初日に上司が「残業代・有休なし」宣言 都立墨東病院の元薬剤師が明かす“壮絶パワハラ” 労基の指導が入っても「“自己研鑽”しなさい」

初日に上司が「残業代・有休なし」宣言 都立墨東病院の元薬剤師が明かす“壮絶パワハラ”
労基の指導が入っても「“自己研鑽”しなさい」

https://bunshun.jp/articles/-/29808
「文春オンライン」編集部 2020/01/30

「そこは、妊婦・授乳婦の薬剤治療に携わりたい、質の高い医療を提供できる薬剤師になりたい、患者さんのご家族に寄り添いたいという私の理想とは、全くかけ離れた世界でした」

 昨年9月、東京都立墨東病院で薬剤師として勤めていたAさんが、東京都に対して未払い割増賃金、上司によるパワーハラスメントの慰謝料など計約708万円の支払いを求めて東京地裁に提訴した。冒頭に紹介したのは、11月28日に行われた第1回口頭弁論で原告のAさんが述べた意見陳述の一部だ。

 Aさんが勤めていた東京都立墨東病院は、東京都が運営する病院で、1978年に日本で初めて精神科救急医療事業(ER)を開始。高度救命救急センター・東京都がん診療連携拠点病院・第一種感染症指定医療機関などに指定されており、都内でも高い水準を誇る医療機関だ。現在、世界中で感染が確認されている新型コロナウイルス患者の受け入れ先としても名前が挙がっている。

東京都が運営している、都立墨東病院 ©時事通信社
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■入職初日に「新人は、残業代はつけさせられない」

 しかしAさんが働く“薬剤科”は異常な勤務体制にあった。Aさんが説明する。

「墨東病院を含めて都立病院に勤務する薬剤師の仕事は、大きく2つあります。町の薬局と同じように患者さんに薬を準備する“調剤”がメインとなる『中央業務』と、入院されている患者さんに正しい薬の飲み方・使い方を指導する『病棟業務』です。それ以外にも医薬品の在庫管理などの、薬品周りの雑務があります。

 定時は9時から17時45分まででしたが、それぞれ薬剤師たちは異常な量のノルマが課されていて、その時間内では中央業務と病棟業務を終わらせるのが精一杯で、全てのノルマを終わらせることはできない状況でした。私の場合はさらに、東京オリンピックに向けた外国人向けの英語対応マニュアルの作成も任されていました」

 高度な医療を提供する場で、ハードな仕事が多いことは想像に容易い。Aさんも連日、夜の10時頃まで残る日々が続いていたという。しかし、驚くべきことに、その残業代が認められることはなかったのだ。

「薬剤科長に呼び出されて、『新人は、残業代はつけさせられない』と言われました。それと『有給休暇もとらせない』と。その時に、おかしいかもと少し思ったんですが、当時は新人でしたし、ましてや薬剤科長は組織で一番上の人間。怖くて何も言えませんでした。そう言われたのが、入職初日のことでした」

インタビューに応じるAさん ©文藝春秋

 当然だが、法定の労働時間を超えて働く場合は「時間外労働」として割増賃金を払う義務が雇用側に発生する。また、有給休暇の取得についても「使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない」と法律で定められており、労働者の権利であると同時に、雇用側の義務になっている。たとえ1年目の新人であってもその例外ではない。

「実際、有給休暇取得のために申請書を提出したら、薬剤科長から『これは何だ。取る必要ない』と、“二重線”で申請自体が消されたことがありました」

 ベテラン・新人に関係なく、異常なノルマをなんとか終わらせようと残業する薬剤師が多かった状況で、さらにAさんは上司にこんな言葉を投げつけられたという。

■「まず朝起きると、手足の震えが止まらないんです」

「2年目になっても、業務量がふえていくだけで状況は何も変わりませんでした。

 ある日、いつものように定時内で終わらなかった仕事を残業してこなしていたら、薬剤科長に『なんで時間内に終わらせられないの?』『業務時間をちゃんと与えてるのに終わらないのは、あなたの能力がないからじゃないの?』と高圧的な物言いで、薬剤科の同僚がいる衆人環視のもとで言われました」

