第26回 「雇用によらない働き方」についての考察(中)

「雇用によらない働き方」についての考察(中)

第25回 「雇用によらない働き方」についての考察(上)
1 働き方ASU-NET第30回つどい この”働き方” おかしくない!?
(1)問題の所在
(2)森岡孝二さんの的確な問題指摘
2 古くて新たな「労働者性」の問題
(1)末弘厳太郎博士の「労働法上の労働者」概念
(2)労働法の発展・拡充と使用者の責任回避策
(3)家内労働法制定を口実にした「労働者性」判断の後退
(4)シルバー人材センターによる高齢者就業
3 「雇用によらない働かせ方」拡大
(1)安倍政権の狙う「働き方の未来」=究極の使用者責任回避策推進
(2)ILO1996年「在宅形態の労働条約」(第177号)の批准回避
(3)年金削減で劣悪な「雇用によらない働き方」に追いやられる高齢者

 4 韓国の新たな動き

 (1)特殊雇用の広がりと労働研究院の推計(2019年3月)

 韓国では、「特殊雇用形態従事勤労者」など(以下、「特殊雇用」と略称)と呼ばれる「個人請負形式の労働者」が多様な職種で存在しています。

 サービス産業が拡大し、情報通信技術が発展してきたことなどを背景に、世界全体の動向と同様に、韓国でも1990年代前後から、教育、運送、販売などのサービス部門の職種に個人請負形式の就労が現れ始めました。そして、1997-98年の為替危機による不況のなかで、従来、常用雇用(正規職)として雇っていた従業員を人件費削減の目的で非正規職(有期雇用など)に変えるのと同方向で、労働・社会保険料負担を回避できる個人請負形式にする企業が増えました(トラック運転手、学習誌教師など)。

 最近ではスマート機器やデジタル・プラットホームを通じて、特定サービスの需要者と供給者を中継する代行業が「特殊雇用」形式を利用する例が増加するなど、次第に多様な業務に拡大する傾向が強まっています。こうした「特殊雇用」労働者の法的保護の動きが、2001年7月から政府内で始まり、多くの議論を経て産業災害保険(=日本の労災保険に当たる)が、2008年7月から、保険設計士、レミコン運転者、学習誌教師、ゴルフ場キャデイーに適用され、その後、宅配運転手、専属クィックサービス運転手(2012年5月)、金融貸出募集人、クレジットカード会員募集人、代理運転手に(2016年7月)に拡大適用されました。

 さらに、文在寅政権の下、産災適用が、以上の8職種に加えて4業種(レストラン、小売、却売・商品仲介、その他の個人請負)が追加され(2018年12月)、また、レミコン運転者だけであったものが、建設機械27職種(掘削機、ダンプトラック、タワークレーン、起重機等)の運転者に拡大されました。ただ、いずれも任意加入であるために、実際の産災保険適用者は10人中1.3人しかいないことが明らかになり、論議を呼んでいます。

 2014年の政府統計では特殊雇用職は229万人で、就業者全体の8.9%に達しているとされていましたが、一部の研究者は既に300万人を超えているとの推計もあり、正確な調査の必要が指摘されていました。そうした中で、今年(2019年)3月、韓国労働研究院が「特殊形態勤労(特殊雇用)従事者の規模推定のための基礎研究」という報告書を発表しました。〔注10〕
〔注10〕 毎日労働News2019年3月25日付[労働研究院初めて大規模サンプル調査]特殊雇用労働者最大221万人、新しい類型55万人賃金労働者と1人自営業者の間に幅広く位置」 http://m.worknworld.kctu.org/news/articleView.html?idxno=249266

 〔図1〕特殊形態勤労(特殊雇用)従事者の規模推定

 同報告書によれば、まず、就業者(2709万人)を賃金労働者(2027万人)と非賃金労働者(681万人)に区分しました。そして、賃金労働者の中で、4大保険(産災、雇用、年金、健康)に加入して最低賃金法を適用される労働者=「真性賃金労働者」を1849万人と推算しました。(以下、〔図1〕参照)

