第83回 ILOが「プラットフォーム経済におけるディーセントワーク」に関する新国際基準へ第一歩

ILOの公式ホームページによれば、ILOは、既に2025年と2026年のILO総会(国際労働総会)で「プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに関する新しい国際労働基準」の討議を決めていましたが、2024年1月末、その討議にとって重要な報告書を発表しました。国際労働総会第113会期 2025年 ILC.113/V(1)レポートV(1) 第5号議案「プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークの実現」が報告書の表題で、巻末のアンケートを含めて128頁の報告書です。
ILOは、デジタル労働プラットフォームに関する新しい国際労働基準を議論することを計画し、そのために、各国政府に、プラットフォーム労働者の権利や義務、規制や監督、社会保障や労働条件などに関するアンケートを送付しました。このアンケートは、政府が最も代表的な使用者団体と労働者団体と協議した上で、2024年8月31日までに回答するよう求めています。回答は、会議での議論の基礎となる背景報告書の作成に利用される予定です。
これまでの日本政府は、ILOの条約批准に熱心とは言えません。労働者・市民が「プラットフォーム労働者の労働人権」実現のために、このアンケートを受け止めて、情報を集中して、回答に日本の実情と問題状況を知らせて、新国際基準に適切に反映させることが必要だと思います。報告書の日本語版は、公式にはありませんので、英語版を試訳してみました。以下、簡単に概要を紹介してみます。(2024年2月20日 swakita記)

この報告書について、左のYoutube動画も公表されています。
【動画の内容】 この報告書は、プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに関する新たな国際労働基準の議論につながるプロセスの一部です。議論は、2025年と2026年の国際労働総会で行われます。これは画期的な動きであり、労働の未来を形作る重要な一歩となるでしょう。
報告書には、そのような労働基準の形式、範囲、内容に関する有権者の意見を求める質問票が含まれています。そして各国政府は、そのプロセスの一環として使用者団体や労働者団体と協議するよう要請されています。アンケートへの回答は8月31日までに提出されなければなりません。
労働の未来を形作るためのこの重要な機会をお見逃しなく。ありがとうございました。

報告書『プラットフォーム経済におけるディーセントワークの実現』(2024年1月)

報告書の目次

はじめに 9
第1章 プラットフォーム経済の出現と多様性 11
1.1. ビジネスモデル、競争優位性、市場力 12
第2章 プラットフォーム労働の本質 15
2.1. 企業や顧客と労働者をつなぐプラットフォーム 15
2.1.1. プラットフォーム数とプラットフォーム労働の普及率 15
2.1.2. プラットフォームの位置とプラットフォーム上での労働 18
2.2. プラットフォーム労働の主な特徴 19
2.2.1. 低い参入障壁と柔軟性 19
2.2.2. 部門別・職種別のプラットフォーム労働 20
2.2.3. 本業または副業 21
2.2.4. 作業の監視と監督におけるアルゴリズムの役割 22
2.3. プラットフォーム労働者の特徴 22
2.3.1. 年齢プロフィール 22
2.3.2. 教育 23
2.3.3. 性別分布 25
2.3.4. 移民の地位と難民 25
2.4. デジタルプラットフォームと非正規性 26
第3章 規制の枠組み 29
3.1. 国際法とプラットフォーム労働 29
  結社の自由と団体交渉 30
  強制労働 31
  児童労働 31
  機会と待遇の平等 31
  労働安全衛生 32
  雇用政策と昇進 32
  雇用関係 33
  報酬 33
  作業時間 33
  アルゴリズム
  労働者の個人情報の保護 34
  社会保障 33
  移民労働者 35
  紛争の解決 36
  雇用の終了 36
  労働監督 36
  インフォーマル経済からフォーマル経済への移行 36
  プラットフォームと国際労働基準の関連性のまとめ 36
3.2. 加盟国における規制介入の範囲

第4章 プラットフォーム労働者とプラットフォームの定義 43
第5章 デジタルプラットフォームにおけるどの労働者が保護されるか? 49
5.1. 文脈 49
5.2. 国と地域の取り組み 49
5.2.1. 判例法 49
5.2.2. 立法 51
第6章 労働における基本原則と権利 55
6.1. 結社の自由と団体交渉権の実効的承認 55
6.1.1. 背景 55
6.1.2. 国と地域の取り組み 55
6.2. 強制労働と児童労働の廃止 57
6.2.1. 背景 57
6.2.2. 国と地域の取り組み 57
6.3. 平等と非差別 57
6.3.1. 背景 57
6.3.2. 国と地域の取り組み 58
6.4. 労働安全衛生 59
6.4.1. 背景 59
6.4.2. 国と地域の取り組み 60
第7章 雇用政策と促進 63
7.1. 背景 63
7.2. 国と地域の取り組み 63
第8章 労働者保護 65
8.1. 報酬 65
8.1.1. 背景 65
8.1.2. 国と地域の取り組み 66
8.2. 作業時間 67
8.2.1. 背景 67
8.2.2. 国と地域の取り組み 68
8.3. 契約の終了および解除 70
8.3.1. 背景 70
8.3.2. 国と地域の取り組み 71
8.4. 労働者の個人情報保護 73
8.4.1. 背景 73
8.4.2. 国と地域の取り組み 73
8.5. 紛争解決 75
8.5.1. 背景 75
8.5.2. 国と地域の取り組み 76
第9章 社会保障 79
9.1. 背景 79
9.2. 国と地域の取り組み 79

