第52回 〔意見〕 看護師の日雇派遣容認を含む政令改正案に強く反対する(21.2.26)

政府は、2020.2.8以降、労働者派遣法の施行令(政令)を改正して、看護師等のへき地医療機関への派遣と、福祉施設等への日雇派遣を容認するために、パブリックコメントを募集しています。
・ 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行規則の一部を改正する省令(案)に関する御意見募集について
 非正規全国会議(非正規労働者の権利実現全国会議) で、共同代表の私の文責で「意見」という形で反対の意思を表明することにしました。
 これまで十分に議論されてこなかった問題ですので、歴史的な経過も含めて5万字を超える長文になっています。
 この「意見」全文は、非正規全国会議のホームページに掲載されてますが、第52回のエッセイとして転載することにしましたが、さらに、注と、関連情報のリンクを付けることにしました。(swakita)
 なお、日本医労連も、反対の声明(日本医労連・中執委 「社会福祉施設への看護師の日雇派遣」の解禁に断固反対する声明(2021.2.4))を出しています。

                                          2021年2月26日

〔意見〕 看護師の日雇派遣容認を含む政令改正案に強く反対する

                         非正規労働者の権利実現全国会議
                                     共同代表 脇田 滋(文責) 

 1 政府は、現在、労働者派遣が禁止されている「へき地の医療機関への看護師等の派遣」と、「社会福祉施設等への看護師の日雇派遣」を可能とする、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行令(昭和61年政令第95号)(以下単に「政令」という)の改正を検討し、本年4月1日からの施行を予定して2月8日からパブリックコメントを募集している。

2 政府は、同政令の改正を行う必要性として、へき地医療機関と、社会福祉施設等における看護師等の人材確保の必要性を挙げる。たしかに、へき地医療機関と、社会福祉施設等においては、恒常的に人手不足があることは事実であるが、そうであれば医療機関や福祉施設等が直接に、期間を定めない労働契約を締結し、手厚い処遇によって適切な有資格者を集めるのが筋である。そのためには、困難な人手不足状況の中で国や自治体が必要な財源を用意し、職業紹介や関係団体への協力を求めて募集・斡旋を公的に支援することが必要であり、そうでなければ「人材確保」自体が不可能である。

 3 しかし、政府が進めようとしているのは、ILOが求める「人間らしい働き方(decent work)」による「人材確保」ではなく、不安定・無権利な働き方として弊害が社会問題化している「労働者派遣」、とりわけ不安定きわまりない「日雇派遣」による「人材確保」であって、あまりにも理解し難い、不合理な政策である。そもそも、医療、福祉の現場の労働者が定着せず、「人材不足」が生じている原因は、労働環境が過酷である一方、それに見合った待遇を受けていないことにある。へき地医療機関、社会福祉施設等における看護師不足を解消するために必要なことは、その労働環境・待遇を抜本的に改善することである。営利的労働者派遣に「丸投げ」して、住民・国民のために働く看護師の確保という公的責任を回避するのは、本末転倒の愚策と言うしかない。

 4 日雇派遣は、1999年の労働者派遣法改正で導入されたものであるが、その雇用期間の短さによる雇用不安定に加えて、オンラインを通じた募集をする派遣会社(派遣元)の使用者責任の所在が不明確になること、労災保険への不加入、意味不明の賃金天引き事例など、様々な法違反が横行した。とくに、派遣会社の実態が有料職業紹介と変わらないのに、3割~4割もの過大な派遣料金を取る一方、最低賃金水準の劣悪待遇をすることなど、労働者を搾取して営利を追求するする だけの存在であることが、社会的に可視化された。そして、2007年頃には、日雇派遣の弊害を批判する世論が大きく高まり、2008年のリーマン・ショックを口実とする「派遣切り」への批判、2009年の総選挙で派遣労働の抜本的見直しを掲げる野党が勝利し、政権が交代した。そして、2012年、労働者派遣法が改正され、労働者保護のために「日雇派遣」が原則禁止されるに至った。*

* 2007年当時問題になった日雇い派遣については、脇田滋 視点・論点 「派遣業 急成長の影」(2007年08月23日pm.10.50-11:00 NHK)日雇い派遣・偽装請負 世界最低のひどさ(しんぶん赤旗日曜版 2007.9.2)、 日雇い派遣の問題点(京都民報WEB 2011.9.8)参照。また、脇田滋「ガラパゴス化」した日本の労働者派遣法 異形化した制度と抜本的見直しの課題 季刊労働者の権利336号(2020年7月) は、安倍第2次政権に至るまでの労働者派遣法改正の経過を概観している。

