第43回 派遣=「雇用関係と使用関係の分離」説を疑う

前回の最後に派遣という就業形態は、「まともな雇用」とはいえないだけでなく、「非正規雇用」とも言えないと書きました。今回はこの意味をもう少し考えて見たいと思います。

派遣という働き方/働かせ方は雇用関係と使用関係(あるいは指揮・命令関係)が分離している点に特徴があると言われてきました。厚生労働省の職業安定局の労働者供給事業に関する文書も、そう説明しています。私も従来は同じような言い方をしてきました

しかし、私はあれこれ考えるうちに、この理解は間違いではないかと思うようになりました。労働者派遣契約は、派遣元と派遣先の間で結ばれます。この契約においては労働者は一般の売買契約における商品と同様に取引の客体であって主体ではありません。いいかえれば労働者はこの契約に直接関与あるいは介入する当事者ではありません。

手元の電子辞書(大辞泉)は「労働契約」を「労働者が使用者に労務を提供することを約し、これに対して使用者が報酬を支払うことを約する契約」と定義しています。実は雇用とはこの労働契約を使用者の側から見た概念にほかなりません。そう考えれば、労働者派遣契約は、当然ながら労働契約、したがって雇用ではなということになります。それは労働者を商品として取り扱うという意味で商契約というべきです。

では派遣契約における一方の当事者である派遣会社と労働者の関係は、雇用と言えるのでしょうか。先の労働契約の定義によれば、雇用という概念は、労働者が使用者に労務を提供し、使用者が労働者に対して報酬を支払うこと不可欠の契機としています。しかし、派遣労働者は派遣会社に対して労務の提供をしていません。もし、しているというなら、彼あるいは彼女は派遣労働者ではなく派遣会社の社員になってしまいます。派遣会社が労働者から労務の提供を受けないとなれば、派遣会社と労働者の関係は雇用ではありません。また同じ理由で、派遣会社は派遣労働者に対しては「雇用者」(=雇用主)ではありません。

派遣労働者が派遣会社に派遣されるというかたちの労務提供も考えられないではありません。しかし、その場合は、その会社は派遣元ではなく派遣先になってしまい、契約当事者の一方も相手方も、同一人格だということになります。これは奇妙なことですが、ありえないことではありません。それどころか、大企業の多くは、定款で事業目的の一つに労働者派遣事業を挙げており、「社内派遣会社」から自社に労働者派遣を行っているのです。ただし、この場合は雇用が実体を伴っていないというより、むしろ派遣が名目にすぎず実体を欠いていると言うべきでしょう。

それなら派遣労働者が労務を提供する派遣先企業は「使用者」なのでしょうか。あるいは同じことですが、派遣先企業と派遣労働者の関係は「使用関係」なのでしょうか。さきの労働契約の定義では、そういえるためには使用者が労働者の労務の提供に対して報酬を支払う必要がありますが、「使用者」である派遣先企業が支払うのは料金であって、報酬すなわち賃金ではありません。つまり賃金を支払わないという決定的な一点において、派遣先企業は使用者としての資格に欠けることになります。

このように派遣元は「雇用者」ではなく、派遣先は「使用者」ではないとすれば、「使用と雇用の分離」説は根本から崩れることになります。これは「使用関係」を「指揮命令関係」と言い換えることによっても取り繕うことはできません。指揮命令のイロハは労働者に「いつ」「どこで」「なにを」するかを命令することですが、それを命ずるのはまずは派遣元であって派遣先ではありません。そう考えれば、派遣元と派遣労働者との関係は「雇用関係」であると同時に「使用関係」であるということになって、その点でも「使用と雇用の分離」説は崩れてしまいます。

以上にみたように、派遣元と派遣労働者の関係は雇用でも使用でもないとれば、いったいどういう関係なのでしょうか。それは労働者供給事業における供給元と労働者の関係の説明で使われる「支配従属関係」であるというべきでしょう。これは労働者派遣事業とは戦後、職業安定法で禁止されてきた労働者供給事業にほかならないということを意味します。

次回は労働者供給事業とはもともとどういうものなのかを、組頭制度、親方制度、人夫部屋、監獄部屋などと呼ばれた戦前の労働者供給事業に立ち返って、考えてみたいと思います。

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