クローズアップ2017 働き方改革法案 時間規制除外、対立続く 労働側「過労死を誘発」/経営側「生産性が向上」

 毎日新聞2017年9月9日 東京朝刊

https://mainichi.jp/articles/20170909/ddm/003/010/027000c
「働き方改革」関連法案の要綱を提示した労働政策審議会分科会=東京都港区で8日」(写真省略)

  高収入の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」。その導入を含む「働き方改革関連法案」の要綱が8日、厚生労働相の諮問機関「労働政策審議会」で示され、審議がスタートした。高プロには連合と民進、共産両党などが猛反対している。この対決法案を巡って、政府・与党は秋の臨時国会の論戦にどう臨むのか。【早川健人、真野敏幸】
 8日の労政審の労働条件分科会は、要綱の細部を巡って、労使双方の代表委員が厚労省の担当者に確認する場面が目立った。ただ、これに先立つ8月30日と今月4日の分科会では、高プロについて双方の委員が激しく対立している。

過去2回の分科会。「残業代ゼロで働かされ、過労死を誘発する」「働く者の命と健康を守る残業規制と、労働時間の規制を外す高プロは趣旨が違う。法案一本化に反対する」。連合が推薦する労働者代表委員らが次々と意見を述べた。一方、使用者代表委員は「柔軟な働き方が選べなければ、生産性は向上しない。国際競争にも勝てない」などと主張した。

多くの仕事は月給制で、法定の労働時間(1日8時間・週40時間)を超える場合は、企業に残業代の支払い義務が生じる。これに対し、高プロは「年収1075万円」以上の為替・証券ディーラーやアナリスト、コンサルタント、研究開発職など一部の専門職が対象で、企業はこの義務が免除される制度だ。

 

経団連の榊原定征会長は、昨年9月の記者会見で「自由な裁量で働く環境や制度を作ることは、働き方改革にも大きなプラス。欧米では一般的な制度だ」と述べ、早期導入に期待感を示している。

政府は2000年代にも同様の制度導入を目指していた。「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれ、最終的に法案提出を断念した経緯がある。05年6月には経団連が提言を公表。「労働時間の長さと成果が比例しない頭脳労働に従事するホワイトカラーに対し、工場労働をモデルとした労働時間規制を行うことは適切とはいえない」と指摘し、制度対象として「年収400万円以上」などとしている。

ホワイトカラー・エグゼンプションと比べ、高プロは一部の専門職に限定。年収要件「1075万円」は国会審議の不要な省令で定められるが、法案にも「平均給与額の3倍を相当程度上回る水準」とし、「歯止め」を掛けた形になってはいる。

だが、ある連合幹部は「制度ができてしまえば政府と財界の意向で職種はどんどん広がり、対象年収を引き下げることも可能だ」と話す。対象範囲が広がれば、高プロは経営側にとって人件費圧縮の「強い武器」となり、「残業代ゼロ」を地でいく経営者が出てくるかもしれない、と警戒感を隠さない。

別の労組関係者は、こんな見方を示す。「生むのは大変なので、『小さく生んで大きく育てる』つもりではないか」

政府「強行突破」は困難

高プロを盛り込んだ労働基準法改正案は2015年4月に国会に提出されたが、実質審議に入れない状況が続いていた。このため、政府は、残業時間の上限規制という労働者保護策と抱き合わせることで実現を図ろうと準備を進めてきた。だが、その前提には「安倍1強」があり、政権支持率が急落した今、「強行突破」は難しい状況だ。政府・与党は野党側の出方をみながら慎重に対応する構えだ。

民進党の山井和則国対委員長代行は8日、毎日新聞の取材に「過労死を促進させかねない高プロと長時間労働規制の相反する法案の一本化は前代未聞だ。切り離さないと審議には入れない」とけん制した。

民進党最大の支持団体である連合は一時、高プロ容認に傾いた。その要因の一つが、与党の圧倒的な数の力だ。連合の神津里季生会長は政府側に高プロの修正を申し入れた後、記者団に「(政府案のまま)成立してしまうのは耐えられない」と述べている。

だが、政権の体力低下を背景に、連合は容認を撤回。7日に神津氏と会談した民進党の前原誠司代表は記者団に「長時間労働規制には賛成だが、高プロは絶対にのめない」と述べ、高プロと残業規制を切り離して議論すべきだとの考えを表明した。神津氏も「国会審議で鋭く追及してもらいたい」と応じた。

ただ、連合は8月25日の中央執行委員会で「労政審での重要な局面では、三役会、中執で協議、確認をはかる」とも決めており、今後の政府との妥協に余地を残したとも受け止められている。

民進党は高プロを10月の衆院3補選の争点の一つに据え、与党側を揺さぶる考えだ。

これに対し、政府・与党側は、一本化した法案のまま採決に踏み切れば強硬姿勢を取らざるを得ず、3補選前の採決は避けたい考えだ。その後も支持率の回復をにらみながらの国会運営が強いられそうだ。

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