神戸新聞 2015年5月22日
ホトトギスが泣いている
ホトトギス(時鳥)の季節になった。六甲の山々でも遠く近く、響くように鳴き始めているだろう。
この季節が来ると「卯の花の匂う垣根に」の歌を想い出す。「時鳥早も来鳴きて忍音(しのびね)もらす夏は来ぬ」と続く。忍音は忍び泣くように聞こえる初音を言う。
「夏は来ぬ」は「日本の歌百選」に入っている。なのに、若者にはあまり知られていないようだ。文語体の古歌のような歌詞なのでなじみにくいのは仕方がないが、鳴き声も姿も知らないとなると、ちょっと寂しい。
ホトトギスの甲高い鳴き声は「特許許可局」「テッペンカケタカ」などと聞きなされる。夏の野山でさかんに鳴いている。人里で夜中に鳴きながら飛ぶこともある。
昔の人はホトトギスの初音を誰より早く聞くために、夜通し待つこともあったらしい。その情景は、百人一首の「ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる」という和歌にも描かれている。
俳句では「目には青葉山ほととぎす初鰹」が有名である。季語を三つも重ねて、江戸の庶民の初物への強烈なあこがれを詠んでいる。そんな昔と比べるまでもなく、今は季節を目や耳や口で感じることが少なくなったように思う。
わたしたちの食卓から次第に旬が消えつつある。そうであればあるほど、季節の訪れを告げる風物へのこだわりだけは持ち続けていたい。
ホトトギスは「みつきすごすとり」とも言われる。5月末に渡って来て9月になればもういなくなる。日々の暮らしに追われて、あの声を聞かずに夏が過ぎ去るのは、なんとも心残りである。