だから、イケアは人に投資する

東洋経済オンライン 2014年9月4日

スウェーデン発祥で家具小売り世界最大手のイケア(IKEA)。北欧家具の高いデザイン性と低価格を武器に、世界26カ国で300店舗以上を展開する。

その日本法人であるイケア・ジャパンは、9月1日から順次、約2400人の全パート従業員を正社員化している。その狙いは何か。2014年3月末に就任したピーター・リストCEOに話を聞いた。

■ 来店客数は増え続けている

【イケアが重視する人事制度の3大理念とは】

 ――3月末のCEO就任から半年が経った。消費増税もあったが、イケア・ジャパンの商況はどうか。

 非常に順調だ。3月は消費増税前の駆け込み消費もあり、2006年のビジネス開始以来、単月記録を突破した。4月以降は大型家具に反動減が見られ、客単価が若干落ちているものの、来店客数は現在も増え続けており、既存店売上高は下がっていない。イケア立川店が増税直後にオープンしたことで、新店も大きく売り上げに貢献している。立川店は8月時点で100万人以上の来客があった。

 ――9月1日から全パート従業員を正社員に雇用形態を変更した。日本企業では人手不足を背景に、パートやアルバイトの正社員化を進める動きが相次いでいる。イケア・ジャパンはなぜ正社員化に踏み切るのか。

 そもそもイケアのコワーカー(従業員)には“Believe in people”という目標を持ってもらっている。働く形態に関係なく、一人ひとりが能力を発揮し、自ら成長するという目標だ。それに対してイケアは投資を惜しまない。ビジネスの成長に応じて土地や店舗への投資が必要なように、人への投資が何よりも重要だ。だから今回の制度を設けた。
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 具体的には、安心してイケアとともに頑張っていけるように、同一賃金や福利厚生などの平等性を全従業員に与えていく。そして、多様な人材や考え方を強みとして、より一人ひとりの能力を発揮させていく。たとえば、育児を始めたり、家族の介護が必要になったり、人間の一生にはライフステージの変化がある。この制度を導入することで、個人の働き方をより選びやすくする。

 私たちは2006年に日本に進出したときから、こうした制度を当たり前に始めるべきという考えがあった。しかし、進出直後のイケアがまったく新しい制度を始めるというのは一般的に難しい。日本の労働環境はどうなっているのか、イケアの従業員にどういうサービスを提供するべきなのか、時間をかけて徐々に学び、計画を立ててきた。日本全体の正社員化の流れも重なり、今になって実行できる段階に来た。

■ パート出身でもCEOを狙える

 ――何人のパート従業員が正社員になる? 

 理解してもらいたいのは、日本ではパートタイムとフルタイムという区分をしがちだが、イケア・ジャパンではその考えをなくしていきたいということ。とはいえ、そういうカテゴライズをするのであれば、現在約3400人の従業員のうち、約7割がパートタイム、約3割がフルタイムだ。

 パートタイム従業員はこれまで6カ月ごとに雇用契約の更新を行っていたが、今後は無期限の契約になる。同一賃金体系の下で勤務時間を選び、福利厚生も労働時間にかかわらず全従業員に付与される。一人ひとりのヒアリングを基に契約の書き換えを行い、9月から順次、全従業員を正社員としていく。

 ――正社員化によって具体的にどのような効果を見込んでいるのか。

 たとえば、現在週20時間勤務の従業員が週38時間勤務に変えよう、となるかもしれない。38時間勤務になったら今度はマネージャーのポジションにチャレンジしようという気持ちが生まれる。CEOのポジションも狙うことができる。共に頑張ろうという意思やパートナーシップも生まれるかもしれない。ポジティブな動きをこの制度から創っていきたい。

 ――グローバルのイケアでも平等な雇用形態を推奨している? 

 前イケアCEOのミケル・オルソンもパートタイマー出身だった。本国のスウェーデンにとどまらず、パートタイマーから昇格していくのは、イケアでは珍しいことではない。

 細かい人事制度は国ごとに異なるが、EQUALITY(平等な機会創出)、SECURITY(長期的な関係構築の保障)、INCLUSION(多様な人材の受容と活用)の理念は共通だ。私は日本に来てまだ18カ月だが、その前にはオーストラリアで人事を管掌した経験がある。人の成長がビジネスの成長にもつながることを誰よりも熟知している。

■ 欠員補充の採用こそコストだ

 ――短期的には人件費の負担が増すが、どう考えているか。

 あくまでも長期的な投資という視点で見ているので、前年の人件費に対して何%上がるという観点は持っていない。むしろ従業員が辞めて新たに採用を行うことを、大きなコストと捉えている。今回の人事制度への投資で、従業員がイケアで長期的に安定して働きたいとなれば、プラスのリターンとして返ってくる。

 ――イケア・ジャパンの事業規模を倍にすると宣言している。規模拡大にも従業員の雇用維持が必要なのでは? 

 2020年までに現在の8店から14店舗体制へ、売上高で1500億円まで拡大したい。長久手市(愛知)、前橋市(群馬)、広島市はすでに土地を取得し、15年以降の出店が確定している。それ以外にも北海道などの未出店地域に店舗を構えたい。

 私たちはもっと身近に簡単に店舗を訪れていただける環境をつくる必要がある。そして、ビジネスの成長は人の成長なしには成しえない。長期的にどこにビジネスを持っていきたいか、人が必要になってくるか。そういう考えをイケアはつねに持っている

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