韓国で「必須労働者保護法」制定
2020年1月以降、新型コロナウィルス感染症(Covid-19)が全世界に拡大しましたが、適当な防疫対策がまだ見つからないなかで、各国では人と人の接触機会を最少にするために、外出禁止や都市封鎖(lockdown)などの強制措置が執られました。そうした中でも日常生活を維持するための「不可欠業務(essential work)」の重要性が浮かび上がってきました。不可欠業務の従事者は、感染者と医療機関などで直接接触する医療従事者(医師、看護師など)だけでなく、感染の危険がある中で職場や街中で働き、利用者や顧客と接触する多くの業務(介護、保育、販売、配達、運送、清掃など)を担当し、多くの人々の生命・健康と生活を支えてきました。
世界各国では、こうした「不可欠業務」に従事する労働者を、色々な名称で特別扱いしています。とくに、ワクチンの優先接種の対象を定める場合に、エッセンシャルワーカーを優先している外国の事例については、以前のエッセイで触れました。※
※第60回 ワクチン接種について考える(2)ー 「不可欠業務従事者」を大切にする社会へ参照。なお、英語圏では、「エッセンシャル・ワーカー(essential workers)」に類似した呼称として、critical workers, key workers, frontline workersなどと呼び、法律や行政で特別な保護的措置を定めています。
日本でも、ごく限られた特別扱いとして、ワクチン接種で医療従事者が優先されました。しかし、それ以外では、現場で働くエッセンシャル・ワーカーへのリスペクト(尊重)という視点からの法・政策による特別な保護は見られません。つまり、一般に使われている「エッセンシャル・ワーカー」という用語は、法律や行政では使われていません。
この点では、韓国で2021年4月29日、エッセンシャル・ワーカーを意味する「必須労働者( 필수노동자)」の保護を国や自治体が推進するための根拠となる法律(以下、「必須労働者保護法」)が国会で議決されたことが大いに注目されます。同法は、2021年5月18日法律第18182号として公布され、2021年11月19日からの施行が予定されています。※
多くの点で日本と類似した労働環境にある韓国で新たに制定された「必須労働者保護法」が、①どのような背景で制定されたのか、②どのような内容を定めているのか、③日本にとって参考になる点は何かについて考えてみることにしました。
※国立国会図書館調査及び立法考査局の『外国の立法』No.288-1(2021.7)に、【韓国】必須業務の指定及び従事者の保護・支援に関する法律の制定という記事が掲載され、法律制定の経過と内容を紹介しています。
制定の背景 コロナ禍における必須労働
韓国では、2020年1月以後、外国からの帰国者や宗教団体の信者集会などを通じて、急激に新型コロナ感染症の拡大が拡大しました。マーズによる感染拡大を経験していたこともあり、PCR検査を重視した「K防疫」と呼ばれる合理的な感染症対策によって、欧州や米国とは違って感染拡大を比較的うまく抑えてきた韓国ですが、人と人の接触を避ける社会的距離の必要性が長期化したことは同様でした。
その中で、保健医療業務だけでなく、高齢者・障害者・児童に対するケアサービスなど、社会的距離をとることができない「対面業務」に注目が集まりました。さらに韓国で注目を集めたのは、以前から強度の労働負担が問題となっていた業務でコロナ禍で格段に過重さ・過酷さが強まった宅配・配達、環境美化(=清掃)、コールセンターなどの業務でした。これらは、保健・医療、ケア労働とともに、住民の安全を守り、最小限の日常活動・経済活動を支える重要な業務であるにもかかわらず、不安定・低劣な労働環境であることを示す報道や訴えが数多く現れてきました。主なものとしては、以下の通りです。
労働を通じての感染クラスターの発生
・コールセンター労働者
