第27回 「雇用によらない働き方」についての考察(下)

「雇用によらない働き方」についての考察(下)

(前回まで)
第25回 「雇用によらない働き方」についての考察(上)
1 働き方ASU-NET第30回つどい この”働き方” おかしくない!?
2 古くて新たな「労働者性」の問題
3 「雇用によらない働かせ方」拡大

第26回 「雇用によらない働き方」についての考察(中)
4 韓国の新たな動き
(1)特殊雇用の広がりと労働研究院の推計(2019年3月)
(2)国家人権委員会の勧告
(3)シェア・タクシーをめぐる最近の動き
(4)労働法的に見た「TADA」の問題点

(第27回の目次)
5 欧米の動き
(1)プラットフォーム労働に対する欧米の動向
(2)カリフォルニア州法(AB5法)制定
6 ILOと「雇用によらない働き方」
(1)2006年勧告
(2)労働統計会議

 5 欧米の動き

 (1)プラットフォーム労働に対する欧米の動向

 欧米諸国では、ディジタル・プラットフォームによる新たな働き方が、日本や韓国より先んじて急速に広がっています。その中で、各国の研究者、市民団体、労働組合、そして政府や自治体の機関などが、その弊害や問題点を調査し、さらに対抗する措置や法規制の検討が進んできています。
これらの検討や議論から明らかになってきたプラットフォームを通じた働かせ方は、一般的に、次のような特徴があることです。
?働かせる「使用者」が「プラットフォーム運営主体」であるのか、サービスを利用した「顧客」なのかが暖昧にされていること、
?不特定多数の労務提供者は、働き方や労働条件について共通した悩みや問題点を含めて、相互の意思疎通や連絡・連携などがきわめて困難であること、
?該当業務を遂行する労働者が、「個人請負業者」とされ、自己責任を負わされる「自営業者」と位置づけられていること、
?労働法などで保護される「労働者」と認められず、法的に保障された権利がないこと
?関連する多くの情報がプラットフォーム運営者に独占され、働く人は自由や独立した働き方という宣伝とは逆に、実際には、個々に孤立して過酷な労働と余裕のない生活に追いやられる実態があること
こうした多くの問題点が長い期間を経てようやく明らかになる中で、プラットフォーム労働者自身が立ちあがり、団結が広がることになりました。そして、団体交渉やストライキを含めた労働組合の闘いが始まり、自治体や国に対策や法的規制を求める運動が広がることになったのです。

 2017年、イギリスのオックスフオード大学インターネット研究所が、アマゾンの翻訳業務などを対象に世界に広がるプラットフォーム労働(同報告書は「ギグ労働(gig work)」と呼んでいます)を、3年間にわたって調査し、その結果を報告書にまとめています。〔注14〕
〔注14〕 https://www.oii.ox.ac.uk/wp-content/uploads/ 2017/03/gigwork.pdf

それによれば、「オンラインの仕事には、多大な利益(rewards)がある一方で、重大なリスクもある。差別、低い賃金、働き過ぎ、不安定さは全て真正面から取り組まねばならない」。とくに、問題点として、?労働提供者が、社会的・労働法的保護システムから排除されていること、?労働提供者が不特定多数のため「供給過剰(oversupply)」となるため、対価(報酬)が安く買いたたかれ易いこと。?アジア、アフリカなどの出身国による差別が見られることなどが明らかにされています。〔注15〕
〔注15〕 https://wiredjp/2017/04/04/gig-economyjobsbenefits-dangers/

 また、アメリカや欧州諸国で、ウーバー(Uber)社をプラットフォームとし、個人が所有した自動車による「タクシー事業」が広がってきました。このウーバーなどを通じて働く運転手が、法的な保護の対象となる労働者か否か(=労働者性)をめぐる争いが各国で提起されるようになり、裁判所や行政当局によって、その労働者性を肯定する判断が出されるようになってきました。(〔表2〕)