 さらに、非賃金労働者(681万人)は、「自営業者特徴」があるか否かの基準で判断して、「1人自営業者」と答えた人(402万人)の中で、さらに「真性1人自営業者」と「特殊雇用労働者」に分けています。その基準は、次のようなものです。
(1)賃貸または所有した店舗(作業場)があって、契約対象者が特定されていなかった場合、(2)報酬やサービスを自身が定める場合、(3)一切の業務指示がない場合、(4)出退勤時間制約がない場合
この中で一つでも該当すれば「真性1人自営業者」として、その数は248万人と算定しました。
これに対して、〔1〕店舗や作業場がない場合、〔2〕報酬やサービス価格を会社が一方的に定める場合、〔3〕業務指示を部分的にでも受ける場合、〔4〕出退勤時間が定められている場合のうち一つでも当てはまるときは、特殊雇用労働者とみなし、その数を91万3千人と推定しました。さらに、別のフィルタリングの末に推定した特殊雇用労働者を74万5千人と算定して、結論として「賃金労働者・非賃金労働者から抽出した特殊雇用労働者を合わせれば165万8千人の特殊雇用労働者規模と推定」したのです。

 注目できるのは、伝統的な特殊雇用従事者に分類するには無理があるけれど、真性1人自営業者でもないので、従属性が多少弱い、広い意味の特殊雇用従事者に分類できる「新しい類型55万人」を抽出したことです。「ここに翻訳家のような相対的に新しい職業群と従属性が弱い特殊雇用やプラットホーム労働を含めることができる」と説明されています。

 (2)国家人権委員会の勧告

 「特殊雇用」従事者は、個人事業者ですが、実際には他人のために直接労務を提供し、その見返りに得た収入で生活し、労務の提供相手と対等な交渉の地位にはありません。その点で一般的な労働者にきわめて近い働き方です。しかし、労働法や社会保障法の適用がなく、その保護が大きな問題となり、(1)で述べたように、産災保険については徐々に改善が進みました。

 そうした改善の一つのきっかけになったのは、2007年9月17日、国家人権委員会が、「特殊雇用」従事者に対して労働者と類似した水準の社会的保護が必要だと判断して、国会と政府に、個別的・集団的権利と、社会保障的保護のための法律を早く制定・改正するように勧告したことでした。しかし、産災保険の適用拡大を除けば、その後、12年間、「特殊雇用」従事者のための立法的努力はほとんど実を結びませんでした。

 むしろ、「特殊雇用」従事者が、多くの困難を乗り越えて労働組合を結成しても、行政官庁が、労働組合の設立を否認する事例が続きました(ゴルフ場キヤデイー労組の設立申告を取消(1989年)、全国保険募集人労組の設立申告を返還(2000年)、貨物車・レミコンなど運送車主加入の運輸労組、建設労組への規約是正命令(2009年)等、行政官庁が労組法上の労働者に該当しないという理由で、特殊雇用従事者の労組を否定する態度をとり続けたのです。

 これに対して、労組側がILO(国際労働機関)に提訴しました。そして、ILOは、韓国に対して、貨物車・レミコン運送車主のような自営労務提供者(self-employed workers)を含む、すべての労働者の自由な労働組合結成・加入の権利保障と、加入した労組に対する規約是正命令撤回を勧告しました(ILO結社の自由委員会第359次報告書(2011.3.)、第363次報告書(2012.3.))。また、国連の平和的集会および結社の自由特別報告官も「特殊雇用」従事者の結社の自由制限状況に憂慮を表明しました(大韓民国に対する平和的集会および結社の自由特別報告官報告書、2016.6.15.)。〔注11〕
〔注11〕 脇田滋「韓国における雇用安全網関連の法令・資料(7) – 特殊形態勤労従事者労働3権保障立法勧告」龍谷法学50巻3号(2018年)733頁以下 ( https://bit.ly/321eHXO )参照。

