東京新聞 2014年7月12日
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集団的自衛権の行使容認で、自衛官がさらに重い任務を負おうとしている。彼らも人間だ。ストレスのある所、必ず心身を病む者がいる。悩みに苦しんだ時、本人、家族はどうすればいいのか。 (三浦耕喜)
「上官からずっと外禁(外出禁止)を命じられている」「暴力のパワハラが続き死にたい」。東京都中野区の一室。軍事評論家の元自衛官小西誠さん(65)の主宰する「自衛官人権ホットライン」に今日もメールが届く。「すぐ心療内科で受診を」「退職手続きは部隊に戻らなくてもできる」。アドバイスは千差万別だ。
自衛官の悩みの深さは、自殺の多さに表れる。一九九五年度、自衛官の自殺は四十四人で、十万人当たりの自殺率では一般国民とほぼ同じだった。だが、その後、自殺は急増。二〇〇四年度には九十四人が自ら命を絶ち、自殺率は一般国民の約一・五倍になった。
自殺が増えたのは、自衛隊が海外での活動を活発化させた時期と重なる。特に、テロとの戦いを支えるため、インド洋に護衛艦を派遣した〇一年以降の急増ぶりは顕著。ピークは、イラク派遣の時期と重なる。
〇五年十一月に浜松市で自殺した三等空曹も、航空自衛隊輸送機のイラク派遣を背景に、上官からパワハラで追い詰められた。派遣準備に追われる三曹に、上官が「この忙しい時にイラクに行きやがって」などと暴言を浴びせていた。
では、悩んだ時、どこに相談すればいいのか。防衛省は専用HPで相談先を紹介する。地方の防衛局ごとに「心の相談窓口」があるほか、カウンセラーを置く基地もある。
だが、自殺の数は高止まりのまま。効果は思うように上がらない。小西さんは「自衛官の多くは基地内に住む。一般企業でもパワハラはあるが、仕事もプライベートも二十四時間、隊内の人間関係に囲まれるのが自衛官だ。悩みを相談しても、上官にそれが漏れ、ますます居づらくなる恐れもある」と指摘する。
護衛艦「さわぎり」内での自殺で息子を亡くした宮崎市の樋口のり子さん(66)も「組織内では、原因が明らかでも対処は難しい。いじめやパワハラは組織の責任が問われる。そこを避けようとするから、ますます深刻になる」と指摘する。
樋口さんも民事訴訟を起こして勝訴するまで、責任を認めようとしない国と争った。樋口さんら、自衛官の人権をめぐる裁判を経験した関係者らは、「自衛官のいのちを守る親(家族)の会」を立ち上げた。近くHPを開設し、本人や家族の相談に乗る。
樋口さんは「人間を守ることが役目なら、人間を大切にする組織となるよう、防衛省や自衛隊とも一緒になって改善していきたいというのが親としての思い。自衛官のだれもが、かけがえのないひとりなのだから」と話している。
◆オンブズマン置くドイツ 年6000件の苦情に対応
組織の内部に閉じ込められやすい兵士の悩みにどう応えるかは、人権を重んじる民主国家で共通の課題だ。ドイツでは「軍事オンブズマン」を置いて問題解決に当たっている。
軍事オンブズマンとは、軍から独立した立場で兵士の苦情を受け付け、改善を促す役職だ。ドイツでは連邦議会に置かれ、基地への抜き打ち検査も含む調査権限がある。50人の専属スタッフを抱え、年約6000件の苦情に対応する。
この取り組みもあって、ドイツ連邦軍は自殺率を国民の平均以下に抑えている。欧州では同様の制度を置く国は多い。オンブズマン制度に詳しい石村善治福岡大名誉教授は「数々の戦争を経て、欧州各国は『人間の尊厳のために軍隊は存在するのだ』と、軍隊への考え方を根本的に改めている。日本では、兵士といえども人間だという考え方がまだ薄い」と話している。