 〔表〕プラットフォーム労働をめぐる主な法的争訟・立法一労働法適用問題

 (出所)脇田滋「『雇用関係によらない働き方』をどうすべきか−安倍政権のねらいとあるべき方向」月刊全労連254号(2018年04月)14頁

 イギリスでは、ウーバー社がロンドン市の交通局から営業許可を得て民間タクシーの3分の1を占め、運転手が4万人にまで増えていましたが、運転手らの裁判やストライキ、デモなどが相次ぐようになりました。そして、2016年10月、ロンドンの雇用審判所が、ウーバー社の運転手を「労働者」と認め、最低賃金適用や有給休暇の権利を認める判決を下しました。同判決では、ウーバー社からの「単なるアプリの提供者」という主張を退け、配車サービス提供で中心的役割をしている使用者と認め、運転手・乗客間の「契約」や、運転手を「顧客」とする表現に疑問を示し、労働時間の範囲も運転手側の主張を認めて広く解する判断を示しています。〔注16〕
〔注16〕 JIL-HP「国別トピック英国2016年11月」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2016/11/uk_02.html

 そして、その控訴審も2017年11月、原審判決を支持しました。他方、ロンドンの交通局は、ウーバー社の営業許可を2017年9月末で更新しない決定を下しています。〔注17〕
〔注17〕 2017年ll月4日_朝日新聞デジタル(特派員リ ポート@ロンドン)ウーバー問題が投げかける働 き方改革
また、欧州連合(EU)司法裁判所は、2017年12月20日、米ウーバー・テクノロジーズについて、客と運転手を仲介しているだけという同社の主張を退け、ウーバーが「仲介サービス以上のものを提供している」として、運転手の管理など厳しい規制を受けているタクシー業者と同じ厳格な規制を適用すべきだという判決を下しました。〔注18〕
〔注18〕 朝日新聞2017年12月22日
アメリカでも、ウーバー社とタクシー運転手や、物流サービス大手のフェデックス社とトラック運転手の間の契約関係が雇用関係か、請負関係をめぐって訴訟を含む争いがされています。そして、カリフオルニア州の労働委員会は、2015年6月3日、タクシー運転手とウーバー社との間に雇用関係があったとする判断を下し、ウーバー社に、運転手が負担した2ヵ月分の走行距離に応じた経費と高速道路通行料、4152ドルの支払いを命じました。2015年6月、フェデックス社が、同様な状況でカリフォルニア州のトラック運転手2300人を雇用労働者と認定して、2億2800万ドルの和解金を支払っています。〔注19〕
〔注19〕 JIL海外労働事情2015年8月 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2015/08/usa_01.html
また、ニューヨーク州労働省の行政審判官(Anadministrativelaw judge)は、2017年6月9日、ウーバー社側による労働提供者が「請負労働者」であるという主張を退け、元運転手3人に失業保険の受給資格を認める判定を下しました。〔注20〕
〔注20〕 JIL「国別トピック2017年8月」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2017/08/usa_01.html
こうした動きの中で、アメリカでは連邦議会でも、労働省労働統計局(BLS)の労働調査などを受けて、「独立請負労働者(Independent Contractor)」を保護するためのギグ(GIG法)立案に向けた議論が盛んになっているということです。〔注21〕
〔注21〕 「国別トピック2018年8月」 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2018/08/usa_02.html

 ここ数年間、アメリカでは多くの州で同様な問題で訴訟や立法の動きが見られます。ニューヨークでは、ウーバーなどの登場で交通渋滞は増えるととも、タクシー運転手が生活苦に陥って8人のタクシー運転手が自殺をするなど悲惨なニュースが流れました。そして、自動車共有事業を行うプラットフォームの「規制のない成長」に反対する運動が盛り上がり、タクシー運転手たちは、1万4000台余りに制限されたイエローキャブに比べて、ウーバーとリフト(Lyft)などの車両が8万台を超えタクシー業界は枯死する直前だと訴えたのです。そして、2018年年8月、ニューヨーク市はウーバーとリフトなどに対する新規免許発行を1年間中断すると発表しました。ただ、これに対して、ウーバーなどが、新規免許発行停止をめぐって、ウーバーがニューヨーク市を相手に明確な証拠なしに営業を妨害しえちるとして訴訟を提起しています。〔注22〕
〔注22〕 MoneyToday2019年2月25日 [MTリポート]「ウーバー→カープール→タダ」タクシーはなぜ反対するのか http://m.news.zum.com/articles/50794659(原文は韓国語)