 連日、終わらない仕事のノルマを抱えながら上司のパワーハラスメントに耐える日々が続き、ついにAさんは体調を崩してしまう。「思い出さないようにしている」というもっとも辛い日々を涙ながらに教えてくれた。

©文藝春秋

「まず朝起きると、手足の震えが止まらないんです。どんなに止めようと思っても止まらないので、自分で服を着替えることすらできませんでした。なので、母に着替えを手伝ってもらい何とか準備をして、毎日最寄りの駅まで送ってもらっていました。でも駅のホームで1人電車を待っていると、『なんで生きてるんだろう』とふと考え込んでしまって『このまま死んじゃおうかな』なんて思ってしまうんです」

■労基の指導が入っても「“自己研鑽”しなさい」

 日に日に様子がおかしくなっていくAさん。心配する両親や友人の勧めから、ついに心療科を受診した。治療を続けながら出勤していたある日、さらにAさんの心を折るような出来事が起こってしまう。それは2019年初めの労働基準監督署による調査だ。

「やはり労働時間の管理などで、労働基準監督署から指導が入ったんです。当然、これをきっかけに、労働環境が改善されるんだろうと期待していました。ところが、その後に薬剤科長から言われたのが『終業時刻の17時45分から30分以内に全員タイムカードを切って、その後に自己学習(自己研鑽)をしなさい』と」

©iStock.com

 この“自己学習”とは何か。つまりは、表面上、全員18時15分に仕事が終わった形で記録し、終わらなかった仕事は“自己研鑽”の時間とし、残業として認めないということ。これでは、指導後に労働環境がさらに悪化していると言えるのではないだろうか。この「自己研鑽」という言葉は、幾度となくAさんに残業を強要する名目ともなった。

「墨東病院は東京都が運営している病院で、私たちは薬剤師であり公務員でもあります。働き方改革を推進している行政機関がこのような労働環境なのにも関わらず、労働基準監督署が入って、指導もされたのに何も改善されない。さすがにおかしい、という思いが強くなりました」

■「話し合いでの解決」を求めても誠実な対応はなかった

 その後、退職を決意したAさんは、「話し合いでの解決」を求めて、病院側との交渉に移った。しかし、その場になっても東京都・病院側の対応は誠実とは言えないものだった。担当の笹山尚人弁護士(東京法律事務所)が語る。

「最初、墨東病院さんには『関係資料を示してほしい』ということと、『この問題について話し合いで解決できるのか』も申し入れ、病院側も『話し合いで解決したい』と答えていました。

 しかし、賃金の問題は時効があります。また、話し合いにあたってはタイムカードや超過勤務申請書(東京都職員が超過勤務を申請する書類)などがどうしても必要です。なかなかお願いしている資料も示していただけないまま、話し合いが実現することはありませんでした。何度も説明しましたが、返答もなく、もう途中からは東京都に真面目に答える気はないんだな、と思いました。

東京都立墨東病院を運営する東京都庁 ©iStock.com

 これ以上待っていても話し合いでの解決も不可能と判断し、裁判に踏み切ったという経緯があるのです」

■地下の当直室で「薬剤科はチームで動いているのに」

 退職間近、「1年目は、有給休暇はとれない」という独自ルールにより、あまりに余った有給休暇を消化しようと、当たり前のように申請したAさん。

「薬剤科には薬剤科長と、その下に管理主任・調剤主任の3トップがいます。その3人に3、4度呼び出され、『全部取ることは許可できない』『次の仕事のため仕方なく休みを取らせてあげているのに、それを分かっているのか』『あなただけ特別扱いはできない』と言われました。なので改めて、確実に私がいなくても現場を回せるという日を選んで、申請しました」

 すると、再び管理主任と調剤主任に呼び出されたという。

「昼休みに地下の当直室に呼び出されました。2人ぐらいがやっとの狭い場所で『何を考えているんだ』『なんて自分勝手なんだ』『薬剤科はチームで動いているのに、チーム全体のことを考えられないのか』と一方的に問い詰められ、黙ってうなずくことしかできませんでした」

©iStock.com

 こうして、最後の有給休暇さえもすべてをとることは許されなかった。30日以上の有給休暇日数が残っていたという。

■墨東病院の薬剤科で頻発していた“医療ミス”