 5 ところが、2012年末に成立した安倍第2次政権は、再び、派遣法の規制緩和を進めて、2015年、違法派遣での派遣先直用の可能性を限定するなど、2012年改正で導入された一定の規制を逆戻りさせた。そして、この改正で、日雇い派遣の一部が解禁された。今回の政令改正は、こうした規制緩和の延長と理解される。その背景には、派遣業の凋落(売上高2008年77,892億円→2013年51,042億円)を回復しようと躍起になってきた派遣業界の圧力があると思われる。安倍第2次政権は、99年当時、政府ブレーンとして規制緩和論を展開したパソナ会長らを復帰させて労働者派遣の規制緩和を再開した。2015年改正では立法過程に派遣業界代表者が「オブザーバー」という名目で大きな影響力を行使したが、これは未曽有の事態であった。今回の看護師の日雇派遣容認にも規制緩和推進論者が「規制改革推進会議」答申(2019年6月)に直接に関与して業界を代弁する議論を展開している。
 つまり、今回のへき地医療や社会福祉施設への看護師の日雇派遣導入は、人材確保に悩む医療・福祉現場や人間らしい働き方を望む看護師側の要望から出発したものではなく、2008年以降、派遣労働への労働者側の不信感や、一部規制導入によって営業利益を失ってきた派遣業界と、それに癒着した「政財官複合体」が生んだ「私的利益追求」の産物である。すなわち、今回の政令改正案は、「コロナ禍における看護師不足解消への対策」という、もっともらしい体裁で国民を欺瞞し世論をミスリードしようとするものであり、その「実質」は許し難いものである。

 6 看護師業務は、長く労働者派遣適用対象から除外されてきたが、そこには大きな理由があった。本来、患者の生命にかかわる医療や福祉に従事する看護師は、孤立して業務をするのではなく、医師をはじめ病院・施設の中におけるチームの一員として働く必要がある。そして、病院・施設等が労働者を直接雇用して、常勤として働くことが前提とされてきた。とくに、医療では、医療法、医師法、各種の国家資格に基づいて、多くのコーメディカル・スタッフが必要人員として配置される必要があり、福祉施設も各種の福祉法やそれに基づく施設基準に基づき、有資格の労働者の配置が義務づけられてきた。そして、チーム医療・チーム福祉による医療・福祉サービスの質を維持するためには、有資格の専門職を直接・常用雇用することが、患者・利用者の生命・生活を守るために必要な規制として受け入れられた来たのである。
 ところが、新自由主義的な規制緩和論が台頭する中で、こうした医療・福祉制度の基本を揺るがす動きが強められてきた。医療では、病院の「直用主義」の変更が、一部業務のアウトソーシング(外注化)によって徐々に拡大した。清掃、警備、施設管理から始まり、医療事務、給食、検査などの業務で、派遣・請負の形式での労働力利用が拡大し、「直用主義」が大きく後退した。しかし、患者の生命・健康に直接かかわる、医師、看護師などの医療スタッフについては、最近まで、三面関係で使用者責任が曖昧となる労働者派遣が禁止されたきたのである。ただ、ごく例外的に短期間での常勤スタッフ化を前提にした「紹介予定派遣」が容認され、とくに、医療機関ではない社会福祉施設などに限って例外的に導入されてきたのである。
 今回の規制緩和は、従来、一般の労働者派遣が禁止されてきた「へき地の医療機関」に、看護師などの労働者派遣を「紹介予定派遣」でなく、「一般の労働者派遣」として導入するという点で従来の壁を大きく崩すものである。これは、将来的には、「へき地」でない地域にある医療機関でも、看護師などの労働者派遣容認を拡大する布石であると理解される。また、社会福祉施設については、従来、常用化を前提に「紹介予定派遣」などに限定して労働者派遣が容認されてきたが、その規制の壁を破って、この4月から「日雇派遣看護師」を広く導入できるようにするものと考えられる。*

