第42回 働く人を感染から守る労組の取り組みが世界から注目されるイタリア-新型コロナウィルスとの闘い(4)

 労働総同盟の圧力と現場闘争

 3月8日、政府が全国を「レッドゾーン」に拡大し、食料品・医薬品の購入など基礎的な用務を除き、居住地外への外出を禁止しました(4月3日まで)。

 3月11日、政府は、通行を厳しく制限し、事業場の安全のために必須業務を除き、在宅勤務を勧告する措置を発表した後、規制が本格化します。

 3月12日、イタリア労働総同盟は「事業場の安全対策は勧告ではなく協約として制定されなければならず、安全措置が不備な場合、生産活動は中断されなければならず、賃金保障など対応策が伴わなければならない」という立場を発表しました。

 労政使の長時間交渉を経て合意へ

 3月14日、政府各省庁と3大労組と使用者4団体がテレビ(Web)で18時間にわたって労使政交渉を行なって合意を導き出しました。

コロナ19拡散阻止のための事業場の心得
〔主な内容〕
〇在宅勤務や遠隔勤務可能な業務については、スマートワークを最大限活用
〇(法定)有給休暇・労働協約による休暇使用の奨励
〇生産と関連がないすべての部署の稼動中断
〇感染防止安全協定・対策の導入
 それができない場合、勤務中の個人間1メートル間隔の維持と保護装備の個々の労働者への支給
〇作業場と共同区域の防疫・生産施設内への人的移動を最小化
〇稼動中の事業所での特別集団協定締結の奨励

 この合意についてCGILのマウリツィオ・ランディーニ書記長は「利潤より労働者の健康と安全·所得が優先という原則を確立した」と評価し、「安全規定が守られなければ作業中止を行なう」と訴えました。

 なお、こうした合意を背景に、
 3月16日 「イタリアを治癒しよう」立法命令 が制定されました(後述)。

政労使合意にもかかわらず、企業の操業が続くことに対抗するストライキ

 職場での感染拡大の危険が指摘され、政労使合意で働く場合の安全が合意されたのに、多くの使用者が安全対策の確保をせずに操業を継続していました。そこで、3大労組は、共同ゼネストを宣言し、政府に圧力をかけました。そして、コロナ19危機であっても、維持しなければならない「必須業務リスト」を採択し、それ以外の事業所が稼動を中断しない場合には、過料を課すことになっていたのです。

 3月22日、政府は、非必須事業について、少なくとも4月3日まで閉鎖することを命じました。しかし、それ以外の事業は、銀行から食品、化学、エンジニアリングまで、「戦略的部門」であるとして、これらの部門では操業を続けるべきであると主張しました。一部の大企業は、労使政合意に基づいて、すでに操業停止していましたが、合意に基づく新たな安全規制が採用された後も、数千に及ぶ中小メーカーは操業を継続していたのです。

 そして、この段階で、新型コロナによる死者数でイタリアは7,500を超えて、世界一となっていました。

 CGIL、CISL、UILの3大労組は、「政府は、労働者側の懸念を十分に考慮しておらず、多くの重要でない業務が操業可能な事業所に含まれている」と指摘しました。
 労働組合側の主張は、「政府の最初の名簿では、800万社が必須事業とされ、そこには全体の57%に相当する労働者750万人が含まれている。労働者保護のために、とくに、より多くの部門を、非必須と見なさなければならない。人々の健康と安全は、他の何よりも優先される」というものでした。

 これに対して、イタリア財界を代表する経営者団体であるイタリア工業連盟(Confindustria)は、
 「企業の3分の2が閉鎖した場合、1か月あたりGDPが640億から900億ユーロ削減されると予測する」など、組合側の主張とストライキをけん制しました。

 その結果、産業労働者と化学会社の間で緊張が高まりました。イタリア北部のロンバルディア地方の労働者たちは、仕事中にコロナウイルスに不必要に曝されるのではという懸念から、ストライキを予告しました。イタリアでは化学物質の生産が幅広く必須とされ、新型コロナの拡散によるシャットダウンの対象から外されていたので、イタリアの産業労働者を代表する労働組合がストライキを呼びかけたのです。