 Aさんは改善されない労働環境がこのまま続くことへの“危機感”を募らせている。なんと、墨東病院では“普通では考えられない医療事故”が複数回発生していたというのだ。
「薬剤師たちはこの労働環境の中で、常に疲弊しています。その中であり得ないミスが起こっていました。
例えば、薬は基本的に処方箋を元に薬剤師が用意します。しかし医師が間違ってオーダーしてしまう危険もあるので、その場合は“疑義照会”と言って、薬剤師がしっかり確認した上で患者さんに薬をお出しする仕組みになっています。

 ところが、抗てんかん薬のフェノバールが間違って多量にオーダーされているのに気づかず、そのまま患者さんに投薬されてしまったんです。幸い患者さんには何も異常はありませんでしたが、医療機関の労働環境の悪化は患者さんの命の危険へ直結しているんです」

©文藝春秋

 Aさんは現在、新しい職場で薬剤師として働きはじめている。

「もう私は働いていないので、いまさら墨東病院の労働環境改善が叶っても遅い。だけど、訴えを起こしてから医療関係者の皆さんから相談が来るようになりました。『私もパワハラを受けているのですがどうしたらいいでしょうか』など、誰にも頼れずに悩みを抱えている人が多いことを実感します。

 私のように苦しむ被害者を二度と生んでほしくない。働き方改革を推進すべき行政機関として、まずはこの事実を認めてほしいと強く願います」(Aさん)
東京都・墨東病院の回答は……

 1月30日、東京地方裁判所にて開かれた第2回口頭弁論にて、東京都はAさんに対する未払い割増賃金、上司によるパワーハラスメントについて全面的に否定した。東京都側が書面で提出した内容を一部抜粋する。

――薬剤科長による「有給休暇もとらせない」との説明について
「『原告が病気や事故等で休むときに、有給休暇がなければ、病気休暇や無給扱いの欠勤になってしまうため、できる限り年休を2年目に繰り越しておけば安心できる』との趣旨の発言は行ったが、原告(Aさん)が主張するような発言は行っていない」

――Aさんが有休申請をした際に、『これは何だ。取る必要ない。』と、“二重線”で申請自体が抹消したことについて
「薬剤科長が『これは何だ。取る必要ない。』と言ったとの点及び年休簿の記載を二重線で消したとの点につき否認する。記載は二重線で消されたのではなく、消しゴム等で消されてあった。もっとも薬剤科長は、当該記載を消していない」

――退職にあたっての年休取得で、管理主任と調剤主任がAさんを地下の当直室に呼び出し、『なんて自分勝手なんだ』と叱責したことについて
「呼び出したのは地下の当直室ではなく、1階の課長代理室。1日当たり休暇取得希望者を記入できる人数に限りがあるので、他職員にも配慮してほしいということ、そのため、1人でたくさん年休を取得すると、自分勝手と思われてしまうよという趣旨の話を丁寧にした」

――「自己研鑽しなさい」と無給残業を強要するなど、一連のパワーハラスメント行為について
「薬剤師は皆プロフェッショナルとしての意識を持っているため、職務終了後でも院内に残って自己研鑽する場合が多い。そのため、仕事と自己研鑽のための勉強との区別をきちんとつけることは、他の職員にも言っていることである」

――労基署からの指導後の薬剤科長による指示について
「職場にて超過勤務ではない自己学習を行う場合は一旦退勤打刻をするよう指示したもの」
また、在職していた東京都立墨東病院に、未払い割増賃金、上司によるパワーハラスメント(「有給休暇を認めない」などの発言)、今後の労働環境の改善について質問したところ、「現在係争中の案件のため、回答を差し控えさせていただきます」との回答があった。

 東京都のホームページを見てみると、「TOKYO働き方改革宣言企業」というサイトに行き着く。説明を読むと、「すべての労働者が意欲と能力を十分発揮して生産性の向上を図るとともに、生活と仕事の調和のとれた働き方を実現するためには、長時間労働の削減や年次有給休暇等の取得促進など、これまでの働き方を見直すことが必要です」とある。

 トップページには、小池百合子都知事のこんな言葉が添えられている。
「東京都は、働き方改革に取り組む企業を支援します」

 この言葉が本当の意味で実現されるために、まず東京都がAさんへ誠実な対応をしてもらうことを願いたい。

 

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