*注 日本とも類似した労働環境にある韓国では、「派遣勤労者保護法」が、派遣対象業務を限定しており、施行令では「医療法第2条の規定による医療人の業務及び同法第80条の規定による看護助務士等に関する法律第3条の規定による医療技師の業務等」を派遣禁止の業務と名文で定めている。朴槿恵政権時代の2015年9月当時、政権与党であったセヌリ党所属全議員が「派遣労働者保護等に関する法律一部改正法案」(イインジェ議員が代表)を発議した。同改正案は、55歳以上の高齢者、管理者または勤労所得上位25%(2015年基準5,600万ウォン)に含まれる専門職にも派遣を許容するというものであった。幅広い専門職が対象となり、医療関係も、統計法に基づく「韓国標準職業分類」の専門職には、医師、歯科医師、漢方医師、看護師などの医療人と薬剤師、漢方薬剤師、医療技師、看護助務士、治療師、衛生士、医務記録士など病院事業場全体の職種が含まれるので、医療関係者から強い懸念が出された。
 全国保健医療労組は、2015年9月17日、「明確な派遣絶対禁止業務規定なしに法改正が現実化し、施行令改正に突き進めば、病院事業場で相対的に高所得の医師はほとんど派遣職として使用できる」とし、「看護師、医療技師を含む大部分の職種は一定所得以上になれば派遣職に代替できる」と深い憂慮を表明した。そして、「病院内の各職種間の有機的な業務協力を通じて患者の世話をすることが重要だが、医療関係者などのポストを派遣職に切り替える場合、協力体系が崩れる可能性が高くなる」とし「これは医療の質の下落につながり、国民の生命を脅かすことは火を見るよりも明らかだ」と警告した。
 また、社会公共研究院のイサンユン客員研究委員は2015年5月、「病院の人材拡充:患者の安全増進のための最優先課題」と題する報告書を発表したが、そこでは「病院に非正規職が増えれば、人材の入れ替えが頻繁になり、業務熟練度が低下し、医療チーム内または医療チーム間の意思疎通障害が発生するため、医療事故の可能性が増加する」と分析した。〔アウトソーシングタイムズ2015年11月23日
 この法改正では医療関連の業務の派遣対象化はされず、2021年現在、法第5条に基づき、施行令第2条第2項3号~4号は、派遣の絶対的禁止業務として、<3.「医療法」第2条の規定による医療関係者の業務及び同法第80条の2に基づく看護助手の業務 4.「医療技師等に関する法律」第3条の規定による医療技師の業務>を挙げている。

 7 今回の政令改正案を延長すると、将来的には医療・福祉の現場に、労働者派遣という間接雇用を広く導入することになり、その弊害が強く危惧される。
 現行法上例外的に派遣されている看護師について、既に多くの問題点があることは、厚生労働省が、2020年2月に公表した「福祉及び介護施設における看護師の日雇派遣に関するニーズ等の実態調査集計結果」に現れている。
 同調査によれば、まず、事業所へのアンケートでは、「看護職員の派遣労働者に関する雇用管理上の課題」として、介護サービス事業所では、「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(12.0%)」「指揮命令系統が不明確(11.1%)」「サービス利用者とのトラブル(11.5%)」が目立ち、障害福祉サービス事業所では、「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(27.3%)」「不適切な労働時間管理(就業日・就業時間・休憩時間・時間外労働・休暇)(18.2%)」が、児童福祉施設では「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(15.4%)」「指揮命令系統が不明確(15.4%)」など、使用者が異なる派遣看護師が、間接雇用によってチームとしての連携に問題があることが明らかになっている。また、看護職員の派遣労働者に関する医療安全管理上の課題としても、介護サービス事業所、障害福祉サービス事業所ともに約半数が問題があることを回答し、「利用者にかかる情報収集が不十分」「起こりやすい医療事故等について、十分把握できていない」の回答が共通して多く、介護サービス事業所では、さらに、「医療安全を推進する上で、同僚とのコミュニケーションが不足している」「事故発生時、どのように対応すれば良いか、わからない」など、介護事故につながる憂慮すべき回答が多い。また、短期派遣看護職員に対する懸念点についても「労働期間が短期であるため、チームでの役割を発揮しにくい」が、三種の事業所ともに〔介護(64.7%)、障害(50.4%)、児童(55.9%)〕、際立って多い回答結果を示している。
 また、看護師等の派遣労働者として働いた者への調査回答は108名と多くないが、感じた雇用管理上の課題として、57.4%が課題があるとし、「契約の範囲外の業務や、想定外の業務の実施(24.1%)」「指揮命令系統が不明確(20.4%)」が多く、看護師等の派遣労働者として働く上で感じた医療安全上の課題としては、74.1%が課題があるとし、具体的には「どのような体制で、医療安全管理が行われているかがわからない(39.8%)」「利用者の情報収集をする時間が不十分(35.2%)」「医療安全に関するマニュアルを把握する機会がない(27.8%)」の順となっている。
 以上、厚労省が実施した調査結果自体が、看護師の日雇い派遣には多くの問題点があることを示しており、とくに、現場で働く者同士のチームとしての連携が不足している問題点を明らかにしている。そして、今回の政令改正にはその立法事実がなく、むしろ、短期の日雇い派遣でなく、常勤としての安定雇用が必要なことを示している。