第10章代表と社会的対話代表と社会的対話 83
10.1. 背景 83
10.2. 国と地域の取り組み 83
 代表 83
 三者会談 85
 団体交渉と二者間対話 85
第11章情報へのアクセス 89
11.1. 背景 89
11.2. 国と地域の取り組み 89
第12章 コンプライアンス 93
12.1. 背景 93
12.2. 国と地域の取り組み 93
12.2.1. 執行、罰則および関連監督メカニズム 93
12.2.2. ライセンスおよび報告義務 95
第13章 ILOの仕事とその他の国際的イニシアティブ 97
13.1. グローバル・エヴィデンスへのILOの貢献 97
13.2. 加盟国を支援するILOの技術支援と調査 99
13.3. 国際的な取り組み 101
第14章 プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークの基準 103
14.1. プラットフォーム経済の急速な台頭と、その規制に向けたステップ 103
14.2. 法律と実践からの教訓 103
14.3. なぜ規格が必要なのか? 105
 将来的な制度改正手続きの簡素化・迅速化の可能性 106
 アンケート 107
アンケート 109

報告書の概要 (Introduction)

 報告書は、「はじめに(Intoroduction)」で、この報告書制作までの経過と内容の概要を以下の通り、要約的に説明しています。私は、これまで新たな労働の変化に対するILOの動向に注目してきました。とくに、2016年の報告書『世界の非標準的雇用:課題の理解と展望の形成』(日本語訳)で、新たなプラットフォーム労働の問題点が指摘されました。また、De Stefano教授の『ジャストインタイム労働力の台頭(The rise of the “just–in–time workforce)(発行 ILO)など、早くから関連問題での調査、研究を進めてきました。そして、2020年の第109回総会で「変化する状況下での雇用とディーセント・ワークの促進」を議題としてとりあげました。そこでは、2006年「雇用関係」勧告(第198号)の意義を強調し、労働者性について立証責任を転換する「雇用推定」の考え方を重視して「疑わしきは労働者の利益に」という原則を紹介しています(「疑わしきは労働者の利益に」(労働法律旬報2032号)参照)。こうした議論の積み重ねの上で、下記の3.に挙げられた2022年10月10日から14日までの三者専門家会議で詳細な議論がされましたが、その結論はILO総会の議題にすることに否定的なものでした。しかし、理事会はそれを逆転して総会議題とすることを決定したのです(専門家会議当時の世界の動向については『「雇用類似の働き方」に対する各国の裁判・法規制と日本への示唆』労働総研クォータリー126号参照)。ILO内部でも、プラットフォーム労働者の保護については立場が分かれており、多くの議論があったのですが、そうした議論を経て、今回の報告書に至ったものと思われます。
 報告書の最初の部分「はじめに(Introduction)」は、次のように述べています。太字は私が付したものです。