2021年10月、韓国国会の環境労働委員のユン・ミヒャン議員が、ソウル市と勤労福祉公団から提出を受けた資料では、2020年、ソウル市だけで18のコールセンター事業場で感染が発生し、2020年12月現在で、コールセンターの労働者たちは、療養保護士(老人介護労働者)と看護師に続いて三番目に多い人数が、「コロナ感染による労災」認定を受けていたことが明らかになった。※
※大韓ニュース(2021年10月6日)。また、コールセンターと同様に、狭い空間に多くの労働者が働く「物流センター」でも集団感染(クラスタ-)の発生が続いた。
・療養保護士(介護職員)
感染が地域社会に流行したのに応じて、高齢者療養施設で集団感染(クラスター)が拡散したが、2020年12月31日現在、全国の高齢者介護施設3,595カ所のうち46カ所(1.3%)で集団感染があり、ソウル市では老人療養施設の205カ所のうち13カ所(6.3%)で感染者が発生し、施設内感染者数は185人(従事者65人、入所者120人)であった。※
※ソウル研究院「政策報告」第323号(2021年5月3日)
コロナ禍での仕事と賃金
・子どもケア労働者
全国2万3千人が勤務。使用者は市郡区ごとの公的機関で約30%が月に60時間未満、時給8600ウォン(最賃水準)の低賃金。コロナ禍での休校・休園で働く親を助けるために政府が対策をしたが、コロナ関連のキャンセルで利用率が普段の66%であった(2020年3月)。しかし、最低保証時間がないので、収入が大幅減少した。※
※民主労総・ケア労働者のコロナ19証言大会(2020年5月14日)
・保育教師
全国30万人(国公立保育園に10%、民間保育園に約85%)が「乳幼児保育法」に基づき満6歳未満の就学前児童のケアに従事。コロナ禍で子どもの退所で保育教師へのしわ寄せ(年休強要、勧告退職、解雇)の例が増えた(2020年3月)。
※民主労総・ケア労働者のコロナ19証言大会(2020年5月14日)
過重労働・劣悪環境
・宅配運転手
コロナ禍で生活物資などの宅配が急増したが、宅配運転手が、劣悪な労働環境のために過重労働が長時間続き、2021年3月までの16ヶ月間に21人が死亡して、韓国社会に大きな衝撃を与えた。これほど多くの過労死が短期間に集中した理由は、宅配労働者の不安定で過酷な労働環境に原因があったとの非難が高まった。宅配運転手は、コロナ禍以前から物流ターミナルに品物が到着すればその日にすべて配送するという「当日配送」の原則があった。コロナ禍で配送量が急増したために、運転手にも課せられている分類作業が夜まで続いた。宅配労働者は、労働関連の法令の適用を受けない個人請負形式であり、当日配送の原則を遵守するために、身体を壊すほど働いても最低賃金や労働時間制限などの法的保護がない。※
※Newsis(2021年3月26日) とくに、多くの市民が「非対面」で生活必需品など消費財を購入したことから、宅配は、2020年7月で月2億9200万(前年対比20%以上増)となり、宅配運転手は週6日配送、日平均12.1時間もの長時間労働が連日続いて過労死が続出することになった。(シン・スジョン「社会的連帯のためのエッセンシャル・ワーカー保護:必須労働者保護法に対する検討」国会立法調査処報、2021年Autumn、Vol.50, p.13以下。)
・環境美化員
全州市で、民間委託業者に所属して働いていたオ・ソンファ氏は、感染の危険に曝される環境美化員の状況を説明した。「過去にも有害物質の吸引・交通事故をはじめ、危険が多かったが、コロナ禍で問題がより深刻になった。マスクがごろごろ転がっている道路を清掃し、感染者の自宅から出る生活廃棄物を荷造りした。」こうした事情を全州市役所に説明して対策を求めたが、「業者と話しなさい」というだけで危険な状況の改善がない、と話した。※
