第41回 最前線で闘う医療労働者を守ることが緊急課題だ-新型コロナウィルスとの闘い(3)

医療従事者の感染拡大=「医療崩壊」の第一段階

 新型コロナ感染の急激な増加が問題になっています。そして、「医療崩壊」をもたらす病院での医療従事者の感染増加がきわめて深刻です。日本各地の病院での集団感染事例が急激に増加しており、既に、「医療崩壊」を憂慮する段階でなく、「崩壊第一段階」に入ったのではないかと心配します。治療の最前線で闘う医師、看護師をはじめとする医療労働者を守ることが緊急課題になっています。

 直近では、都立墨東病院(医師7人)、愛媛県立中央病院(看護師)など、感染症部門の医師・看護師の感染が報道されているのが気になります。これまでも、永寿総合病院(東京都)、富山市民病院、神戸市立医療センター中央市民病院などでの医師、看護師の複数感染が報じられています。

 世界でも中国・武漢、イタリア、米国・ニューヨークなどは、感染が爆発したために感染者に対応する病院で「医療崩壊」が発生したということです。治療機器だけでなく、防護服やフェイスマスクなど感染を防ぐための基本的な器具・設備さえ不足する中で、医療従事者自身が感染してしまったのです。その結果、病院が機能しないなかで、重症者治療が困難になって、適切な治療がされないまま死亡者が増えたのです。

100人以上の医師が死亡するイタリアの「医療崩壊」はなぜ発生したのか?

 欧州では、新型コロナの感染が爆発的に拡大しました。その中でイタリアでは「医療崩壊」の深刻な状況が発生してしまい、3月後半にはピークに達して死者数が1万人を超えました。4月に入っても毎日500人以上が死亡して、現在、2万4000人以上にも達していると報じられています。(BBC 2020年4月21日) 
 また、東京新聞は、医療の現場で医師・看護師の感染が止まらなくなった、という深刻な医療現場の状況を伝えていました。※
〔※2020年3月27日東京新聞「<新型コロナ>イタリア死者 世界最多の7500人超 医療費削減の末路、警鐘」〕

 「医療用手袋はもうない。大規模感染への備えがなかった」
 感染者が集中するイタリア北部の病院で感染し、死去した医師マルチェロ・ナタリさん(57)は、2月末に最初の国内感染者が判明してから1週間後に、欧州メディアにこう明かしていた。
 同国内での感染は急速に拡大した。
 院内感染も目立ち、医療従事者の感染は6千人以上。疲弊した医師が感染し、死亡する悲劇が後を絶たない。

 AFPの報道では、4月10日段階で、イタリアの医師団体(FNOMCeO)が、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により亡くなった医師は100人」、「死亡した医師には、政府が1か月ほど前に出した支援要請に応じた引退後の医師らも含まれている」と述べたということです。また、「伊メディアによると、COVID-19により死亡した看護師や看護助手は30人とみられる。イタリア国立衛生研究所(ISS)は、同国の感染者の1割程度が医療従事者と推定している」と報じています。※
〔※ 「イタリア、医師100人が新型コロナの犠牲に」 (2020年4月10日AFP) https://www.afpbb.com/articles/-/3277969〕

 東京新聞(前記 3/27付)は、イタリアで何故、このような医療崩壊が生じたかについて、その背景を、国の財政危機に対応するために、2000年代に病院や医師の削減を進める政策をとったたことにあると指摘しています。これが、今回の「医療崩壊」を起こした原因があり、日本を含めて医療費の大幅な抑制を長期間にわたって進めてきた各国に警鐘を鳴らしていると報じています。イタリアの医療水準は、2000年当時、WHOによると世界2位の最高水準を誇っていました。私は研究者になって10年以上、イタリア労働法を研究しました。1970年代から1980年代にかけて、イタリアでは、労働・社会分野で労働者・市民のための制度が発展し、イギリスのNHS(国民保健事業)に倣った医療改革が行われて、世界有数の医療制度を作っていたのです。※
〔※ジョヴァンニ・ベルリングェル著・大津真作訳『保健・医療改革の方向 - イタリアの保健のための改革』(三一書房、1981年3月)、須田和子「イタリアの保健医療改革」季刊社会保障研究17巻1号(1981年)51-69頁など参照。

 しかし、その後のイタリア政府の経済政策の失敗、リーマンショックによる金融危機(2007年)などで、財政赤字と巨額の債務が累積しました。こうした赤字や債務を減らすために、EUは、イタリアに厳しい財政規律を求め、そして、医療費支出が標的になって、世界有数のイタリア医療の水準を切り下げる政策が進められたのです。

 効率化の名目で病院が統・廃合され、国民千人あたりの病床数が、2000年当時の4.2から2017年の3.2まで大幅に減らされました。また、高齢化対応を重視した反面、急性期病床が減ることになりました。医療スタッフについても、早期退職と給与削減が進められた結果、医師は待遇の良い民間病院の人気診療科や海外に流出して、医師が不足することになりました。イタリア保健省の助言機関GIMBE財団のカルタベロッタ代表は「歴代の政権は、医療システムをぼろぼろにしてきた」と指摘し、財政危機のあおりで病院の集約や効率化を進めた結果、緊急事態に対応できる態勢が損なわれてしまったのです。※
〔※ 前記、東京新聞3/27。なお、石垣千秋「イタリアが「医療崩壊」を招いた三つの遠因が見えてきた」論座(2020年4月5日)参照。 https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020040400004.html?iref=pc_ss_date〕