1. 国際労働総会が第108回総会(2019年)で採択した「仕事の未来に向けたILO100周年宣言」は、すべてのILO加盟国に対し、「適切なプライバシーと個人データ保護を確保し、プラットフォーム労働を含む仕事のデジタル変革に関連する仕事の世界における課題と機会に対応する政策と措置」を講ずるよう求めている。
2. プラットフォーム経済は、労働世界のデジタル化によって引き起こされた変化の最も重要な現れである。この経済の成長は、ビジネスにとって新たな市場を開拓し、新たな雇用と収入の機会を創出した。消費者もまた、特にサービスが行き届いていない地域において、より安価で便利な商品やサービスの恩恵を受けている。同時に、プラットフォーム経済は、労働の組織化および遂行方法を大きく変革しており、プラットフォーム労働者がディーセント・ワークを確保する上で新たな課題も生じている。
3.  ILO理事会は第341回総会(2021年3月)において、「2022年中に『プラットフォーム経済におけるディーセント・ワーク』の問題に関する三者専門家会議を開催するよう事務局に要請する」ことを決定し、同会議は2022年10月10日から14日までジュネーブで開催された。第346回会期(2022年10月~11月)において、専門家会合の結果を報告された理事会は、第113回会期(2025年)の総会にプラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに関する項目を議題とすることを決定し、事務局に対し、第347回会期(2023年3月)の総会に議題とする項目の性質に関する意思決定に資するため、規範的ギャップ分析を提示するよう要請した。[2]
4. 最後に、第347回会期(2023年3月)において、事務局が実施した規範ギャップ分析に留意した理事会[3]は、第113回会期(2025年6月)の議題として、二重討議手続きを伴う基準設定項目を採択することを決定した。[4]二重討議手続きに関する国際労働総会の常置規定に基づき[5]、事務局は本報告書を作成した。本報告書は、プラットフォーム労働とそれに関連する世界各国の規制および慣行に関する最新情報を提供する。この報告書は、総会での議論に情報を提供し、加盟国が添付の質問書に回答する際の助けとなることを意図している。
5. 本報告書は、まずプラットフォーム経済について紹介し、その急速な成長と多様性について概説する(第1章)。次に、企業や顧客と労働者をつなぐプラットフォームに焦点を当て、プラットフォーム経済における労働のダイナミクスに焦点を当てる。プラットフォーム労働の成長と普及を分析し、プラットフォームで働く労働者の特徴を論じる(第2章)
6. 次に、既存の規制の枠組みについて論じている。国際労働基準のプラットフォーム労働への適用可能性を検討し、その枠組みの重要性を強調している。本書は、既存のILO基準によって提供されるものであると同時に、既存のギャップを明らかにしている。また、加盟国間の法的手段および慣行の概観を提供し、規制介入へのアプローチの多様性を検証する(第3章)。続いて、各国がプラットフォームおよびプラットフォーム労働者をどのように定義しているかを説明する(第4章)
7. 次に、ディーセント・ワークのさまざまな側面に関連する法的文書[6]と慣行について、より詳細に説明する。判例法および法律を基に、雇用関係の分類と、この問題が加盟国間でどのように扱われているかを論じる(第5章)第6章では、プラットフォーム労働者に対する労働における基本的原則と権利の適用について論じている。続いて、雇用創出という点でその可能性を活用するために加盟国がとった行動を含め、雇用創出に対するプラットフォーム経済の影響について紹介する(第7章)。
8. 次に、プラットフォーム労働者の労働保護に関連する傾向、ギャップ、新たな立法慣行を示す(第8章)。分析では、報酬、就業契約、契約解除・無効化、データ保護、紛争解決メカニズムに焦点を当てている。本報告書は、プラットフォーム労働の複雑さと特殊性にもかかわらず、プラットフォーム労働者にこれらの保護を拡大する傾向を観察することが可能であり、これらの保護のいくつかは自営業者にも拡大されていることを示している。
9. 第9章では、社会保障について考察し、プラットフォーム労働者に社会保障の適用を拡大する加盟国のアプローチについて議論する。労働者とプラットフォームの代表、および二者・三者社会対話は、法的枠組みの他の重要な側面であり、第10章で論じている。報告書はまた、情報へのアクセスについても検討し、特にアルゴリズムの活用に関して、透明性の確保と労働者の権利保護を目的とした各国の対応例を示している(第11章)。続いて報告書は、遵守違反に対する罰則を含め、加盟国が適用している遵守・執行措置について調査している(第12章)。
10. 法律と慣行に関する記述に続き、本報告書では、事務局および他の国際機関がどのようにプラットフォーム労働に取り組んできたかを論じている(第13章)。事務局は広範な研究活動を展開するだけでなく、プラットフォーム労働に関する規制・政策の採択に意欲的な加盟国への支援要請も増えている。本報告書は、プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークの基準設定に関連する事務局の重要な考察で締めくくられている(第14章)。
11. この報告書には質問書が含まれ、各国政府は「回答をまとめる前に、使用者及び労働者の最も代表的な組織と協議する」よう要請されている[7]。回答は、「可能な限り速やかに、かつ、最初の討議が行われる総会(2025年6月の開会の11カ月以上前」に事務局に到達する必要がある[8]。

プラットフォーム労働における各国の法規制

 報告書第3章は、プラットフォーム労働に関する加盟国での法的規制を概観しています。その中で、「表3 プラットフォーム労働に関する法律文書(legal instruments on platform work)」は、国名のABC順に、6項目(①ロケーション型プラットフォーム労働者を適用対象とする、②オンライン型プラットフォーム労働者を適用対象とする、③雇用関係の分類の規制、④労働と社会保障の規制、⑤社会的対話・代表制についての規制、⑥他の領域、を対象とする)について整理しています。