コロナ禍が長引く中で、住民の生命と身体を守り支える保健医療・ケアサービス業務従事者や、社会の基本的な機能を維持するために人から「見えない」ところで働く宅配・配送業務や環境美化業務など「必須業務」の重要性が浮び上がることになりました。とくに、宅配運転手が数多く過労死したことは、「必須労働者」の果たす役割と、それに見合わない環境・待遇の余りにも不均衡で劣悪な実態を示すものとして、社会全体に大きな衝撃を与えることになったのです。
ソウル市城東区必須労働者保護条例
2020年9月10日、ソウル市の城東区が、「ソウル特別市城東区必須労働者保護および支援に関する条例」を制定・公布しました。これは、韓国で初めてエッセンシャル・ワーカーに対する保護対策を公的に提起したものとして注目を集めました。※
※ソウル市城東区は、「ありがとう 必須労働者 SNSキャンペーン」に参加し、積極的に世論に訴えてきました。このエッセイのキャッチアップ画像は、そのときに城東区庁が発表したポスターに掲載されていたものです。
2020年8月19日、文在寅大統領は、国民に向けて話すTV特別番組を通じて、「国民請願は国民の切実な声に政府が責任をもって答える直接疎通の場」であると強調しました。そして、「必須業務従事者処遇改善を要求する請願」については、政府が義務的に回答する多数の同意(20万人以上)は得なかったが、多くの請願者を集めたこと、また、ソウル市城東区条例を先駆的なものとして紹介しました。政府としても、「ケア・環境美化・宅配・コールセンター・訪問サービス従事者など、コロナ禍で対面活動をする」必須労働者のために、ケア労働者については、ワクチンの優先接種、休憩時間・場所など労働環境の改善など、多方面な支援を強化すること、宅配労働者については、過労防止のために分類作業の除外、労働時間制限などの改善を推進すると発言したのです。
この大統領の発言に続いて、政府は2020年10月6日、必須労働者保護のために直ちに施行可能な対策を中心に「必須労働者安全および保護強化対策」を発表しました。その中では、さらに必須業務の指定、従事者保護対策樹立・施行など推進体系制度化のために、「必須業務従事者保護および支援に関する法律」という、特別な法律の制定推進を明示しました。他方、政府の関係省庁が合同でTF(タスク・フォース)を構成し、現場の意見も聞いて関連対策を議論し、12月14日、政府の関係省庁合同会議として「コロナ19対応のための必須労働者の保護・支援対策」を発表しました。(下の表参照)※
※対策の概要については、「コロナ19対応のための必須労働者の保護・支援対策」(試訳)参照。
国会では、政府与党議員から、2020年11月から2021年3月までに発議して合計5つの関連法案が国会に提出されました。そして、2021年3月12日、国会環境労働委員会は、「必須労働者保護のための立法公聴会」を開催し、以後、公聴会を経て発議された法律案を総合して作成された「必須業務指定および従事者保護・支援に関する法律」案が国会本会議で、2021年4月29日に議決されたのです。
全国に広がる「必須労働者保護・支援条例」
韓国では、自治体での労働関連対策を定める条例が広がり、それを政府が受け入れて全国的な政策にする流れが近年の大きな特徴となっています。ソウル市が、2011年以降、非正規職保護、生活賃金などの多様な労働関連の条例を次々に制定し、それが全国の自治体に広がるという流れができました。そして、2017年からの文在寅政権は、ソウル市の労働政策を受け入れて国全体に広げることになりました。必須労働者支援・保護でも、ソウル市城東区の条例が大きな社会的共感を集め、2021年9月現在、必須労働者支援・保護のための条例を制定した全国の自治体は約74カ所に達しています。※ こうした動きが、国会での「必須労働者保護法」制定の背景の一つとなったのです。
必須労働者保護法の内容
