政府は本年6月2日、「ニッポン一億総活躍プラン」を閣議決定しました。このプランが目新しいのは、これまで安倍内閣の金看板になってきた「働き方改革」のなかに、「同一労働同一賃金の実現」という宣伝文句が入っていることです。
これについては労働界も政府の雇用改革に批判的な人々も、実効性は疑わしいと留保しながら、おおむね「原則賛成」「一歩前進」と評価しています。「同一賃金の実現」が、現在の性別・雇用形態別の賃金格差の是正・解消を意味するとすれば、何も異を唱える必要はありません。しかし、私はそうした評価はあまりにあますぎると思います。
まず確認しておく必要があるのは、雇用労働の規制緩和論からの「同一労働同一賃金」論は、けっして新しいものではないことです。政府・財界寄りの労働経済学者で雇用改革の旗振りをしてきた八代尚宏氏は、ずっと以前から経済成長のための「年功賃金の解体」と「雇用の流動化」の切り札として「同一労働同一賃金の実現」を提唱してきました。彼の定年制不要論も「同一労働同一賃金」を前提としています。この場合の「同一労働同一賃金」は、労働市場をもっと流動化して、正規労働者の賃金を非正規労働者の賃金水準に引き下げろという主張にほかなりません。今回の「一億総活躍プラン」における「同一労働同一賃金の実現」も、この間の働き方改革における「究極の成長戦略」として出てきたものです。
非正規労働者の多くはパートタイム労働者です。アルバイトも低時給の細切れ雇用である点でパートタイム労働者に含まれます。正社員とパートの「均等待遇」をもって「同一労働同一賃金の実現」というなら、それがいかにまやかしかはすでに明白になっています。
パートと正社員の差別的待遇を禁じた改正パート労働法が昨年4月に施行されました。しかし、、この法律は職務内容、仕事の責任、転勤、配置転換、異動範囲などが同程度のパートと正社員のあいだの「均等待遇」を求めるにすぎず、この法律によって正社員との同一賃金が実現するのは、940万人のパートのうち32万人(3%)にとどまると見積もられています(「毎日新聞」本年2月12日)。
同一賃金の比較基準となるのは時間賃金(月給制の場合は月々決まって支給される賃金を1ヵ月当たりの所定労働時間で除して求められる時給)です。この時給には、諸手当や社会保険料の事業主負担分などの付加給付と賞与(ボーナス)は含まれません。仮にパートも正社員も1000円の時給で同一賃金だとしても、実際には正社員はそれに加えて付加給付や賞与でふつう1時間当たり400円〜600円の追加支払いを受けていると考えられます。かりにその追加分を500円とすると、年収ベースでは年間1200時間働くパートは120万円ですが、年間2000時間(残業は度外視)働く正社員は300万円となります。これが同一賃金の実例です。実際には正社員にはサービス残業(賃金不払残業)がついてまわる一方、初給・昇進の可能性がある、また勤続年数に応じて退職金も支払われるなど、複雑な事情があります。だとしても、同一労働同一賃金は、格差解消の万能薬でも切り札でもありません。
同一賃金や格差解消をいうなら、現行の地域別最低賃金(東京907円、沖縄693円)を全国一律最低賃金に改めることが先決です。賃金は労働市場の需給関係に左右されますから、地域によって格差があるのは当然です。しかし、この格差を是認するのではなく、すくなくともこれ以下では働かせてはいけないという最低基準だけは全国共通にして、賃金格差をなるべく小さくするのが最低賃金制の役割の一つです。先進国では国の最低賃金制度は全国一律になっているのもそのためです。
同一労働同一賃金が実効性のある有効な格差是正策となるためには不本意な長時間労働と不本意な短時間労働がともども解消されることが先決条件です。これについては「一億総活躍プラン」における「長時間労働の是正」を検討する際に取り上げましょう。