★今回は「もし、まだ観ていなければ、DVDで シリーズ」ではなく、現在、劇場で公開(大阪地区)されている作品を紹介しよう。フランス語圏のカナダ映画『灼熱の魂』。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。作品は、キリスト教徒とイスラム教徒の対立によって内戦状態になっている1970年代の中東の国(特定はされたいないがレバノンと思われる)が舞台である。
★中東系カナダ人の60歳を過ぎた女性、ナワル・マルワン(ルブナ・アザバル)は娘のジャンヌ(メリッサ・デゾルモーフ=プーラン)と双子の弟シモン(マキシム・ゴーデット)とともに、プールにやって来る。そこでナワルは、突然、放心状態に陥る。すぐに彼女は入院するが、あっけなく死んでしまう。生前のナワルは公証人の秘書をしていた。その公証人がジャンヌとシモンを呼び、母親が書いた2通の手紙を渡す。それは双子姉妹の、まだ見ぬ父と兄宛のものだった。ナワルは、「自分が死んだら、ジャンヌとシモンがこの手紙を父と兄に渡すように」という遺言を公証人に託していた。しかし父と兄の行方は分からない。ジャンヌは母ナワルの20代のときの写真を持って、母が生まれ育った中近東の故郷へ旅に出る。それはジャンヌの自分探しの旅でもあった。ここから70年代のときの母ナワルの物語と、現代の物語が交差し、内戦の中を生き抜く母親の凄絶な過去が描かれ、双子の姉弟たちの父親と兄の謎も解かれていく。
★ナワルは山間部の村で育った。一家はキリスト教徒だったが、彼女はイスラム教徒の男と恋に落ちる。身内はこれを許さず男を殺してしまう。ナワルも出産した男の子を祖母に取り上げられ、彼女は都会の親戚に預けられる。そして数年後、内戦が勃発。彼女は取り上げられた「私の坊や」を探しに故郷の村へ戻る。ところが故郷の村は焼き尽くされ、子どもの行方は分からない。子を探す道中で、キリスト系武装集団によるイスラム系住民の虐殺を目の当たりにし、その非道さに絶望する。彼女はキリスト教を捨てて,イスラム系のテロ組織に加わり、キリスト教指導者を暗殺する。逮捕されたあと、監獄では、連日、拷問を加えられる。それは、女性として、人間としての尊厳を、徹底して踏みにじるものだった。拷問は15年ものあいだ続く。そして最後に衝撃的な事実を明らかになる。
★おそらくこの物語の下地となっているのはギリシャ悲劇『オイディプス』をだと思う。何百回、何千回と繰り広げられてきた悲劇だ。もう一つ、暴力が暴力を呼ぶ、その報復・連鎖の空しさが作品の底流にある。とはいっても映画は分かりやすく、ひじょうにテンポがいい。謎がどんどん解かれていき、その展開のよさに、物語の中へ一気に引き込まれていった。
2012/1/20 月藻照之進