第245回 この1年を象徴する「ブラック企業」についてQ&Aで考えてみました。

Q 今年の流行語トップテンに「ブッラク企業」が入りましたね。この言葉はいつ頃から使われ始めたのでしょうか?

A やくざの「フロント企業」の別名として前からあった言葉ですが、「酷い働かせ方をする企業」という意味では、「ワーキングプア」が2006年に広がったあと、2007年あたりから普及しはじめたといえます。

Q はじめはネットスラングとして使われていたのでしょうか。2008年には『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』(新潮社)という小説が出版され、翌年には同名の映画も製作されていますが……。

A Wikipediaによれば、この小説も映画もインターネット上の「2ちゃんねる」への2007年の書き込みを題材にしているそうです。ですから、2008年のリーマンショック以前にネットで使われていた言葉なのですが、2009年の大不況後の就職難の深刻化と雇用環境の悪化のなかで、一挙に広まったと言われています。

Q 2010年にはすでにある種の流行語になっていたわけですね。

A そうです。大阪過労死問題連絡会が「若年労働者の過労死・過労自殺からみるブラック企業に見分け方」をテーマにシンポジウムを開催したのは、2010年11月でした(森岡編『就活とブラック企業』岩波ブックレット、No.805に収録)。このシンポに予想外に多くの学生が参加してくれたことも、当時すでに「ブッラク企業」が学生の間で広く関心を呼んでいたことを示しています。

Q それなのになぜ今年大爆発したのでしょうか?

A POSSE代表の今野晴貴さんが文藝春秋社から昨年11月に『ブラック企業 ― 日本を食いつぶす妖怪』 という新書を出しました。ブッラク企業の実態をリアルに抉ったこの本の影響が大きいと思います。また、今年はアベノミクスで経済がよくなるという期待とは裏腹に、若者にとっては、企業間で労働条件の底に向かっての切り下げ競争が激化し、いよいよ働き方の「底が抜けた」ような状況になってきました。というより、正確には、この2、3年、日本の若者の職場の多くがそういう状況になっていることが見えてきて、今年になって、マスコミも政府・厚労省も取り上げざるを得ないほどに、大きな社会問題になったというほうが適切です。

Q 非正規労働者の増加と関係がありますか?

A 背景としては大いに関係があります。しかし、「ブラック企業」は直接には正規労働者の問題です。総務省の「労働力調査」によれば、今では15〜24歳の若年労働者の半数はパート、アルバイト、契約社員、派遣などの非正規労働者によって占められるまでになっています(学生アルバイトを含む)。非正規比率のこれほどの異常な高まりを背景に、これまで非正規労働者に比べればまだしも恵まれた存在あった正規労働者、つまり正社員に、酷い働かせ方、辞めさせ方をする企業が増え、それが「ブラック企業」と呼ばれるようになってきたといえます。

Q「ブッラク企業」の「ブラック」は黒人差別に通じるのではないかという見方もありますが?

A それは違います。「ブラックマネー」や「ブラックリスト」のように複合語で用いられる場合の「ブラック」は、「闇の」「不正な」という意味か、「疑わしい」「注意を要する」という意味が込められています。実際、学生たちは、労働条件が酷いといわれていてできれば入りたくない企業、そういう疑いのある要注意企業を「ブッラク企業」と呼んでいるのではないでしょうか。この点では厚生労働省のいう「若者の使い捨てが疑われる企業」というのは言い得て妙です。

Q 英語圏では著しく労働時間が長く賃金が低い企業は「スウェットショップ」(汗を流せて働く場所の意)と呼ばれていますが、ブラック企業はそれにあたるのではないでしょうか?

A一面ではそうです。しかし、他面では、「スウェットショップ」は、労働者がしばしば監視付きで奴隷的にこき使われる比較的小規模な工場や商店、さらには途上国や新興国の劣悪な作業場を指して使われることが多く、「ブッラク企業」とはかなりニュアンスが異なります。そういう事情は別にしても、「スウェットショップ」も、その訳語の苦汗工場も、戦前からあり、いまでは搾取工場という訳語があてられていますが、言葉として定着した試しがありません。こうした事情を考えると、今日の日本においてスウェットショップ的な働かせ方をする企業を、「ブラック企業」以外の言葉で言い表すのは難しい気がします。また、ブラック企業という言葉には、人を人とも思わない働かせ方をする企業に対する学生や若者の無言の不安や批判や抗議や怒りが込められていますが、そういう意味合いを他の言葉に置き換えるのは困難です。

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