  1. ベルギー 2022年10月3日労働に関する諸規定を定める法律  ①②③④
  2. ブラジル 2022年1月5日法律第14.297/2022号2  ①④
  3. ブラジル 2023年5月1日付政令第11.513号  ①⑤
  4. カナダ(オンタリオ州) 2022年4月11日付デジタルプラットフォーム労働者権利法(未施行)   ④⑥
  5. チリ 法律第21.431号により改正された労働法典.8 2022年3月  ①②③④⑤⑥
  6. チリ 旅客輸送アプリケーションおよびそれを通じて提供されるサービスに関する2023年4月10日付法律第21.553号  ①⑥
  7. 中国 人事・社会保障省(MOHRSS)ガイドライン新たな雇用形態における労働契約および使用者同意書の締結(試行実施用)、2023年2月21日   ①②④
  8. 中国 MOHRSS他『新しい雇用形態における使用者の労働権益の保護に関する指導意見』2021年7月  ①②③④⑥
  9. クロアチア 2022年12月20日付法律NN151/22により改正された労働法4  ①②③④⑥
  10. エジプト 2019年決議第2180号、2018年ライドシェア法第87号  ①④⑥
  11. フランス 2016年法律第1088号2016年8月8日、労働関係の近代化、労働力の確保について  ①②④⑥
  12. フランス 法律第2019-1428号2019年12月24日労働法の改正、移動に関するオリエンテーション法  ①④⑥
  13. フランス 法律第2022-139号2022年2月7日自営業者代表の諸条件について  ①④
  14. フランス 2021年4月21日労働プラットフォーム社会関係当局に関する条例第2021-484号  ①②④⑤⑥
  15. フランス 法律2020-1266号2020年10月19日インターネット・プラットフォームにおける16歳未満の児童の商業的搾取を規制する法律  ②④
  16. ギリシャ 2021年6月19日法律第4808/2021号  ①②③④⑤
  17. インド 社会保障法典2020  ①②④
  18. インド 自動車アグリゲーター・ガイドライン-2020  ①④
  19. インド(ラジャスタン州) プラットフォーム基盤ギグ労働者(登録および福祉)法 2023   ①②④
  20. インドネシア 2018年運輸大臣規則PM118号(Permenhub 118/2018)  ①⑥
  21. インドネシア 2019年運輸大臣規則PM12号(Permenhub 12/2019)  ①⑥
  22. イタリア 2015年6月15日付政令第81号(改正後)  ①③④
  23. イタリア 2019年11月2日法律第128号2019年施行令2019年9月3日法律命令第101号  ①④⑤⑥
  24. カザフスタン 2023年4月20日付カザフスタン共和国社会法典第224-VII号  ①②③5
  25. ケニア 2022年6月20日国家運輸安全局(運輸ネットワーク会社、所有者、運転手および乗客)規則 ①④⑥
  26. マルタ 2022年10月21日付デジタルプラットフォーム配信賃金審議会賃金規制令  ①②③④⑥
  27. ポルトガル 労働法典(2023年4月3日付法律第13号/2023号により改正  ①②③④⑥
  28. ポルトガル 2018年8月10日法律第45号/2018年  ①④⑥
  29. 大韓民国 2019年労働災害補償保険法   ①④
  30. 大韓民国 2021年1月5日雇用保険法第17859号   ①④
  31. 大韓民国 2017年安全衛生法   ①④
  32. スペイン 法律第12/2021号(「ライダー法」)   ①③④⑥
  33. タンザニア連合共和国 2020年3月14日付陸運局(料金)規則に基づく命令番号LATRA/01/2022号   ①④⑥
  34. アメリカ(カリフォルニア州) 2019年9月18日付法律AB5により改正された労働法典   ①③④
  35. アメリカ(インディアナ州) インディアナ州法典2023を改正する下院在籍法第1125号   ①③④
  36. アメリカ(ニューヨーク市) 法律第2021/116号、第2021/117号、第2021/114号により改正されたニューヨーク市行政法;2021/110および2021/118 ①④⑥
  37. アメリカ(シアトル市) 2022年、SMC 8.37「申請ベース労働者最低支払い条例」; 8)2023年、 SMC 8.40「アプリベースの労働者の権利停止条例」9および2023年SMC 8.39「アプリベース労働者有給休暇・安全時間条例」10   ①④⑥
  38. アメリカ(ワシントン州) 2022年3月7日付下院法案「輸送ネットワーク会社ドライバーおよび輸送ネットワーク会社の権利と義務に関する2076号」により改正されたワシントン州法(RCW)   ①③④⑥