「必須労働者保護法」の内容は、①必須業務と必須業務従事者の定義、②必須業務指定・従事者支援委員会設置、③雇用労働部長官の支援計画樹立・実態調査実施など基本的な枠組みを定めるだけで、支援や保護の内容を具体的に定めるものではありません。主な内容は次の通りです。
〔1〕法の目的
災難が発生した場合に、国民の生命と身体の保護又は社会機能の安定的維持のための必須の業務に従事する人を保護・支援するために必要な事項を規定すること、としています(第1条)。
〔2〕定義
「必須業務」とは、災難が発生した場合、国民の生命・身体の保護と社会機能維持に必要な業務で必須業務指定・従事者支援委員会の審議を経て雇用労働部長官が定める業務、とします。そして、「必須業務従事者」とは、必須業務を遂行する過程で自身でなく他人の事業のために労務を提供する人で、必須業務指定・従事者支援委員会の審議を経て雇用労働部長官が定める人と定義しています(第2条)。
〔3〕保護・支援の内容
保護・支援計画樹立(第11条)、必須業務指定・従事者支援委員会の設置(第6条)・構成(第8条)、各地方自治体での条例による地域別支援委員会設置、支援計画樹立・施行(第9条)、雇用労働部長官による実態調査実施(第12条第1項)、災難終了後の支援計画・履行結果評価等(第12条第2項、第14条)。
必須労働者の定義・範囲
「勤労者」よりも広い「労務提供者」概念
「必須労働者保護法」で、最も重要な点は、必須労働者の範囲をどう捉えるかでした。
法第2条は、必須業務従事者とは、「必須業務を遂行する過程で自身でなく他人の事業のために労務を提供する人」と、適用対象を勤労基準法が適用される「勤労者」に限定せず、広く捉えることにしました。韓国では、必須労働者の大部分が勤労基準法が適用される勤労者でないことから、この広い定義に大きな意味がありました。※
※勤労基準法は、日本の労働基準法に相当する法律で、適用対象である「勤労者」の範囲は、使用者の指揮命令を受けて働く従属労働者という点は日本とほぼ同様です。
韓国では、多様な不安定・劣悪労働形態が広がっており、非正規職と呼ばれています。その非正規職の中に、「特殊雇用形態勤労従事者」(「特殊雇用」、さらに、「特雇」と略称される)と呼ばれる「個人事業主」形式の働き方が含まれているのが一つの特徴となっています。上で挙げた宅配運転手やケア労働者も多くが「特殊雇用」とされ、労働法・社会保障法の適用がない個人請負形式です。その無権利な法的地位が、過労死が続出したり、感染危険に曝されるなど保護に欠ける大きな理由となっています。
逆に、必須労働者を、すべて勤労基準法が適用される「勤労者」と規定すれば問題の根本的解決につながります。しかし、韓国では「特殊雇用」就業者の「勤労者性(=労働者性)」認定は、労働組合や非正規労働運動の20年以上の長期にわたる大目標になってきました。日本では当然に労働基準法適用と考えられる場合でも、韓国では、経営側の根強い抵抗があって法改正が進みません。保守的な裁判所も「特殊雇用」就業者への労働法適用に否定的でした。ようやく最近になって、労働組合の結成や産災保険(=労災保険)や雇用保険で一部適用が認められるようになっていますが、壁はまだまだ高いのが現実です。
コロナ禍は、こうした必須労働者の無権利な状況を改めて浮かび上がらせました。「ありがとう、必須労働者」という標語が現れるなど、社会的共感が広がるのとは裏腹に、必須労働者の多くが、実際には、労働法・社会保障法の適用を除外されるという「不均衡」や「不正義」が社会問題となったのです。
一方、2020年5月、韓国国会は、特殊雇用労働者への雇用保険適用拡大を定める雇用保険法改正を行いました。これは、狭く「勤労者」だけでなく、全国民が災難時でも安定した生活を過ごせるようにという「全国民雇用保険」の考え方に基づく改正でした。そして、その「第77条の6(労務提供者である被保険者への適用)」では、新たに次のように「労務提供者」という広い概念を定めたのです。