 しかし、気にかかるのは、こうしたイタリアの深刻な医療後退の状況が、日本の最近の状況ときわめて類似しているということです。

医療削減による医療崩壊の危険 イタリアと類似した日本

 日本集中治療医学会は、2020年4月1日、西田修理事長名で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する声明を発表しました。https://www.jsicm.org/news/statement200401.html

 そこでは、集中治療のためのICUベッドが不足し、必要とされる高い専門性を備えたマンパワーが大きく不足している日本では、パンデミック(感染爆発)には大変脆弱と言わざるを得ないことを強調しています。
 とくに、医療崩壊をしたイタリアが、3月31日時点で感染者105,792人、死者約12,428人(死亡率11.7%)であるのに対して、ドイツでは、感染者約71.808人、死者は775人(死亡率1.1%)と大きく違っていることに注目しています。両国の違いの主な理由は集中治療体制の違いであり、ICUベッド数が、ドイツは人口10万人あたり29~30床に対し、イタリアは12床程度に過ぎず、ドイツと違ってイタリアでは集中治療を受けることなく多く新型コロナによって死亡しているということです。
 ところが、驚くことに、日本は人口10万人あたりのICUベッド数は5床程度で、イタリアの半分以下です。欧米のICUの多くが1対1看護であるのに対して、日本は2対1看護であるので、新型コロナ患者を収容すれば、通常の患者受け入れさえもできなくなる。
 そして、無理な収容は、感染防御の破綻、院内感染、医療従事者の感染につながるとし、イタリアでは医療従事者が60名以上死亡している。
 この状態を避けるためのあらゆる手段を講じる必要がありますが、単に人工呼吸器の台数などの問題ではなく、マンパワーのリソースが大きな問題であることは明白です。

 このように、新型コロナとの闘いの最前線で働いている集中医療専門家が、マンパワー不足が問題の原因だと端的に指摘しているのです。この指摘は、きわめて本質的なものだと思います。

公的医療削減政策という面でも類似したイタリアと日本

 イタリアの公的医療削減政策と同様に、日本でも公的医療の削減政策がとられ、イタリアより早く、「臨調行革」路線の一つとして「医療費亡国論」が唱えられ、それに基づいて医療の抑制政策が推進されてきたと言えます。※
〔※ これは、第40回エッセイ(https://hatarakikata.net/11189/)で指摘した公衆衛生・保健所の縮小政策と並行しているものだと言えます〕

 既に、「医療崩壊」という言葉は、新型コロナで問題になるかなり以前に、2000年代の後半から医療従事者から、公的医療、とくに地域医療の後退を危惧する声が高まって、この「医療崩壊」という言葉が使われていました。長年、埼玉で地域医療に従事してこられた本田宏医師は、次のように指摘されていました。

 1)日本の医療費は先進国中最低  日本は世界の経済大国だが,医療費は先進国中最低,逆に国民自己負担は世界最高で薬剤や医療機器は世界一高く規制されている.しかし国民はもちろん,政治家や財界人にこの理不尽な構図が正しく認識されず,後期高齢者医療制度等さらなる負担が押付けられている.未曾有の超高齢化社会で医療需要が爆発的に増大することは必至で,日本の総医療費をG7平均のGDP10%以上に増加さえなければ,大量の医療難民が発生することは間違いない
 2)医師の絶対数が不足,大幅増員を  現在整理や統合,さらに民営化が検討されている自治体病院の赤字の元凶は低医療費(診療報酬点数)に加えた医師不足だ.昨年やっと医師は絶対数が不足していると政府も認めたが,日本の人口当たり医師数はWHO加盟国63位で総数約26万人,OECD加盟国平均と比較して約13万人不足で,勤務時間や高齢化社会等を考慮した東北大学の伊藤恒敏教授の試算によれば約20万人不足している.今すぐに大幅な医師増員を計らなければ,国民の命の安全は守れない.※
〔※本田宏「医療崩壊から再生への処方箋」(日本老年医学会誌2009;46:500―502) https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/46/6/46_6_500/_article/-char/ja

 本田医師の警告とは逆に、政府・厚生労働省は、社会保障費抑制を口実に、医師や病院の増設を回避する政策を継続してきました。むしろ、2019年秋、厚労省の関係委員会が、地方公立病院・病床の膨大な数を削減することを提案しました。既に、公立病院の法人化(民営化)が進められ、住民の医療に対する公的責任の後退政策が自治体レベルでも加速化されました。東京都では石原都知事時代に都立病院削減が進められましたが、残っていた8つの都立医療機関についても、昨年(2019年)末、小池知事がすべて法人化して民間委託する計画を提示したのです。大阪でも、「維新」の橋下大阪府知事、大阪市長時代に、公立病院の統廃合、関連部門職員削減などが推進され、公立病院や保健所の機能が大きく低下しています。※
〔※ エッセイ第40回「保健所機能の大きな後退を招いた政府の地域保健政策-新型コロナウィルスとの闘い(2)」(https://hatarakikata.net/11189/)〕