* この表3に日本の「フリーランス法」その他の法規制について言及はありません。報告書全体の中では、日本(Japan)に触れているのは、「パラグラフ239」で、労働条件改善の目的で労働者が情報を共有していることが指摘され、日本については、「ウーバーイーツのデリバリー・パートナー18社を代表するウーバーイーツ・ユニオン」が紹介されています。また、「パラグラフ249」では、「日本では、2022年に東京都労働委員会が、デリバリー・パートナーは労働法上の労働者ではないという理由で団体交渉を拒否したプラットフォームが、ウーバー・イーツ・ユニオンがウーバーを相手取って起こした訴訟に関する決定を出した。[397]委員会は、労働者は労働法の適用対象であり、団体交渉を行う権利があることを確認した」ことが紹介されています。*
 これ以外について、報告書では、日本についての言及を見つけることができませんでした。日本政府が「雇用によらない働き方」などで検討を続け、いわゆる「フリーランス法」や労災保険の特別加入の対象をプラットフォーム労働に拡大したことなどについて、ILOは知らないのか、あるいは知っているが、その意味を軽視しているのか触れていません。

法律と実践からの教訓

 報告書は、最後に事務局としての結論的な総括的な記述をしています。これは、2025年総会の事務局の提案につながる内容だと推測します。以下、その部分を日本語訳してみました。太字は私が付した部分です。

292. 本報告書で検討されたほとんどの法律で観察された共通の傾向は、法律と労働協約を通じて、雇用上の地位に関係なく、労働保護と社会保障の範囲をプラットフォーム労働者に拡大することである。
293. このレビューでは、デジタルプラットフォーム労働者の雇用関係の存在を法的に推定している国もあることもわかった。分類の問題は、裁判所でかなりの量の訴訟の対象となっている。この点でプラットフォーム労働者をどのように分類すべきかに関する裁判所のアプローチも見逃せない。しかし、分類に関する判例は、契約条件の厳格な解釈よりも、事実の優先という原則を広く適用している。
294. 本報告書では、プラットフォーム労働者を組織化し、プラットフォームそのものを代表するために革新的な方法が開発された事例が増えていることを説明し、こうしたプロセスにおける労働組合と使用者代表の重要な役割に言及している。また、社会的対話に基づいて政策や規制の解決策を策定した事例も紹介している。
295. 法律と実務の見直しから、[504]いくつかの注目すべき動向には、以下のような対策が含まれる:
(a) 雇用関係の有無を判断するための追加ガイダンスを提供する;
(b) 社会保障の適用範囲を拡大する。これには、社会保障の財源としてプラットフォームが拠出する場合もある;
(c) 労働者のOSH(安全衛生)を保護し、これに関するプラットフォームの責任を定義する;
(d) 場合によっては、労働者にデジタル労働プラットフォームから切断する特定の権利を与え、待機時間に対する報酬の問題に対処することにより、労働時間の規制枠組みを強化する;
(e) 報酬の算定に使用されるパラメータの透明性を確保し、場合によっては、既存の最低賃金に比例して報酬がベンチマークされる方法を確保する;
(f) 労働者のアカウントまたは労働関係の無効化または一時停止に関する規則を定める;
(g) プラットフォーム労働者に適用される条件について、最低限の開示要件を設ける;
(h) プラットフォーム労働の特性と国境を越えた性質を特に考慮し、利用しやすく適切な紛争解決プロセスを提供すること;
(i) 労働者データの保護に関する権利およびプラットフォームによる労働者データの使用に関する条件を明確にする。
296. 重要な横断的テーマは、アルゴリズムの使用に関する規制である。いくつかの規制は、仕事の割り当て、報酬の計算と支払い、解雇や活動停止の決定方法に関して、アルゴリズムの使用に関する透明性の向上を求めている。また、アルゴリズムの使用から生じる差別を禁止する措置も取られている。また、一部の国では、アルゴリズムの使用から生じる決定を人間が監視することを義務付けるとともに、この分野における労働者の代表への情報提供や協議を確保するための追加的なセーフガードを設けている。