「①勤労者ではなく、自身でない他人の事業のために自身が直接労務を提供して該当事業主又は労務受給者から一定の対価を支給されることにする契約を締結した人の中で大統領令で定める職種に従事する人」
必須労働者保護法が、「自身でない他の人の事業のために労務を提供する人」という定義は、この雇用保険法の「労務提供者」という広い概念と共通しています。つまり、「必須労働者保護法」は、勤労基準法上の「勤労者」だけでなく「特殊雇用」にも適用対象を拡大したのです。
必須業務の範囲
「必須業務」の範囲は、法第2条では、「国民の生命と身体の保護、社会の機能を維持するために持続する必要がある業務」とされています。これは、韓国政府の2020年12月「対策」では、より具体的に、①保健・医療、ケアサービスなど国民の生命、身体の保護と直結する業務、②社会的距離をおく非対面で、社会の安定した維持のための宅配・配送、環境美化、コールセンター業務など、③産業全般に大きい影響を及ぼすなど公共交通など旅客運送などの業務も含む、と定めていました。しかし、これに限定するのでなく、災難が発生した場合、必須業務指定・従事者支援委員会の審議を経て雇用労働部長官などが定めると、国と自治体の裁量を広く認め、柔軟な対応を可能にしています。
城東区の条例施行1年
全国の自治体や国に先駆けて「必須労働者条例」を定めたソウル市城東区ですが、その条例の1年間の施行結果は、次の通りです。※
※新亞日報2021年9月12日_城東区法制化率いた「必須労働者条例」1年を迎えました。 なお、城東区への注目が集まったことで、全国約400人の自治体長・機関長や、世界各地の外交関係者の訪問があった、ということです。
〔城東区:2020年~2021年(1年間)の主な必須労働者対策〕
(1)2021年初め、政府から訪問ケア従事者・放課後教師〔=学童保育指導員〕対象の一時支援金支給対策発表後、城東区として現場の意見を汲み上げて「対象者の所得資格基準を緩和」=対象者を拡大
(2)必須労働者のワクチン優先接種対象者の拡大指定で、対象外であった共同住宅管理員・美化労働者などを、自治体の3次自主接種対象者に含めた。当初、第3四半期予定の教育・保育施設従事者のワクチン接種を第2四半期に繰り上げ。
(3)1年間に、区の必須労働者支援委員会で、必須業種の範囲・基準選定、支援政策・支援計画樹立の方向性設定
(4)2021年4月までに、城東区として、計7億7800万ウォンの予算で、防疫用品支援(4回)、必須労働者1578人に無料インフルエンザ予防接種、2021年上半期までに216人の心理相談支援
必須労働者条例は、この1年間に韓国全国に大きく広がっています。この1年間の城東区の条例運用も、今後、大きな影響を与えることになると推測できます。
日本への示唆
以上のような韓国の「必須労働者保護法」は、日本にも多くの示唆を与えると思います。個人的には、次の3点を強く感じました。
労働尊重・労働人権実現へ
第一に、「必須労働者保護法」を定めた韓国は、現場で社会を支える働く人を尊重し、労働人権実現へ政策を大きく転換しようとしていることです。
日本と韓国は残念なことに、OECD諸国の中でも労働人権、労働者の地位では最下位を争う「労働人権後進国」です。労働組合組織率の低さ、長時間労働、不安定・劣悪労働の非正規雇用の広がり、ハラスメント、過労死・過労自殺、労働法違反・不遵守状況、企業規模による労働条件格差など、多くの点で日韓の労働社会は共通しています。
こうした状況は、ILOが、ILO自身の重要な達成目標として掲げた「働き甲斐のある人間らしい労働(Decent Work)」に反しています。ILOやEU諸国は、Decent Workの実現を共通の目標として掲げています。日韓両国は、このDecet Workと労働人権の実現で多くの問題・課題を抱えてきました。そうした中で、コロナ禍で社会を支えて働く労働者への感謝を「必須労働者の支援・保護」という形で具体化した韓国は、ILOやEUや英米加など世界の動向を踏まえる方向で一歩踏み出しました。日本でも、エッセンシャル・ワーカーをリスペクト(尊重)して、法・政策の形に具体化することが必要だと思います。そのような条例や法律を考えるとき、韓国の「必須労働者保護法」は大いに参考にできると思います。