 そして、国家人権委員会は、文在寅政権が誕生した直後の2017年5月29日、「特殊雇用」従事者らの団結権など労働基本権保護をすることを求めて、政府と国会に対して、制度改善勧告と意見表明をしたのです。大統領選挙で文在寅候補は、「特殊雇用」従事者の労働基本権保障を公約に掲げていました。(1)で紹介した労働研究院の調査は、こうした「特殊雇用」従事者のための立法作業を進めるために前提となる調査であると理解されています。

 (3)シェア・タクシーをめぐる最近の動き

 韓国で現在、大きな問題になっているのはタクシー業界と、ウーバータクシーのような自動車共有のモビリティープラットホーム業界との対立です。タクシー業界労使は生存権にかかわると猛反対したため、2013年、韓国に進出したウーバーも、タクシー業界の反発とソウル市の規制のために、カカオも、タクシー業界労使からの強い反発を受け、社会的な批判も高まったので、「カープール」という事業を撤退させました。その結果、現在は、高級車サービスである「ウーバーブラック」やTADAなど、きわめて限定されたサービスに限られています。その中で、とくに、ソカ社の運営子会社であるVCVNの車両共有サービス「TADA(タダ、타다)」の事業は、地域はまだソウル市近辺に限られていますが、短期間に驚くほどの急成長を示していて注目されています。

 ソカ社によれば「TADAベーシック」は、2018年10月8日に開始して以後、2ヶ月で呼び出し件数が200倍に増え、会員数30万人を突破したということです。乗客優先サービスを前面に出して、移動手段市場で革新を起こしたという評価を受け、再搭乗率は89%にもなり、顧客満足度が高いとのことです。「TADA(ベーシック)」は、11人乗りの乗用車を活用した運転手付きのレンタカーサービスという形式です。登録した利用者が、TADAアプリで目的地を入力した後、車両を呼び出せば近い距離にいる車両が配車される自動配車システムで運営されています。現在、ソウルとその周辺で400台を運営しており、料金は一般タクシーより20%程度高くなりますが、TADAは、高水準の顧客対応サービスを提供するという点が挙げられます。TADAの運転手は配車拒否が禁止され、利用者は乗車拒否や乗客選びなどの問題が発生しないこと、TADA運転手は、安定した運転と乗客に先に話しかけないなどの事前教育を受けているとされます。広くて快適な乗車環境と、最大5人(乳児同伴時7人)が搭乗できる点も好評の原因とされています。

〔写真〕ハンギョレ新聞2019年10月23日「タクシー運転手1万名、国会前で『TADAアウト』」

 しかし、こうしたレンタカー基盤の乗車共有サービスTADAをめぐって、法的紛争が本格化しています。2019年2月11日、タクシー事業者側はイソカ社のイ・ジェウン代表とTADAを運営する子会社VCNCのパク・ジェウク代表を検察に告発しました。その主張は、レンタカーと運転手をリアルタイムで貸す形態のTADAが、旅客自動車運輸事業法に違反しているということです。つまり、バスやタクシーなど自動車を使って有償で旅客を運送するには、地方自治体から免許を受けて登録しなければならず、また、レンタカーの有償運送は禁止されているのに、TADAは、これらに反しているという主張です。TADA側は、レンタカーを貸すことに運送事業免許の必要がないし、レンタカーについても、11人未満の車では、「例外」として運転者を斡旋できるとされているので違反はないと主張しています。つまり、TADAサービス利用者は利用にあたって「自動車レンタル契約」と「運転サービス契約」の二つを同時に締結していることになります。