 298. 事務局が実施し、2023年3月の理事会で発表したプラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに関する規範的ギャップ分析は、既存の国際労働基準にどの程度のギャップが存在するかを示した。本報告書の第3章では、既存の国際労働基準の人的適用範囲におけるギャップ、およびプラットフォームにおける労働のいくつかの特性が既存の基準で十分に扱われていないために生じるテーマ別ギャップについて検討した。個人的適用範囲に関しては、契約上分類されるデジタルプラットフォーム労働者の大きな割合を占める自営業者労働者に対するいくつかの基準の適用可能性に関するギャップが確認された。また、アルゴリズムが労働条件に与える影響や、プラットフォーム労働の国境を越えた性質に関するものなど、いくつかのテーマ別のギャップも確認された。したがって、既存の国際労働基準におけるギャップを埋め、プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークを確保するためには、規範的な行動が必要である。
 299. 新しい法律の出現からも、各国の法的枠組みが急速に進化していることがわかる。さらに、いくつかの加盟国は現在、立法草案を国会に提出している。このことは、ILOの技術支援に対する需要の高まりに拍車をかけるとともに、各国のイニシアティブに情報を提供し、指導することができる専用の基準を持つことの重要性を強調している。
 300. 事務局は、新たな制度は、国際労働基準が、別段の定めがない限り、デジタルプラットフォーム労働者を含むすべての労働者に適用されることを想起するよう努める一方、プラットフォーム上またはプラットフォームを通じて行われる労働の特殊性により、これらの既存の基準をデジタルプラットフォーム労働者に特有の基準で補完する必要があることを強調すべきであると考える。
 301. 事務局は、新文書(instruments=条約・勧告)もまた以下のようでなければならないと考える:
 (a) オンラインおよびロケーションベースのプラットフォームは、制度における共通の諸原則に相応しい共通点を共有していることを認めること;
 (b) 雇用上の地位が異なる労働者が権利を実現するための異なる経路が存在する可能性を認め、雇用上の地位に関係なく労働者を対象とすること
 (c) デジタルプラットフォームは、使用者か、または雇用関係以外の契約主体であれ、その地位とは無関係に、プラットフォーム労働者のディーセント・ワークの確保にとって重要な役割を担っていることを認めること;
 (d) プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに対する新たな具体的な課題、特に、プラットフォームにおける労働を組織、監督、評価するためのアルゴリズムの使用など、労働条件に影響を与える技術の使用に関連する課題に対処するための明確な枠組みを提供すること;
 (e) 労働関係の停止または終了、およびアカウントの無効化、ならびに労働者の個人データの保護に対処すること;
 (f) 紛争の国境を越えた性質を含め、プラットフォーム労働の国境を越えた性質に関連して生じる特定の問題に対処すること;
 (g) 法律および慣行において、国内条件および国際労働基準に合致する保護を確立するために、加盟国にある程度の柔軟性を提供すること;
 (h) プラットフォーム経済のダイナミックな性質を認識し、急速な技術発展に対応するため、将来的な基準の適応の可能性を確立すること;
 (i) 関係する労働者及びプラットフォームの効果的な代表を確保しつつ、適切な法律・規制を定義する際の三者構成社会対話の役割、及び労働協約を締結する際のソーシャル・パートナーの役割を強調すること。
 302. 事務局は、新しい文書をロケーションベースとオンラインプラットフォームの両方に適用することを推奨する。両者には違いがあるものの、労働者が対応可能な保護に共通するギャップがあるため、共通の標準的な保護が適切である。両方のプラットフォームに対応することは、プラットフォーム労働の国境を越えた次元を考慮することを含め、すべてのプラットフォームで一貫した基準の適用を可能にし、そうすることで公平な競争条件を促進し、公正な競争と調和のとれた労働慣行に貢献する。
 303. 本報告書で前述したギャップ分析で言及したように、多くの国際労働基準は自営業者と従業員の両方に適用され、さらに、本報告書で特定されたテーマ別ギャップは両グループに適用される。当事務局は、新制度を従業員と自営業者の双方に適用すべきであると勧告する。自営業者がデジタルプラットフォーム労働者の多くを占める中、基準から除外されれば、多くの労働者が保護されないままとなる。両カテゴリーの労働者の特性を包含するため、策定は包括的であるべきである。また、従業員であるプラットフォーム労働者も、一般的に雇用関係にある労働者が享受する保護に劣らない保護を享受することを確保するためのセーフガードを規定する必要がある。このアプローチは、包括性、単純性、労働基準の一貫した適用を優先する。
 304. 国際労働総会が、同じ主題に関する別個の勧告を伴う条約を採択したり、加盟国を拘束しない指針を示す単独勧告を採択したりするのは、一般的な慣行である。総会はまた、強行的な規定(mandatory)訓示的指針(guidance)を提供する規定の両方を同じ文書にまとめた文書も採択している。プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークに関しては、単一の文書に、プラットフォーム経済におけるディーセント・ワークの核心的側面に対処するため、すべてのデジタルプラットフォーム労働者に適用される原則、権利、および義務を反映する必須条項を含めることができる。訓示的指針を提供する規定は、原則、権利、義務の実施に関する具体的な詳細、または強行的な規範がまだ熟していない、または非強行的な規範の下でより適切に対処される側面を扱う。
将来的な制度改正手続きの簡素化・迅速化の可能性
 305. プラットフォーム経済の急速な進化とテクノロジーの進歩は、新たなビジネスチャンスとビジネスモデルの発展を約束し続け、必然的に新たなディーセント・ワークの課題を生み出す。テクノロジーはプラットフォーム上またはプラットフォームを通じて労働を組織化する際の中心的な特徴であるが、その急速な変化はディーセント・ワークの課題に取り組む努力を妨げるべきではない。むしろ、これらの問題に特別な注意を払うことの重要性を強調している。事務局は、プラットフォーム経済の特別な特徴は、その急速な進化のために継続的な見直しが必要であると考え、そのための簡略化され加速化された手続きを含むことができる。
 デジタルプラットフォーム上またはそれを介した労働に関する技術的、規制的または運用上の発展に照らして、その継続的な妥当性を確保するために、特定のトピックに関する規定を修正すること。これに関して、質問票にはこのテーマに関する質問が含まれている。

