論点 宅配便 荷受け問題

 
 増え続ける荷物を引き受け切れない。宅配便最大手のヤマト運輸が、インターネット通販などの荷物の受け入れを抑制する方針を決めた。いつでもどこでも荷物が届く「便利さ」は消費者に恩恵をもたらしたが、配達するドライバーは長時間労働に苦しむ。便利さとより良い働き方の折り合いを、どう付けるべきなのか。
 現場から「もう限界」の声 森下明利・ヤマト運輸労働組合中央執行委員長 (省略)

  荷物の取扱量は近年急激に増えた。背景にはネット通販などEコマースの普及があり、われわれの想像を超えていた。スマホの普及によりフリーマーケットなど個人間の荷物のやりとりも激増した。ネット通販は実店舗よりも安く、しかも多くが無料で配達してもらえる。そうした消費者の意識が取扱量の伸びに拍車をかけている。長期のデフレの影響もあり、消費者にとって「送料無料」が当たり前となっているが、配達は無料ではない。サービスを維持するためには最低限の送料は必要となる。
 一方、通販会社は商品の価値に加え、「送料無料」を売りものにして業績を伸ばした。そのために運賃をより安く、スピーディーにとわれわれへの要求が過度になった。その結果、2013年ごろから急激な荷物量の伸びに現場の体制が追いつけなくなり、社員からは「もはや限界だ」という声が寄せられ始めた。そうした状況でも現場は懸命にサービス維持に努めている。配達で心がけていることはお客さま目線で、長年築き上げてきたドライバーへのお客さまからの信頼は財産でもある。その信頼にお応えするため、到着した荷物はその日のうちにお届けしたいという意識がとても強い。その結果、午前8時から業務を始めても荷物が多いので昼休憩もとらずに配り続けてしまう。ネット通販の荷物の不在率(留守の割合)は20%を超え、一般の荷物より高い。配達ドライバーは留守宅に不在票を入れ、連絡がなくても何度も訪問していることが多い。留守なら翌日届けなければならず、無理しても夜遅くまで配達してしまう。
 ただ、それも限界だ。会社は労働力確保のため、社員による紹介制度などあらゆる手法を駆使しているが、取扱量の伸びに見合う人材が確保できない。荷物が増えて悪循環、負のスパイラルに陥り、将来への展望が描けない。会社の体制確保という約束では現場への説得力がなくなってしまった。
 われわれのサービスは、だれかの犠牲や我慢の上に成り立ってはならない。今、改善しなければ近い将来お客さまにご迷惑をかけてしまうかもしれない。運んでいるのはどこでも手に入るネット通販の商品だけではない。車がなかったり、体が不自由だったりしてスーパーなどに買い出しに行けない高齢の方もいる。このままでは日用品だけでなく、食材や医療器具など生活のため、生きるために、本当に必要な荷物を待っているお客さまにスピーディーなお届けができなくなることも考えられる。
 連合傘下のヤマト運輸労組(本部・東京、62支部)は社員約6万人で組織する。法令を守り、労働時間など労使で決めた約束を守るよう会社に申し入れてきた。労使で妥結した春闘では、社員の負担軽減の要求が一定程度受け入れられた。会社が進める経営構造改革は、改善ではなく、これまで取り組んできたことを見直すことから始まる。組合が要求した終業と始業の間を空けるインターバル制度の導入など会社の覚悟も感じている。引き続き現場の切実な声を聞きながら、よりよい職場環境を目指して会社と交渉していきたい。【聞き手・前田剛夫】
「便利過ぎ」から「不便共有」へ 上野透・経済産業研究所コンサルティングフェロー

  ヤマト運輸が荷受けの総量抑制や値上げの検討を始めたのは必然だ。宅配便の運転手は朝から晩まで多くの荷物を運び、不要不急の安い商品もすぐに届けてくれる。確かに便利だが、このシステムには無理があると感じていた。「便利過ぎる社会」の中で、消費者はコスト以上のサービスを享受し、しわ寄せを労働者が受けている。働き方を変えるためにも「不便の共有」が必要ではないか。
 ネット通販の普及で宅配便の取扱個数が急増する一方、それに見合う労働者の確保は難しくなっているが、大口顧客である通販業者の求めには応じざるを得ない。通販業者もコストを引き受けることが必要だ。現在も急ぎの商品の配送は高くなっているが、サービス内容に対応したさらなる料金の細分化を検討すべきだ。これによるコスト増は最終的に消費者が負担するが、ヤマト運輸問題に対する消費者の反応をみると「値上げは仕方ない」との声は、一定程度あると思われる。
 日本の「便利さ」は先進国でも突出している。365日24時間コンビニエンスストアが開き、修理などを頼んだ業者は時間通りに来る。地下鉄工事は通勤への影響を避け、深夜や週末に行われる。欧米では、日曜日は小売店は休み。頼んだ業者は時間通りに来ないことが多い。地下鉄工事の期間は駅が閉鎖されたりもする。
 一方、日本は特にサービス業で生産性が低いと言われる。便利さを求め過ぎた結果、残業が増えるなど働き方に無理が生じ、効率性を害しているのではないか。
 なぜ日本で残業が多いのか。2015年版労働経済白書によると「仕事の性質や顧客の都合上、所定外(残業)でないとできない仕事がある」が49・0%で上位となった。一企業で残業を減らそうとしても、取引先との関係で難しいのだ。ヤマト運輸と通販業者の関係はまさにこれである。
 残業で買い物の時間がないと深夜営業のコンビニなどに需要が生じる。同じ調査によると、小売り事業所で終日営業の店などで働く従業員は、1991年の2・5%から、07年は11・0%に増えた。「便利過ぎる社会」の背景には、こういう土壌があるのではないか。
 欧米は日本から見れば「不便な社会」だが、ワーク・ライフ・バランスが取れている。日本も、労働者の過重な負担を減らす組織内マネジメントに努めるべきだが、大口顧客など優越的な立場にある側が意識を変える必要がある。サービスを受ける消費者の意識改革も必要だ。国民全体が少しずつ不便を共有し、それに慣れていけば、不便は不便でなくなり、生産性も向上するのではないか。政府は残業時間規制や休暇取得の義務化などにより、全体として効率的な社会の構築を促進すべきだ。