 直近のニュースによれば、「ソウル中央地検刑事5部は、イ・ジェウン ソカ代表と子会社VCNCのパク・ジェウク代表を、旅客自動車運輸事業法違反疑惑で不拘束起訴したと、2019年10月28日、明らかにした。検察はソカとVCNCを両罰規定に基づき起訴した。」ということです。〔注12〕
〔注12〕 朝鮮日報2019年10月28日「検察、TADA営業は不法」…イ・ジェウン ソカ代表裁判に( https://news.chosun.com/site/data/html_dir/2019/10/28/2019102802453.html

 (4)労働法的に見た「TADA」の問題点

 TADAで、実際に働くドライバーの状況はどのようになっているでしょうか?まず、2019年10月現在、TADAのドライバーは約9000人と推定されています。その中で600人は、派遣業者が雇用してTADAに派遣されたた労働者で、残りの8400人は用役(請負)業者を通じてフリーランサー(個人事業者)として働いています。〔注13〕
〔注13〕 この(4)は、毎日労働News2019年10月11日「深まる『TADA』不法派遣情況」( http://www.labortoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=160846)を参照し、要約したものです。

 しかし、TADAには実際の所有車両もなく、雇用した運転手もいないことが特徴です。つまり、TADAは、親企業であるソカ社から11人乗りのスターレックス乗用車を借りて、乗客に運転手とともに提供する一種の運転手付きレンタカー中間紹介会社です。ドライバーと呼ばれる運転手は、5つの派遣業者と、22の用役業者から供給されています。つまり、?ソカ社、?TADA、?派遣業者(用役業者)、?ドライバー、?利用者(顧客)の5社が複雑に絡み合う法律関係になっているということです。以下の図の通りです。

 〔図2〕ソカ・TADA運営体系

 TADAは、ドライバーに業務指揮・監督をしているだけでなく、きわめて厳格な統制をしています。
?必須応対語
TADAは、次のようにドライバーが乗客にかけるを定めています。
「・・・・を目的地とされる、○○○様をお迎えしたのでよろしいですか? お望みの経路がおありですか。とくにないようでしたらナビが案内する方向に移動します。(走行後3〜5分以内)室内温度とラジオ音量は適当ですか?」
このマニュアル通りにしなければ評価点数が低くなります。
?服装
単色の暗い系統のシャツ、スラックスやスーツズボン、暗い色のズボンの着用が義務づけられ、運動服やジーンズ・チェック模様、Tシャツは不可とされ、規定遵守は業務遂行評価に反映されます。点が低ければペナルティを受け、再教育と契約解約につながります。
?待遇
ドライバーは派遣かフリーランサーかに関係なく、時間当り1万ウォン(ピーク時間1万2千ウォン)で契約し、TADAは、毎月15日、アプリを通じて給与を精算した後、ドライバーに支給します。ドライバーは、勤務時間を選択できるが、運行中15秒ですぐ配車を受諾しなければ不利益を受けます。注油や事故収拾・洗車などで休むときには、「特別休息時間証明書」をTADAに提出して承認を受けて初めて給与精算時に反映されます。もし決められた時間より遅くログインしたり、欠勤すればペナルティが与えられ、遅刻や欠勤が続けば契約解約通知を受けることになります。
?業務遂行程度評価
「Basic」「Good」「Best」「Perfect]の4段階でレベルを評価するドライバーレベル制が実施され、等級による特別手数料が給与と合わせて計算されます。TADAの各種規定と指示に従えば従うほど給与が多くなるシステムになっています。TADAはドライバーを解雇する権限を持っており、TADAの車両を他人に貸して業務を代行すれば契約解除され、また、人材削減方針により契約解約された事例もあった。

 こうしたTADAの働かせ方には、多くの法的な問題点があること、とくに、「不法派遣」の可能性が大きいという指摘が出ています。正義党のイ・ジョンミ議員は「8400人のフリーランサーは、請負契約形式であるが、実際には労働者派遣であり、偽装請負に該当する」として、雇用労働部に監督を求めました。
(続く)

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