アンケート(質問票)(日本語訳)

アンケート(Questionnaire)項目
    I.国際文書の形式
    II.前文
    III.定義
    IV.目的と範囲
        A.労働における基本原則と権利
        B.労働安全衛生
        C.暴力とハラスメント
        D.雇用促進
        E.雇用関係
        F.仲介業者の利用
        G.報酬と労働時間
        H.アルゴリズムの使用が労働条件に与える影響
        I.デジタルプラットフォーム労働者の個人情報の保護
        J.社会保障
        K.デジタルプラットフォーム労働者に適用される条件
        L.移民・難民の保護
        M.結社の自由、社会対話、使用者・労働者団体の役割
        N.一時停止、活動停止、解雇
        O.紛争解決
        P.コンプライアンスと執行
        Q.実施
        R.修正
    VI.その他の考慮事項

    アンケート全文の日本語試訳 (Clickしてダウンロード可能)(pdf:424KB)

報告書を読んでー労働組合・市民団体の課題を考える

上記の通り、ILOは2025年総会と2026年総会でプラットフォーム労働をめぐる条約・勧告の採択に向けて議論することを決定しました。今回の報告書では、各国政府に81項目もの詳細なアンケートを出し、その回答期限を今年(2024年)8月末としています。
 このアンケートには、事務局が示す質問と、それに対する回答の多くには賛否の欄とともに「コメント」欄が設けられています。回答する場合、賛否についての判断だけでなく、「コメント」欄をどのように埋めるために、かなりの準備と議論が必要になります。当面、このアンケートについて、多くの人が関心をもち、議論をして、充実した回答となるように努力することが必要です。
 こうした充実した回答を実現する前提として、私なりに、以下の3つの課題があると考えています。

日本政府に誠実かつ積極的な対応を求めること

 第一に、日本政府が、ILO事務局や世界の動向を踏まえて誠実かつ真摯に対応することを求めるように声を上げることです。 報告書には、多くの国でプラットフォーム労働者を保護する法律や条例の制定があり、労働組合と使用者団体が関連した全国協約を締結した事例、とくに雇用分類をめぐる裁判所の判決が紹介されています。これに対して、日本については、ウーバーイーツがユニオンからの団交要請を拒否したことに対して労働委員会が救済命令を出したことが紹介されているだけです。残念ながら日本は、ILO事務局が進めようとしている条約・勧告の議論に積極的な寄与をしてきたとは言えないと思います。
 これまで日本政府は、ILOや国連が進める労働人権保障の動向に対してきわめて消極的な対応をとり続けてきました。公務員・官公労働者の労働基本権制約についてはILOから改善が求められ続けています。非正規雇用関連については、日本政府が「パートタイム労働条約」をめぐって反ILO的な態度・対応をとった「前歴」を思い起こす必要があります(「疑わしきは労働者の利益に」(労働法律旬報2032号 参照)。つまり、ILOは1994年、「均等待遇」を中心内容とする「パートタイム労働条約」(第175号)を採択しました。しかし、日本は、その前年(1993年)に「均等待遇」規定抜きの「パート労働法」を制定したのです。条約採択直前の「駆け込み的・骨抜きパート労働法」でした。明らかにILO条約に基づいて国際水準の「均等待遇」を盛り込んだパート労働規制を回避する対応でした。その結果、「同一労働差別待遇」の「日本的パート労働」について、国連機関から現在もなお改善が求められ続けることになってしまったのです。
 この「パート労働条約」をめぐる政府の対応を再び繰り返させてはならないと思います。既に、昨年(2023年)、国会は、いわゆる「フリーランス法(正式名『「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」』)」を可決・成立させました。日本政府は、ILOがプラットフォーム労働者保護の条約・勧告採択に向けて議論を進めていることを知っていたはずです。私は、労働者保護を盛り込んだILO条約が採択される前に、ほとんど積極的な内容のない法律を「駆け込み」的・「アリバイ」的に成立させたのではないかと疑っています。そして、日本政府が、プラットフォーム労働者保護の規制内容を条約・勧告に盛り込むことに消極的な役割を果たすのではないか憂慮しています。
 日本政府が、ILO事務局が進める条約・勧告の問題提起を誠実に受け止め、プラットフォーム労働者の権利拡大に積極的な態度をとるように求めることが必要です。これは、プラットフォーム労働者の人権実現をめざす世界の人々に対する、日本の労働組合、労働関係者の責任であるとも思います。