ロンバルディアFIOM(CGIL傘下の金属労組) ストライキ予告ポスター
政府に必須業務リストの見直しを求めています

 3月24日、組合のリーダーたちは、同日の夜にテレビ会議でステファノ・パトアネリ産業相とロベルト・グアルティエリ財務相に会って合意を求めることになりました。

 3月25日、労働組合とイタリア政府との間で、必須業務と分類された化学物質の種類制限がストライキ直前に合意され、その後、ストライキは中止されたのです。そして、政府の新規則で、染料、顔料、インク、爆発物製造は、現在重要なものではなく、労働者はそれらを製造し続ける必要がないとされました。

 さらに、操業中の産業部門で、労働者の安全のために新しい議定書を締結することも合意されました。コールセンターや、木材やプラスチックの包装、紙、化学製品の生産に関しても、非必須業務とすることを勝ち取りました。ただし、医薬品製造における労働者保護は未解決のまま残されました。

ランディーニ書記長(CGIL ホームページ)

 4月24日、長い議論の末、労使政が合意に達して、第2局面を考慮した労働安全議定書をまとめました。CGILのランディーニ書記長は、「生産活動再開の最初の条件として、労働者と市民の健康と安全を維持する前向きで有用な合意です。私たちは進歩を遂げ、今では労働者の安全と生産的な回復に足を向けなければなりません」とコメントし、とくに、職場における労働者代表組織が、労政使の合意を現場で監視し、実現することが重要であると指摘しています。

 このようにイタリアの労働組合は、まず、すべての労働者のいのちと健康を重視して、より多くの非必須事業で操業を中止し、安全を図らせるために労使政の合意を獲得しました。しかし、実際には、非必須事業のリストが限定されていたことをめぐって、ストライキを構えて労使政の交渉に取り組んだのです。

 こうした取り組みは、その後、感染が広がった他の欧州諸国にも大きな影響を与えることになりました。最近、ILOは、新型コロナに感染して、医療労働者をはじめ多くの労働者がいのちを失っていることを重視し、安全確保の必要を訴える文書を出しています。〔「パンデミックに直面して: 労働安全衛生の確保 2020年の国際労働安全衛生の日に向けた報告書」参照。〕ここにも、イタリアの労働組合が世界に先駆けて獲得した成果が反映されています。

 世界の労働組合は、こうしたイタリアの経験を学ぶ必要があります。新型コロナ感染を防ぐ取り組みで、大きな成果をあげて注目されている韓国では、保健医療労組が、医療人を守れという声明を発表しており、民主労総がイタリアに学ぼうとしています。*
 〔*韓国・全国保健医療労組 [声明書]医療人感染、これ以上増やしてはならない!(2020年3月30日)_〕

 なお、化学産業については、ドイツ、イギリスなどの労組は、これを非本質事業として、操業を阻止する態度をとっていません。死者数が急増し、いのちの危険に対する恐怖が格段に高まったイタリアとの違いを反映しているのだと思われます。

 日本では、医師、看護師などの人員を削減し、病院・病床数を減らす政府の長年の政策が継続して、医療現場での人員不足、過密労働の問題が指摘されてきました。そして、昨年秋、地方公立病院の削減を目的にしたリストが公表されました。こうした公的医療削減策を反映して、総務省が行政評価として2017年に感染症対策の不備を摘していました(感染症対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告)。その点では、医療崩壊を起こしたイタリアと類似した状況があります。

 実際、新型コロナの拡大の中で、既に「医療崩壊」が始まっています。医師、看護師の感染が大きく広がりつつあります。防護服やマスク、ゴーグルなど、労働者を守る基本的な装備も不足しています。政府は、後手後手の対応で最前線で働く人を守る点で不十分な姿勢しか示さないまま、多くを「緊急事態宣言」措置に依存しています。しかし、それでは医療現場の過酷な状況は大きく変わりません。日本でも医労連など、医療現場で働く人が切実な声を上げています。この現場の声に耳を傾けて、最前線で働く医療従事者をはじめ、感染の危険に直面している労働者を守ることが最重要です。それが、これ以上の「医療崩壊」を避ける最低限の条件です。労働組合には、いのちを守る闘いの先頭に立つことが期待されていると思います。  


【参考資料・サイト】
イタリア労働総同盟(CGIL)ホームページ
CGIL_Coronavirus: Landini, accordo positivo che mantiene salute e sicurezza prima condizione per ripresa attività produttiva
European Agency for Safty and Health at Work COVID-19: Resources for the workplace
リュ・ミギョン民主労総・国際局長「コロナ危機に対する海外の労働組合の対応」(2020.04.01レディアン)

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