非正規職問題の延長で「エッセンシャル・ワーカー保護」を
第二に、韓国では、「必須労働者」の多くが非正規職や特殊雇用(個人事業主形式)で、労働法や社会保障法の適用がなかったり、差別されていることが、法制定の背景となりました。韓国社会で最大問題の一つであった非正規職問題の延長で「必須労働者保護」が論議されていることが重要です。
日本でも、韓国と類似して保育、介護、宅配、清掃など、エッセンシャル・ワーカーの多くがパート、有期、間接(派遣、下請、民間委託)など、脆弱な地位・劣悪条件という点で共通しています。公務・公共部門の人員削減や民間委託の政策が長く続きました。公共部門で働くエッセンシャル・ワーカーの多くが「非正規公務員」や、民間の間接雇用(派遣や下請業者社員)という不安定な地位に追いやられてきました。
しかし、日本では、依然として公務員削減・公共部門(政府・自治体関連業務)の民間委託という、エッセンシャル・ワーカー保護と矛盾する政策基調が維持されたままです。コロナ禍で改めて、国・自治体などの住民サービスが不可欠業務であり、そのサービスの質と量の維持が住民の生命・生活に直結することが明らかになりました。住民にとって不可欠な業務担当者の労働者が、「Decent Work(人間らしい労働)」であることが必要です。不安定・劣悪待遇の非正規雇用や非正規公務員では、サービスの質を維持することはできません。
また、政府はコロナ禍によって医療現場が逼迫したことを口実に、2021年4月、従来、禁止・制限されてきた看護師の福祉施設などへの「日雇派遣」をより拡大する方向での政令改悪を強行しました。エッセンシャル・ワーカーの尊重とは真逆の人材ビジネスの利権拡大という信じ難い対応でした。※
※第52回 〔意見〕 看護師の日雇派遣容認を含む政令改正案に強く反対する(21.2.26)
対照的に、韓国では2010年代以降、国や自治体が先頭に立って、公共部門で働く非正規職の正規職転換を進めてきました。また、特殊雇用労働者について2020年以降の立法では、「労務提供者」として労働法・社会保障法適用を拡大しています。それは、特殊雇用が多い必須労働者の待遇改善と軌を一にしているのです。
自治体の労働関連政策・条例
第三に、住民の生命・生活を支える基本的サービスの維持は、国・自治体の責任です。韓国では、ソウル市をはじめ自治体が、労働政策関連の条例を作成しており、それが国全体の労働法・労働政策に大きな影響を与えています。
日本でも公契約条例を通じて労働条件の改善を図る流れがあります。韓国のソウル市は、より多くのテーマで労働者保護の政策を進め、それが全国に広がりました。ソウル市の基本的な考え方は、住民の多くが労働者であり、その生活と労働の環境改善を図ることが必要です。
欧米では、自治体が労働政策にかかわることが多く、とくにアメリカではニューヨーク市、シカゴ市、サンフランシスコ市などの自治体が、最低時給、シフト制労働規制(公正労働週法)、解雇規制(正当事由法)など多くの労働関連条例を制定し、それが全米のモデルになって広がっています。
欧米だけでなく、韓国でも、労働組合が、対使用者の団体交渉・協約締結などの運動だけでなく、議会や自治体に対して、労働関連の条例・法律制定などの取り組みを積極的に展開しています。国や自治体を通じて、労働条件の改善や労働人権の実現を求めることが、世界の労働運動の一つの動向です。日本でも、この動向を踏まえた労働者の権利や地位を向上させる条例や法律の制定などの新たな取り組みが重要な運動課題になっているのです。