第15回 派遣労働者の労働災害、派遣先の安全衛生責任回避

 派遣労働者の労働災害、派遣先の安全衛生責任回避

 派遣労働者が派遣先で重大事故に遭い、派遣先会社の責任者が送検されたという記事が、労働新聞社のHPで本年上半期に最もよく読まれた記事だったことを報ずるTweetがありました。
 
派遣2日目で被災 右腕切断労災で霧島酒造を書類送検 都城労基署
2019.06.11 【送検記事】
 宮崎・都城労働基準監督署は、工場内における安全対策を怠ったとして、霧島酒造?(宮崎県都城市)と同社主任を労働安全衛生法第20条(事業者の講ずべき措置等)違反の容疑で宮崎地検都城支部に書類送検した。平成30年11月、同社に派遣されていた労働者が右腕を切断する労働災害が発生している。
 被災した労働者は、同社に派遣されて2日目に被災した。焼酎の原料となる芋の運搬に使うコンベヤーの清掃作業に従事していた際、使用していたホースごと身体を巻き込まれている。
 同社は、清掃作業を行わせる際に機械を止める措置を講じなかった疑い。巻き込まれ防止のために設置されていたカバーは、清掃作業を行うために一時的に外していたという。
【令和元年6月4日送検】
 
 新聞報道によれば、元の事件は次のようなものでした。
福井新聞 2019年6月4日 午後7時30分
 焼酎「黒霧島」などのブランドで知られる霧島酒造(宮崎県都城市)の工場で昨年11月、コンベヤーを清掃中の女性が右腕を巻き込まれ切断する事故があり、都城労働基準監督署は4日、安全措置を怠ったとして、労働安全衛生法違反の疑いで同社と男性現場主任(37)を書類送検した。
 書類送検容疑は昨年11月21日、派遣会社から来ていた当時47歳の女性が、焼酎の原料のサツマイモを運搬するコンベヤーを清掃した際、運転を止めるか、危険な箇所に覆いを設けるなどの措置を取らなかった疑い。
 同社の担当者は「厳粛に受け止め、法令順守と労働環境の改善に全力で取り組む」とコメントした。
 
相次ぐ派遣労働者の重大事故 
 派遣労働者は、派遣元、派遣先との3面関係で働きますが、実際に働く派遣先事業場での安全衛生教育などが不十分なまま重大事故に遭う事件が少なくありません。
 私にも問い合わせがあった奈良の廃棄物リサイクル工場の事例では、同じ会社で3人もの派遣労働者が短期間に相次いで死亡する悲惨な事件でした。
奈良・コンベヤー死亡事故:リサイクル会社と責任者を書類送検 /奈良
 毎日新聞2016.10.12 地方版 
 奈良市の廃棄物リサイクル会社「I・T・O」の南庄工場(同市南庄町)で8月、ショベルカーとトラックに挟まれた男性作業員(56)が死亡した事故で、奈良労働基準監督署は11日、同社と工場責任者の男性生産管理課長(41)を労働安全衛生法違反の疑いで奈良地検に書類送検した。
 送検容疑は8月20日、技能講習を修了していない男性派遣社員(56)に無資格でショベルカーを運転させたとされる。死亡した作業員は木材チップを積んで後退中のショベルカーと停車中のトラックに挟まれた。
 今回の件も含め、同社の吉野工場(大淀町)と南庄工場では8月2日〜9月5日、労災死亡事故が3件相次いでいる。【塩路佳子】 

 労働組合は職場、地域のすべての労働者を代表する必要
 私には、派遣労働者の労災の話を聞くたびに労働組合は何をしていたのかと思います。こうした事件が頻繁に起こっているのに労働組合がこれを取り上げて闘う話はほとんど聞いたことがありません。派遣労働者を代表して闘う労働組合がほとんどないからです。
 
1)地域全体の「安全に働く権利」を守るイタリア地域労組
 30年前(1988年)、私はイタリアのボローニャに研究員として滞在していました。ボローニャの労働評議会(地域の労組組織)を訪ねた時に、ボローニャ地域の建設現場で労働者が死亡事故に遭ったということでした。その被災者は南部出身の出稼ぎ労働者でどの労働組合にも加入していませんでした。ところが、地域労働評議会の役員は、「私たちはボローニャという地域全体を代表しており、ボローニャで労働者の安全に働く権利が侵害されたのだから、私たちがこの問題に取り組むのは地域労組として当然の責務だ」と話してくれました。そして、その労働者の遺族を探し出して、評議会所属の専従弁護士が会社を相手とする訴訟代理人になるだろうとのことでした。
 
2)労安法は、労働者側の委員は、派遣労働者をも代表することを予定
 本来、労働組合は職場、地域、産業のすべての労働者を代表して闘う組織です。だから日本国憲法28条は、労働組合に特別な権利を認めたのです。別会社(派遣会社)に所属する派遣労働者を同じ職場で働いていても「仲間」と思わないのであれば、職場全体を代表する組合とは言えません。憲法が予定する労働組合の役割を果たしていません。現行労働安全衛生法は、派遣労働者も安全(衛生)委員会を作る人数にカウントしています。組合員だけを代表する労組であってはならないのです。
 
3)韓国の「危険の外注化」禁止を求める労働・市民運動
 昨年、韓国では、若い派遣労働者が、上記の日本の事件と同様に、機械に巻き込まれて亡くなるという事件が起きました。
 民主労総や労働安全保健団体が「危険の外注化」だと全国的な運動を起こしました。文在寅政府が国会に提出していた「産業安全保健法」(日本の労安法に当たる)改正案を保守系野党(自由韓国党)が審議を引き延ばして抵抗していました。これを批判して、労働組合や市民団体は、野党党本部の建物前で抗議集会を開くなど、活発な取り組みを展開しました。その結果、国会は昨年末ぎりぎりに産業保健法全面改正案を可決しました。改正法では、下請労働者に危険有害業務を押し付けること(危険の外注化)を原則禁止しています。つまり、韓国の派遣勤労者保護法(派遣法)では、派遣労働者が危険有害業務をすることを禁止していますが、これをさらに事業場内下請けにまで拡大し、発注企業(元請)の責任を強化しています。関連した情報は、下の(参照)urlからダウンロードできます。
 日本では、こうした「危険の外注化」禁止の取り組みは遅れています。原発での重層下請で危険業務は最も弱い間接雇用労働者に押し付けています。
 韓国でも日本と酷似した状況がありましたが、労働組合は、組合員だけでなく、未組織の派遣労働者を含めてすべての労働者を代表して、「危険の外注化」禁止の運動を進めてきたのです。
 イタリアや韓国の労組が、最も弱い立場の派遣労働者や出稼ぎ労働者(いまでは、外国人労働者)をも代表して労働者全体の権利を守る運動を粘り強く進めていることに学ぶ必要があると思います。
 
(参照)韓国における働くもののいのちと健康を守る取り組み https://hatarakikata.net/modules/column/details.php?bid=432
とくに、脇田滋「韓国における雇用安全網関連の法令・資料(9) : 産業安全保健法改正の概要(危険の外注化原則禁止等)」参照。

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