 他方、フランスでは、2016年8月、労働・社会的対話の現代化、職業の安定化に関する法律(Loi relative au travail. a la modernisation du dialogue social et a la securisation des parcours professionnels)が改正され、デジタル・プラットホームを利用する労務提供者などの権利を定める規定を追加して、かれらに労働3権を付与したということです。つまり、改正法は、労務提供者を自営業者とするが、その職業活動遂行のために一つ以上のプラットフォームを利用するときに、そのプラットフォームに社会的責任があることを規定したということです。主な内容は、?(労災保障)自営業者が任意で労災保険加入するとき、一定範囲でプラットフォームが保険料を負担する。?(職業教育)労働法典が保障する自営業者の職業教育も、自営業者が通常、自己負担する拠出金をプラットフオームが負担する。?(団体結成・団体行動への対応)プラットフォーム労働者の労組結成権、スト権などの集団的権利を付与し、自営業者に、組合設立、組合加入、組合を通じて集団的に自らの利益を主張できることが明記され、自らの要求を実現のために労務提供を集団的拒否したとき、それが濫用的でない限り、自営業者に契約上の責任が発生せず、プラットフォームとの関係断絶や制裁措置が不当とされる、ということです〔注23〕
〔注23〕 笠木映理「Uber型労働と労働法改正」日本労働協会雑誌No.687(2017年10月)89-90頁

 (2)カリフォルニア州法(AB5法)制定

 こうした世界の流れの中で、注目されるのが、カリフォルニア州議会(上院)で、2019年9月、可決成立した「ギグ法(AB5法)」(カリフォルニア州議会法案5(2019)=正式名は、「労働法第3351項を改正し、第2750.3項を労働法に追加し、失業保険法第606.5号および621号を雇用、および歳出に関連して改正する法律」)です。2018年12月3日に州議会に上程され、下院で2019年9月11日、下院で2019年5月30日に53対11で可決、上院で9月10日、29対11で可決され、ギャビン・ニューサム知事が、同9月18日に署名して成立しました。来年(2020年1月)施行予定です。

 この法律は、レベッカ・スミス氏(NELP 全国雇用法プロジェクト)によれば、ウーバードライバーなど、ギグ労働者の労働者(employee)の権利を保護する「ランドマーク法」と評価される画期的な法律と指摘されています。〔注24〕
〔注24〕 NELP_ CALIFORNIA PASSES LANDMARK LAW PROTECTING EMPLOYEE RIGHTS OF UBER DRIVERS, GIG WORKERS, OTHERS (2019年9月11日) https://www.nelp.org/news-releases/california-passes-landmark-law-protecting-employee-rights-of-uberdrivers-gig-workers-many-others/

 その指摘によれば、AB5法は、明確で公正な「ABCテスト」を提示し、労働者を独立した請負業者として扱おうとする企業は、労働提供者が次の三つのテストにパスすることが必要とされます。
 (A)労働提供者が、企業による支配や指揮命令から自由であること(free from control and direction by the hiring company)
(B)労働提供者が、企業の通常の業務過程とは別に仕事を完成すること(perform work outside the usual course of business of the hiring entity)
(C)労働提供者が、取引、職業または業務において独立していること(independently established in that trade, occupation, or business)

この三つのテストをパスすることができなければ、会社が、契約を形式的に請負として、労働提供者を独立事業者(indipendent contractor)としても、労働者(employee)とみなされ、企業が労働者について課せられた責任(納税、労働法・社会保障法に基づく責任)を負う必要があることになります。要するに、労働法などの適用を受ける「労働者性」については労働側に立証責任が課せられているのを、逆に使用者に立証責任を負わせることにしたのです(立証責任の転換)。

 この「ギグ法(AB5法)」の対象は、管理人、ネイルサロン労働者、建設労働者、造園業者、乳母、在宅介護労働者、乗用車とトラックの運転手、配達労働者など、相当に広範囲の多くの職種に及ぶことになります。