 8  看護師の日雇派遣により生じる問題は、看護の質、ひいては施設利用者の基本的人権にも大きな影響を与える。社会福祉施設における看護師は、医療的な視点での支援を行うだけでなく、利用者の気持ちに寄り添いながら、長い時間をかけて信頼関係を築いている。多様なニーズを抱える人々の身体状況には急な変化がしばしば生じるが、従来は、専門性の高い常勤看護職員がそのニーズに対応してきた。しかし、職員配置基準に常勤換算法が用いられるようになり、計算上は一人の職員であっても、複数の者が個別に関わり、問題の申し送りが不十分であったり、最悪の場合、申し送りがないため、重大な問題が生じる事態も起きている。現在、看護職員の常勤換算も認められているが、日雇派遣になれば、現在の問題をいっそう深刻化させる危険性が大きくなると言えよう。これは、福祉施設の質を担保する設置基準の実質的な劣化・後退をもたらす点で、基本的人権としての福祉サービス利用権の重大な形骸化である。

 9 福祉施設にとっても看護師の日雇派遣導入は、派遣看護師の採用(選任)や労務管理をめぐって、従来とは異なる多くの複雑な問題を発生させることになる。
 従来、福祉施設で働く看護師については、問題のある短期(細切れ)契約であっても、その採用(選任)は、使用者としての福祉施設自体が実施していた。しかし、労働者派遣法では紹介予定派遣を除いて、派遣先が「直接面接」などによって派遣労働者の特定を目的とする行為が禁止されている(第26条第6項)。その結果、日雇派遣では、雇用責任を負う建前の派遣会社(派遣元)が看護師を採用(選任)することにしなければ違法となるので、福祉施設(派遣先)は採用(選任)権限を失い、看護師として誰が来るかは、派遣会社からの派遣を受けて初めて分かることになる。この問題は、既に例外的に容認されている日雇派遣についても同様であり、これまで顕在化しなかっただけである。これは、労働者派遣という複雑な三者関係から生ずる多くのトラブルの一つに過ぎない。
 要するに、福祉施設としては、看護師の日雇派遣導入によって、派遣会社に多額の派遣料金を払うことになる一方、スタッフがチームとしてサービスを提供することに困難が生じること、常勤看護師によって得られる高いサービスの質が劣化すること、職場に相応しい看護師を選任する権限を失うことなど、新たに多くの困難を抱えることになる。

 10 現在提案されている政令改正案に基づく、へき地医療機関への看護師等の派遣や、社会福祉施設等における看護師の日雇派遣には、多くの問題点がある。これを解禁すれば、医療・福祉の現場に一層、深刻な問題を発生する危険が大きい。とくに、看護師にとっては、さらなる労働環境・待遇の悪化、ひいては利用者の受けるサービス劣化や基本的人権蹂躙を招く可能性が容易に予測できる。
 さらに、新型コロナウィルス感染症が拡大する中で、看護師は職場で新型コロナウィルス感染症への感染のリスクにもさらされるため、仮に感染した場合には速やかに労災補償を受けることが必要であるところ、労働者派遣、とりわけ最も不安定な日雇派遣による複雑な当事者関係によって、雇用管理責任の所在が不明確となれば、速やかな労災補償にも支障を来しかねない。
 なお、個々の労働者の家庭環境等に合わせた勤務時間・勤務形態にすることは直接雇用でも十分可能であり(むしろ安定した無期の直接雇用の方が個々の労働者に配慮した取扱いを行いやすい)、これらを行うために間接雇用にする必要は全くない。

 11 要するに、へき地医療機関や社会福祉施設等における看護師の人材確保のために行うべきは、労働環境・待遇の改善であり、看護師業務についての労働者派遣の容認、とくに、日雇い派遣の解禁はむしろ労働環境・待遇の悪化を招くものというしかない。
 以上の理由で、政府が現在進めている関連の政令改正に強く反対する。

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