  ただ、超高齢化社会の到来で、家庭への配食や高齢者見守りなど、社会的弱者に向け利便性を提供するサービスも必要になる。企業もこうした需要に応えてきてはいるが、利潤を追求する以上、対応には限界がある。こうした利便性が損なわれることのないよう、行政も知恵を絞るべきだ。【聞き手・尾中香尚里】
サービスの高付加価値化を 根本敏則・敬愛大学教授

  今回の問題の当事者は(1)宅配便業界(2)ネット通販業界(3)消費者−−の3者だ。本来なら「ネット通販」と「宅配」を融合させた革新的な流通形態から「配当」を受け取れる、すなわちウィンウィンウィンの関係を築けるはずだ。しかし、「誰が悪者なんだ」というゆがんだ問題のとらえ方になってしまっている。基本的には需要急増に供給が追い付いていないために生じている過渡的な問題で、やがては無理なく続けられるシステムに収束してゆくとみている。
 もともと宅配便は田舎の両親が都会に出た子どもに食材を送ってあげるような消費者から消費者へのサービスとして始まった。やがて企業が利用を始め、企業から企業、企業から消費者も増えたが、近年のネット通販の急速な伸びで無理が生じてきた。そこにドライバーの人手不足の問題が重なり、さらに「働き方改革」によって長時間勤務への問題意識が高まった。三つの条件が重なったことで一気にクローズアップされた。
 しかし、諸外国と比べても、日本の宅配便業界は値段の割に高い品質のサービスを提供してきている。これは強調しておきたい。米国で同じ条件の荷物を翌日便で送るとしたら日本の倍以上の料金がかかる。日本では同地域ならば山間部でも均一料金で、再配達しても追加料金を取らないなど、サービスはきめ細かだ。またクール便で生鮮品が全国から届く。日本人は当然のように感じているが、宅配便がこんなに便利な国は世界中を探しても存在しない。
 では、どうすれば今回の問題を改善してゆけるのか。考え方として安価な料金に合わせてサービスを低下させるか、高いサービスを維持するために料金を上げるかだが、やはりサービスの高付加価値化を目指すべきだ。消費者の多くも今さら利便性の高い流通システムを手放したくはないだろう。「日本の消費者はわがまま」という論もあるが、消費者がそれなりの負担をしつつ今のサービス水準を維持することはできるはずだ。
 まずは宅配便とネット通販というプロ同士が物流費用を「見える化」し、共同してネット通販ビジネスの持続可能性を高める効率化施策を探りながら、両者が納得する配送料金を設定する必要がある。集荷が楽なようにまとめて荷物を出した場合や指定場所で受け取る場合の料金割引や、配達に手間のかかる地域、季節、時間帯の料金割り増しなどが考えられる。
 その上で、消費者を巻き込んで3者が満足できるシステムを構築していけばいい。現在、アマゾンは購入額を問わず安価な年会費で即日配達サービスを提供しているが、今後は必ずしも即日配達を希望しない場合は、複数の配送料金の中からニーズに合ったサービスを選ぶようになってゆくだろう。宅配便・ネット通販事業者にしても、配送時間に余裕のある荷物がある程度確保できれば、物流施設やロボット、人員の稼働率などで効率化が図れる。消費者も高い品質の物流サービスの生産にはそれなりの費用がかかることを理解してほしい。そうであれば、日本のサービス産業の未来は明るい。【聞き手・森忠彦】
ネット通販普及で急増

宅配便で5割近い占有率を持つヤマト運輸は、今年3月期の国内取扱量が約18億7000万個と過去最高を更新する見通し。大口顧客のアマゾンジャパンの売上高が1兆円を超える(2016年)など、インターネット通販の普及に伴い宅配個数が急増したため、ドライバーが不足し、長時間労働が常態化している。ヤマト運輸は荷受け抑制に加え、正午〜午後2時の配達時間指定をやめるなど、ドライバーの負担軽減策について労使が合意した。
 ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100−8051毎日新聞「オピニオン」係opinion@mainichi.co.jp
 ■人物略歴

もりした・あきとし

1962年生まれ。83年にヤマト運輸群馬主管支店に入社。労組群馬支部執行委員長を経て2012年から本部中央執行委員長。グループ企業労組でつくるヤマト労連会長も兼務。
 ■人物略歴

うえの・とおる

1961年東京都生まれ。東京大法卒。旧通商産業省(現経済産業省)入省後、経済協力開発機構(OECD)起業中小企業地域開発センターなどを経て、昨年より現職。
 ■人物略歴

ねもと・としのり

1953年生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。97年から2017年3月まで一橋大学大学院教授。4月から現職。専門は経済政策。著書に「ネット通販時代の宅配便」(成山堂書店)など。

この記事を書いた人