 レベッカ・スミス氏によれば、
「カリフォルニア州でのAB5の通過は、その州および全国の労働者と責任ある企業にとって大きな勝利です。カリフォルニア州は、他州が労働提供者が必要とするに値する従業員としての権利と福利厚生から切り離されないようにする道を開きました。」「私たちはAB5の通過を祝い、大企業に立ち向かった労働者、支持者、立法者を称えます。新しい法律と既存の法律の両方の施行で、賃金引上げ、労働者の補償、安全な職場、有給の病欠と有給休暇、および差別と嫌がらせに対する保護をすべての労働者が利用できるように協力しなければなりません。」
「重要なことは、すべての労働者が、会社側とより高い基準で団体交渉できるようにすることです。それを実現する革新的な新しい戦略への道は開かれたのです。次はニューヨーク州です。」

 カリフォルニア州法が定める「ABCテスト」は、同法が初めて導入したものではありません。
すでに、労働提供者の地位を判断するために、全国の裁判所や政府機関で広く使用されているものです。カリフォルニア州の最高裁裁判所が、「トラック輸送を営むダイナメックスオペレーションウェスト社が、個人請負労働者として活用していたトラック運転主が実質的には同社に雇用されている状態にあるかどうかを争う訴訟をきっかけとする」もので、この訴訟で、州最高裁が判断に用いたもんで、「ダイナメックス・テスト」とも呼ばれてるとのことです。〔注25〕
〔注25〕 山崎憲「アメリカ カリフォルニア州ギグ法が下院議会を通過―プラットフォームビジネスに雇用を求める」Business Labor Trend 2019.7 https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2019/07/062-068.pdf

 現在、カリフォルニア州に加えて、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、バーモント州の3つの州で、すべての賃金および時間に関する法律の雇用関係を決定するためにABCテストが使用されています。さらに9つの州が一部のセクター(通常は建設業)でテストを使用し、半数以上の州が失業保険法でテストを使用しています。

 とくに、この「ABCテスト」については、日本ではあまり議論されませんが、アメリカでは、税収や社会保障財源の確保という視点から重視されています。つまり、プラットフォーム関連事業だけでなく、事業主が、経費削減を目的として、労働者(employee)にすれば必要な負担が請負労働者とする誤分類(Misclassification)によって、負担回避が横行していることが以前から問題になってきました。つまり、国や自治体による税収や社会保障費用確保という要請から、企業による意図的な労働提供者の「誤分類」を防ぐ必要が議論されているのです。つまり、「カリフォルニア州に限らず、米国では本来は雇用労働者であるにもかかわらず、この傾向は、スマートフォンのアプリケーションで利用者と個人請負労働者をつなぎ合わせるプラットフォームビジネスの躍進により拡大の途上にある」ことが問題ということになります。つまり、「政府としては税収の低下を招くことになる。人件費に関連した税は人件費総額にかけられる。これは労働者一人ひとりにかけられる日本と異なる。事業主からすれば人件費総額を圧縮すればそれだけ税負担が減ることを意味する。加えて、誤分類によって請負とされた労働者は低収入であることが多いため、こうした労働者が、生活保護が必要になるといった場合に必要な経費を政府が負担しなければならないことになる」〔注26〕という指摘に注目する必要があると思います。
〔注26〕 山崎憲「アメリカ カリフォルニア州ギグ法が下院議会を通過」前掲論文。

 6 ILOと「雇用によらない働き方」

 (1)2006年勧告

 ILOは、通常の雇用に基づく労働関係とは異なる請負や委託による働き方が世界的に広がることについて問題だと考え、2006年のILO総会に向けて議論を行いました。そして、条約には至りませんでしたが、「雇用関係に関する勧告(198号)」を採択することになりました。この勧告は、現在の「雇用によらない働き方」問題を考える際に、必ずや踏まえるべき重要な視点を提示していると思います。以下、既に私自身が書いた論文に基づいて、ILO勧告の意義を要約的に述べたいと思います。〔注27〕
〔注27〕 脇田滋「個人請負労働者の保護をめぐる解釈・立法の課題_2006年ILO雇用関係勧告を手がかりに」龍谷法学43巻3号(2011年3月)1024頁以下〔https://bit.ly/2NhMart〕、脇田滋「『雇用関係によらない働き方』をどうすべきか −安倍政権のねらいとあるべき方向」月刊全労連254号(2018年4月)11頁以下〔http://www.zenroren.gr.jp/jp/koukoku/2018/data/254_02.pdf〕

