塚崎公義さん「130万円の壁が…「労働力不足が労働力不足を招く」メカニズム」 (10/3)

130万円の壁が…「労働力不足が労働力不足を招く」メカニズム
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191003-00022944-gonline-bus_all&p=1
2019/10/3(木) 12:00配信幻冬舎ゴールドオンライン

現在の日本は労働力不足が深刻です。本来であれば、賃金上昇が上昇することで働き手が増え、解消できるのですが、現状は、労働力不足が更なる労働力不足を招くというメカニズムが働いている可能性があります。今回は、労働力不足が生み出す問題について考察します。塚崎公義教授の目からウロコの経済談義、連載第35回目です。

本来なら「賃金が上昇し、働く人が増える」はずだが…
労働力不足が深刻です。労働力の需要が供給を上回っているわけですから、本来であれば労働力の価格である賃金が上昇し、それによって働く人が増え、雇う人が減り、労働力不足は解消するはずです。

「そんなに高い時給がもらえるなら、自分もアルバイトをしてみよう」という学生が増えたり、「そんな高い時給を払わなければいけないなら、アルバイトを雇うのはやめよう」という店が増えたりするはずだからです。

そうならない理由のひとつは、情報の伝達の問題です。労働力の需要と供給を一致させる賃金(均衡賃金と呼びます)が何円なのかを知ることは容易ではないので、無駄な努力をしている雇い主が多いのでしょう。

均衡賃金より低い時給で求人をしているにもかかわらず「自分の求人は均衡賃金を上回っているはずなのに応募が来ない。ビラの配り方が足りないのだろう」と考えてビラを配り続けている雇い主がいるということです。

しかし、もうひとつ更に深刻な問題がありそうです。労働力不足が更なる労働力不足を招くメカニズムが働いている可能性が高いのです。

〔写真〕130万円の壁が…「労働力不足が労働力不足を招く」メカニズム

時給が上がれば「130万円の壁」はすぐやってくる!?
アルバイトの時給が上がると、「そんなに稼げるなら、自分もアルバイトをしてみよう」という学生が増えるので、労働力の供給が増えるのが普通ですが、そうなるとは限りません。

専業主婦のパート収入が一定レベルを超えると年金制度等で専業主婦と看做されなくなってしまい、社会保険料の支払い義務等が生じてしまったりする「境界線」があります。「130万円の壁」などと呼ばれているものです。

この線を超えないように労働時間を調整している専業主婦にとっては、時給が上がると働ける時間が減ってしまうので、まさに「労働力の価格が上がると労働力の供給が減ってしまう」ことになりかねません。経済学用語でいえば「供給曲線が右下がりになる」わけです。

学生のアルバイトに関しても、「必要最低限の生活費を稼いだら、それ以上はアルバイトをせずに勉学やサークル活動等々に励もう」という学生にとっては、時給が上がればアルバイトの時間が短くて済むわけです。

労働力不足で「働き方改革」が進むかもしれない理由
労働力不足になると、働き方改革が進むかもしれません。たとえば「わが社は残業がありません」というのが新卒学生を採用する際のキーワードになるとすれば、各社とも採用活動のために既存社員の残業を減らそうとするでしょう。

そうなると、各社ともに今までの人数より多くの社員数が必要となってしまうので、非正規労働者を数多く雇ったり新人の採用を増やしたりせざるを得なくなるわけです。

つまり、労働力不足になると、労働力の需要が増えることになります。経済学用語でいえば「需要曲線が右上がり」になっているかもしれないのです。

このように、一定レベル以上の労働力不足状態においては、労働力不足であるがゆえに働く人が減ったり、雇いたい企業が増えたりして、一層労働力不足が深刻になっていくという「悪循環」に陥る可能性があります。

もっとも、悪循環というのは企業目線であって、労働者目線では「時給が上がり、それがさらなる時給上昇をもたらす好循環」なわけですが。

これまでの景気回復局面では、労働力不足になって非正規労働者の賃金は上がりましたが、消費者物価はなかなか上がりませんでした。しかし、労働力不足が一定レベルを超えると、賃金上昇と労働力不足の悪循環が始まり、それが価格に転嫁されてインフレが加速していくということになるかもしれません。

物価が上がれば時給が上がり、それが一層専業主婦の「130万円の壁」等の制約を厳しくして労働力の供給を減らしてしまう、ということが起きる可能性もあります。今後の推移に要注目です。

余談ですが、似たような現象は株価暴落時にも起こります。株価が暴落すると、借金で株を買っていた投資家が不安になった銀行から返済を要求されるので、持っている株を泣く泣く売却することになります。

こうして株価が下がると売り注文が増えて一層株価が下がる、というメカニズムが働く場合があります。株価暴落が更なる株価暴落をもたらすメカニズムについては、別の機会に改めて説明しましょう。

今回は、以上です。

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塚崎 公義

久留米大学教授
塚崎 公義

 

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