「誤分類」「偽装自営業」という認識から出発すること

 ILOの問題意識の出発点は、2006年の「雇用関係」勧告(第198号)です。この勧告では、自営業を名目にした偽装的雇用(disguised employment)慣行の広がりの問題を踏まえて、契約の名目・形式でなく「事実優先原則」に基づく労働者判定の必要を提示しました。また、2016年のILO報告『世界の非標準雇用』ではプラットフォームを介した「名目的自営業」「従属的自営業」などの広がりの問題を指摘しています。OECDも、2019年の「雇用展望(Outlook Employment)」で本来、雇用労働者(employee)として扱うべきであるのに「独立請負契約者(independent contractor)」とする「誤分類(misclassification)」の問題を指摘しています。
 EU各国でもプラットフォーム労働者の「雇用上の地位(employment status)」が問題となり、各国の最高裁判所が事実に基づいて「雇用労働者」であるとする判決が続きました。この背景には、アメリカ・カリフォルニア州最高裁判所の2018年判決が欧州諸国の裁判官に影響を与えたという指摘も見られます。
 しかし、日本では政府や裁判所が、こうした世界の議論や判例の動向を学んでいるとは思えません。政府は、「誤分類」「偽装自営業」などの用語を決して使おうとしません。政府が好んで使う「フリーランス」という用語は、むしろ、使用者による法的責任回避という違法な雇用管理を黙認・追認する対応を正当化する用語だと思います。アメリカでも連邦労働省は、「誤分類」を厳しく排除する姿勢を示しています。こうした世界の動向は、政府だけでなく、日本のメディアもほとんど伝えてきませんでした。
 私は、「誤分類」という言葉を広げよう、という訴えを続けています(エッセイ第64回第65回)。ILOが進めている「プラットフォーム労働条約・勧告」採択の動きは、改めて日本でも「誤分類」の議論が必要であることを示していると思います。世界から見れば、日本は余りにも後れています。「マイナス」からの出発になりますが、急いで「誤分類」「偽装自営業」の問題点をめぐる議論を高めて、世界の議論に追いつくことが必要です。

労働組合・労働関係団体が大きな役割を果たすこと

 ILOが進めているプラットフォーム労働者の権利実現の動きは、各国の労働組合運動や労働者権運動の前進の結果であることを直視すべきです。欧州では、反労働者・労働組合的な対応をとり続けるプラットフォーム企業に対して、欧州労連(ETUC)と、それに参加する各国の労働組合がプラットフォーム企業との団体交渉、労働協約締結で大きく前進しています。また、雇用上の地位をめぐって、労働組合が支援して、各国で裁判が提起されて、その結果、労働側勝訴の判決を獲得してきました。そして、ILO条約・勧告の採択は、労働組合や労働者権擁護の市民団体にとっても運動を広げる新たな機会になると思います。
 しかし、巨大な多国籍企業であるプラットフォーム企業は、こうした動きにストップをかけようと巨額の費用をかけてロビー活動を強めています。2019年カリフォルニア州法については、修正を求める住民投票(2020年11月)を可決させました。また、2021年12月のEUのプラットフォーム労働指令案についても、Uberらのプラットフォーム企業の執拗なロビー活動を背景に議論が迷走することになり、指令案の成立が難しくなっています。パンデミック前からEUが進めてきた社会的人権向上の動きに逆行する状況に労働組合(ETUC)や市民団体は強く反発しています。
 ILOの報告書は、「雇用上の地位」をめぐる問題だけでなく、新たに「アルゴリズム」規制や「個人情報保護」を重要な課題として提起しています。これらの問題は、日本では労働運動や労働者権団体も、調査や取り組みも少なく、議論が大きく遅れています。
 ILOは、プラットフォーム労働をめぐる問題解決のためには、労使の「社会的対話」を重視しています。そして、報告書では、労働組合と使用者団体との間の労働協約の事例が詳細に紹介されています。ILOは自営業者を含めて、結社の自由や集団的活動は当然の権利であるとしてきました。また、EUもプラットフォーム労働者の団結・団体交渉の権利を認めるガイドラインを発出しています。日本では、ウーバーイーツ・ユニオンの事例が紹介されていますが、世界的に見れば、この領域での労働組合の活動は余りにも乏しく遅れていると思います。
 そして、欧州労連(ETUC)やスペインの労働組合(CCOOやUGT)、韓国のプラットフォーム労働者の組合や国家人権委員会も、独自のプラットフォーム労働者の調査を発表しています。
 日本では、こうしたプラットフォーム労働者の実態調査をはじめ、各種の取り組みを急ぐことが必要だと思います。

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