 そこでは、雇用関係を特徴づける典型的な要素がはっきりしない「暖昧な雇用関係(ambiguous employment relationship)」にある人々に対する保護が必要となっていること、そういう保護は労働における基本的な原則と権利に関するILO宣言(the ILO Declaration on Fundamental Principles and Rights at Work 、1998) に明示された原則に基づかなければならないとしています。

 この2006年勧告は、エッセイ(上)で指摘した、末弘厳太郎博士の考え方とも共通する、「広い労働者概念」を再確認している点が特徴です。同勧告は前文で、次の6点を指摘しています。?法令等による労働者保護の必要性、?「偽装雇用(disguise the employment relationship)」慣行の問題性(権利・義務が不分明、雇用関係偽装の試み、法解釈・適用上の限界と雇用関係存在確認の困難、労働者が当然受けるべき保護剥奪)、?「偽装雇用」に対する加盟国の責務(特にぜい弱労働者への有効かつ効果的保護)、?政労使協議による政策の必要性、?労働者の国際移動と保護の必要性、?問題の社会全体への広がり、です。

 勧告は、「? 雇用関係にある労働者を保護するための国内政策」、「? 雇用関係の存在の決定」、「? 監視及び実施」の三章で構成され、?と?では、各国の事情に適合して、労働者である者と労働者でない者を区分する基準を法律で定めることなどを求めています。その要点は、?自営業者と労働者を区分する指針の提示、?偽装雇用の克服と労働者保護、?多数当事者契約(間接雇用)において保護責任者を確認する基準の確保、?適切、迅速、簡易、公正、有効な救済制度、?紛争解決機関(裁判所、労働監督機関など)関係者への国際労働基準教育実施です。
私は、この雇用関係勧告は、個人請負形式による使用者の法的責任回避に対抗するために、労働法上の保護を受ける労働者の範囲を広げようとした、現在のプラットフォーム労働についても問題を考えるときに重要な意味をもっていると考えています。

 具体的には、次の三つの原則を提示した点に大きな意義があります。

 (1)事実優先の原則(primacy of the facts)

 雇用関係が存在するか否かについての決定は、合意された契約の名称や形式にかかわらず、?業務の遂行と、?労働者の報酬に関する事実(the facts)を第一義的に(primarily)判断することを求めていることです。つまり、雇用関係の存在は、当事者の合意によって関連法令の適用を排除できないという点で、労働・社会法の強行法規性を確認するものであり、同勧告の中で最も核心的な内容です。

 (2)雇用関係存在判定の指標(criteria foridentifying an employment relationship)

 勧告13項は、「加盟国は、雇用関係が存在することについての明確な指標を国内法令又は他の方法によって定義する可能性を考慮すべきである」とし、その指標として、下記の〔表〕の事実が含まれ得る、としています。


表  ILO雇用関係勧告が示す指標
(a)
? 他人の指示と統制により労働が行われること、
? 労働者が企業組織に統合されていること、
? 専らまたは主に、他人の利益のために労働が行われること、
? 労働者自身によって(personally)労働が行われること、
? 契約の相手方が求めた、特定の労働時間または特定の場所で労働が行われること、
? 特定の期間また一定の期間、継続して労働が行われること、
?(相手方が)労働者に待機(worker’s availability)を求めること、
? 労働を求める相手方が、道具、材料、機械を提供すること、
(b)
? 労働者に対する報酬が定期的に支給されていること、
? この報酬が労働者の唯一の、あるいは主な収入の源泉となっていること、
? 食事代、住居、交通手段、あるいはそれらのための費用を支払うこと、
? 週休や年休などの権利が保障されること、
? 労働を求める相手方が交通費を支払うこと、
? 労務提供者が財政的危険(financial risk)を負担しないこと