公立・公的病院の再編・統廃合撤回、病床・医療従事者増員を求める署名

 新型コロナの感染拡大を言いながら、地域医療をになう病院・病床の削減を進める政府・厚労省の政策は明らかに矛盾しています。これに対して、地域住民・患者の命と健康を守るため、『公立・公的病院の再編・統合はただちに撤回して、地域医療を拡充し、病床と医療従事者を増やしてください』という趣旨で、インターネットの緊急署名活動が行われました。http://chng.it/ymmQCgKG

 政府は公立・公的病院を再編・統合して、病院の数を減らそうとしています。なんと再編・統合する病院には補助金を出すというのです(2020年度予算で200億円以上を計上)。政府は受け入れ患者数を増やすためにベッドを空けるよう病院に要請しつつ、実は同時に減らすことに力を注ごうとしているのです。しかも、税金を使って。
 この問題は、厚生労働省が2019年9月に地域医療構想を推進するという名目で行った、公立・公的病院の具体的対応方針の「再検証」を要請する、424の病院名の公表に端を発しています。つまり病院を名指しして、再編・統合が必要だと示唆したのです。2020年1月には新たに施設を追加し、その数は約440にのぼっています。
 政府が名指しした公立・公的病院のうち、24の病院は感染症指定病院です。感染症病床には、いざという時に即応できる体制(医師、看護師、コメディカルなど)が必要となります。日本国内の感染症指定病床は全国で1869床にすぎません。厚労省は3月6日、感染ピーク時の外来患者数は42万8000人、入院患者は22万2000人、重症患者は7467人との推計を示しています。まったく足りないのは火を見るよりも明らかですが、病院とベッドの数を減らすことをやめようとはしません。
 政府はなぜ病院とベッドの数を減らしたいのでしょうか?その目的は医療費の削減です。病院とベッドの数が減った分、各家庭や地域、介護施設などに医療が必要な高齢者を丸投げすることに繋がります。そのことに対する適切な構想は何もないままなのです。

 私は、この署名の趣旨に大いに共感し、すぐに賛同しました。

いまこそ「金(かね)よりいのち」へ政策大転換をすべき時点だ

 また、政府・厚労省は、「働き方改革」法(2018年)をめぐる論議の中でも、医師について長時間労働規制の例外としました。そして、2019年3月、地域医療を支える医師については、過労死認定基準の約2倍に当たる長時間労働をも可能とし、異常な現状を追認する方向を示しています。※ これは、医療という住民・国民のいのちと健康に直接関わる医療従事者を増加しないまま、通常の2倍もの長時間労働を容認するもので、医療従事者の「人間らしい働き方」実現に背を向けるだけでなく、「医療サービスの質」の維持にも反するもので、憲法25条や27条に反する「非人道的な医療政策」というしかありません。
※〔第10回エッセイ「「労働法のない世界」で働く医師たち」(https://hatarakikata.net/9495/)〕

 韓国では、医療従事者を組織する産別組織の「保健医療労組」が「金より生命を」を標語に、公的医療の充実を組合としての大きな目標にかかげています。そして、現場での医療従事者の雇用と権利を守る闘いとともに、医療政策大転換の政策的対案を示して、文在寅政権の保健医療政策に大きな影響を与えています。そうした「財政(金)より生命」を重視する医療政策の大きな転換があって初めて、「医療崩壊」を防いで新型コロナ対策で韓国が「成功しつつある」のだと思います。

 これとは逆に、日本政府・厚労省が、新型コロナ感染拡大に対する初動で大きな失敗をした背景には、前述した30年以上を超える医療費削減政策へのこだわりがあったのだと思います。新型コロナによる「医療崩壊」状況は、長年の「いのちよりも金」という政策の根本的な転換という課題を私たちにつきつけているのです。

 

 


【補足】□「新型コロナ 限界の医療 働き手どう守る」(2020.4.28朝日新聞 細見るい記者)は、このエッセイと共通した問題意識の特集記事です。そこでは「医療費抑制の国人材増やさず」という見出しで、「なぜ医療の現場がここまで追い詰められたのか。国は医療費を抑えるためなどとして、医師や看護師を十分増やしてこなかった。過去のパンデミック世界的大流行から感染症対策に不備があることもわかっていたのに、対策も遅れた」ことを的確に指摘しています。
 とくに、感染症対策の不備がわかっていたのに国が事実上放置してきたことも発覚している。総務省行政評価局は国際的に脅威となる感染症に十分な注意が必要だとして厚労省に課題を指摘。調査改善するよう17年12月に勧告した。」「厚労省は実態調査をしていると言うが、「精査中」だとして今も結果を報告していない。」という指摘に注目した。

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