもった注目すべき判断だと思います。
(※)脇田滋の連続エッセイ – 第9回 欧州司法裁判所が画期的判決。企業には全労働時間を客観的に把握・記録する義務あり!https://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=11
使用者側は楽団員が個人でする練習時間を労働時間と算定しないで個人の裁量にまかせる形式をとっていました。しかし、練習による熟達があったか否かを全体練習で確認するという厳しいチェックをしていたのです。一定以上の練習(=労働)をするように指揮していたことになります。今回の判決は楽団員(音楽家)という特殊な業務の労働者だけの問題ではありません。サービス労働などで広く類似した労働が広がっています。
この判決は、ECJ判決と共通して注目すべき判断です。それらは、裁量労働、高プロ、副業の拡大、雇用によらない働き方拡大など、使用者の労働時間算定義務回避を拡大しようとする日本の安倍政権の労働時間再作の方向とは真逆だと思います。
本日、済州大学で、日韓労働法フォーラムが台風の真っ最中に行われます。今、TVが台風状況を伝えるなかでパソコンに向かっています。フォーラムのテーマは、「労働時間」問題です。両国で進められる政策や裁判の動向も議論の中では出てくると思います。フォーラムでどのような議論がされるのか、期待をもって参加したいと思います。
これから朝食を終えて、嵐の中を出発する予定です。


全国公共運輸労組文化芸術協議会
[論評]「「個人練習も勤務したとみなす」「ソウル市交響楽団年次有休訴訟勝訴判決歓迎

作成者 組織争議室 作成日2019-09-03
https://www.kptu.net/board/detail.aspx…

[論評]
「個人練習も勤務したとみなす」
ソウル市交響楽団、年次有休訴訟勝訴判決歓迎、芸術団業務の特性を見直す契機にしなければない

 ソウル市立交響楽団で団員が出勤せず、個人練習をする日も出勤日とみなすという判決が下された。公演や全体練習でない、家や他の場所でする個人練習も業務の特性上、勤務時間に該当するという内容である。去る8月22日、ソウル中央地方法院は、ソウル市立交響楽団団員が請求した年次有休手当支給請求訴訟で、このように判決した。(事件番号2018ガハプ540112)
使用側は「個人練習をする日は、勤労を提供するのではないので、1年間80%以上出勤した勤労者に該当しない」という理由で、年次休暇手当を支給する義務がないと主張した。
しかし、裁判所は「公演業務の特性上、個人練習が伴うので団員の勤労時間を公演と全体練習だけに限定できない」と判示して、その根拠として「通常、公演一ヵ月前に楽譜を配布して、これを熟知させて全体練習で熟達の有無を確認した点、個人練習施設が別になく家や他の場所で練習をしなければならない点」をあげた。したがって、個人練習も使用側の指揮、監督下にある勤務時間に該当するので、1年に80%以上出勤が正しく法が保障した年次休暇手当を本来の通りに支給しろと言ったのである。
また、裁判所は芸術団団員の個人練習時間を勤労基準法第58条第1項の「勤労時間を算定しにくい場合」に該当するとみなした。勤労者が出張その他の理由で、勤労時間の全部、または一部を事業場外で勤労して勤労時間を算定しにくい場合には「所定勤労時間を勤労したとみなす」という条項である。
このような判決は、2015年にもあった。当時ソウル市交響楽団団員の不当解雇救済申請再審審判でも、裁判所はやはり同じ理由で「団員は、週15時間未満の短時間勤労者に該当しない」と判決したことがある。
「個人練習も勤務時間」という判決は、芸術団員の勤務時間に対して再び見直してみる契機にしなければならない。芸術団の業務は、規定されている勤務時間だけ勤務をする一般的な労働形態ではない。夜間勤務、休日勤務、地方出張、海外出張にも一般職場とは違った観点で働いても手当や時間を計算されることがない。
芸術団に労働組合ができれば一番最初に勤務時間をめぐって労使間の争点が生まれることもある。一部の使用(者)側は、勤務時間を団員を圧迫する手段に使っている。練習の強度を考慮しないで、規定上の勤務時間だけを守ることを要求してフルタイムで練習することを注文することもある。それなら、勤務時間以外の個人練習時間、出張時の移動時間、夜間手当、休日手当すべてを計算してこそ正しい。
演奏は、高度な集中力とエネルギーを必要とすることであるから、多くの芸術団では芸術監督の裁量下にある勤務時間内での練習時間を柔軟に運営することが慣行である。勤務時間を機械的に満たせとの圧迫は、芸術団の業務特性を知らない無知の所産に過ぎない。
勤務時間で葛藤を生じさせている芸術団は、今回の判決が示唆するところを再確認しなければならない。現場で働く団員に業務特性に見合う適切な練習時間の運営が保障され、安定した勤務環境が作られるように願う。

2019年9月3日
全国公共運輸労組文化芸術協議会


【参考】毎日労働ニュース2019.09.04 裁判所「ソウル市響団員、個人練習時間も勤務時間」

年次有休手当支給請求訴訟で労働者勝訴…全体練習での熟達有無の確認を判決根拠に

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