 (3)「法的推定(legal presumption)」と「みなし(deeming)」

 勧告11項は、一定の労働者性についての指標に該当する場合には、一般的に「法的推定」を与えること、一般的又は特定の部門の特定の労働者については、「みなし」制度も導入できるとしています。

 日本政府は、この2006年勧告の採択には賛成しました。しかし、その後13年間、この勧告を踏まえた立法措置はもちろん、従来の行政解釈の見直しも行っていません。現在の「雇用関係によらない働き方」論議では、まず第一にこの2006年勧告の意義を再確認し、それに基づく労働者性判定や積極的労働者保護について具体的検討を行うことが必要です。

 (2)労働統計会議

 最後に、Iきわめて重要なLOの動きがあることを指摘したいと思います。
それは、ジュネーブのILO本部で2018年10月10日から開かれていた第20回国際労働統計家会議です。同会議は、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)及び労働に関する統計の拡大と大幅な改定に合意していることです。〔注28〕
〔注28〕 第20回国際労働統計家会議閉幕:統計に表れていない新しい労働形態を測定する基準を設定 記者発表 2018/10/19 https://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_647806/lang–ja/index.htm

 とくに、重要だと思うの次の点です。

 〔プラットフォーム等による新たな形態を考慮にいれた分類〕
「主として労働事項担当省と統計局を代表する政府側専門家、労使団体専門家、国際・地域機関の代表約360人が世界中から参加した会議で採択された労働関係統計に関する新たな決議は、単一の使用者との間で結ばれる伝統的な雇用関係の下にある従属労働と自営業の境が曖昧になってきたこと、より個別的な労働形態、そしてオンライン・プラットフォームを介しての労働や要求に応じてその都度提供される労働、クラウドワーク、臨時雇用、派遣労働などのような新しい就労形態を考慮に入れた新たな職分類を示すものとなっています。」

 〔ボランティアや無償家事労働など、非公式(インフォーマル)性の検討〕
「会議ではまた、非公式(インフォーマル)性の問題や関連する政策に助言を提供するより良い方法についても詳しい検討が行われました。家事労働の役割と家事労働者を新しい労働関係分類の中にどのように含むかについての検討も行われました。」
「新しい定義では初めて労働を、賃金または利潤のために行う就労という狭い概念を越えて自家消費のための生産や無償労働、ボランティア労働を含むものと定めていますが、発表されたツールは各国がこの新しい概念を労働力調査に用いるのを手助けすることによって、より良い情報を得た上で政策決定に至る基盤になることが期待されます。会議では無償労働に経済価値を付与する問題や、例えば、地域社会の奉仕員・ケア労働者などのボランティアや無償の家事労働を行っている女性など、これまで統計に表れてこなかった労働者を可視化する方法についても掘り下げた議論が行われました。」

 この動きについて、厚生労働省の官野千尋さんの短い論考があります。

 それによれば、ILOは、従来の「従業上の地位の国際分類(ICSE-93)」がおおまかであったものを、より詳細な分類に分けて統計調査することを提案しています。〔注29〕
〔注29〕 官野千尋「第20回ILO国際労働統計家会議の概要」厚生の指標第66巻第4号(2019.04)p.48-50

 〔表〕従来の「従業上の地位の国際分類(ICSE-93)」

 〔表〕新たな「ICSE-18」による分類

 まだ、研究者や労働運動内での検討はほとんど見られません。このエッセイ(中)で指摘した、韓国労働研究院の調査は、こうしたILOの労働統計の変化を意識して「特殊雇用」労働者を把握しようとするものです。日本でも、こうした動きに対応した研究や議論が必要だと思います。

 【関連記事】
第25回 「雇用によらない働き方」についての考察(上)
第26回 「雇用によらない働き方」についての考察(中)
第27回 「雇用によらない働き方」についての考察(下)
韓国_非正規労働者87万人急増…「見えざる50万人」おもてに (11/3)
(ハンギョレ新聞 2019/11/3(日) 10:52配信)

この記事を書いた人