『週刊エコノミスト』 2010年3月30日号
熊沢誠『働きすぎに斃(たお)れて――過労死・過労自殺の語る労働史』岩波書店
3200円+税
過重労働と健康障害に取り組む3人の産業医が『過労死』というタイトルの本を著したのは1982年であった。6年後には弁護士グループが「過労死110番」全国ネットを開設した。
過労死・過労自殺は、それが問題になってきた時間の長さと命の重さにおいて、現代日本の労働史として語られなければならない。この課題に挑戦し成し遂げたのが本書である。
本書は全11章をとおして、50人以上の過労死被災者の働かされ方と、遺された家族の闘いを克明に綴っている。細部にこだわった執拗な事例研究から浮かび上がるのは、ブルーカラーにもホワイトカラーにも、働くことが命の問題となった日本の職場と家庭の姿である。
本書は冒頭で26歳の若さで過労死した証券マン亀井修二のケースを取り上げている。彼は入社3年目には会社の「ヤング預かり資産番付表」の「東の横綱」に格付けされ、ノルマ達成を社内報の号外で「亀井君1億円突破!!」と賞賛された。
会社の研修資料でも、彼は実働で1日14時間以上働いていたが、時間外手当はゼロだった。このサービス残業は、著者がかねてから言う「強制された自発性」の結果にほかならない。
本書には女性の過労死も何例か取り上げられている。過労死の労災申請や裁判では、会社はもちろん、労働組合や同僚の協力はなかなか得られない。しかし、みずほFGの前身の富士銀行で過労死した岩田栄のケースでは、同じ職場で働いていた2人の女性が法廷で証言して、彼女を死に追いやった働き方を裏付けることができた。
職場の精神的ストレスが増大するにともない、20代の派遣労働者の過労自殺も起きている。業務請負会アテストから偽装請負のかたちでニコンの工場に派遣された上段(うえんだん)勇士(当時23歳)のケースがそれにあたる。
数ある事例のなかで省けないのは、トヨタの班長であった内野健一の過労死認定をめぐる労働基準監督署に対する行政訴訟である。この裁判ではQCを会社の業務と認めさせ、過労死認定を勝ち取ることができた。
著者は証言者としての妻たちに寄り添って、「過労死問題はシングルマザーの生活問題でもある」と語っている。また、著者が言うには、過労死問題は、便利で安価な商品を追い求めるあまり、労働者がどのように働かされて死んだのかに目を塞ぎがちな私たちに警告を発している点で、消費者問題でもある。
それに気づくためにもぜひ本書を手にしていただきたい。