朝日新聞 2014年3月13日
久しぶりの賃上げの流れを産業界全体に広げ、さらに景気拡大への好循環を生み出せるかどうか。なにより経営者の意識改革を求めたい。
政府が賃上げを要請する異例の展開となった今春闘は、きのう主要企業が回答を示した。トヨタ自動車をはじめ、賃金体系を底上げするベースアップ(ベア)の実施やボーナスの高額回答が相次いだ。
幸先のいいスタートだが、円安株高を受けて好業績を享受する製造業大手を中心とした回答だけに、労働への相応の還元は当然でもある。
実際、物価上昇分と生産性の向上分を合わせて1%という連合が設定したベア要求水準までには達しない企業が多い。
労使交渉の過程では、賃上げを求める安倍政権への配慮を口にして、持続的な賃上げには釘を刺す経営者もいたという。今後の法人税減税などを期待した政権への「お付き合いベア」の側面も垣間見える。
賃金上昇が消費を活性化し、デフレから脱却していく道筋がどの程度確かになるかは、後に続く中小企業や非正規労働者への波及次第だ。
そのハードルは低くない。
国内景気は株高による資産効果や財政出動に依存してきた面が強い。消費増税前の駆け込みもあって、高額商品や住宅などは好調なものの、日常的な支出には慎重さが消えない。
加えて、支出が増えても製品や部品の輸入拡大に結びつき、国内の中小企業には及びにくい構造になっている。
それでも賃上げ要求の裾野は近年になく広がっている。個々の労組の交渉努力はもちろんだが、大手メーカーも下請けなどにコストカットばかり求めず、関係する企業が賃上げに踏み切りやすいような環境整備に目を配るべきだ。
非正規労働者の時給は、人手不足を背景に上昇傾向にある。今回の景気回復では正社員ではなく、もっぱら非正規雇用が増えているためだ。
時給の改善を単なる需給要因で終わらせず、雇用の安定と生活を支えるに足る賃金水準の確保という働き手の切実な要望に経営者も耳を傾けてほしい。
企業は賃上げと成長を両立させる経営の展望を、投資家に示すという宿題を負う。
付加価値の高い商品やサービスの展開に向けて思い切った投資をする。それはアベノミクスで日本への関心を高め、長期投資を旨とする海外の年金基金などから支持を得るきっかけにもなるはずだ。