(脱・働きすぎ:2)成果主義が招く過労死 森岡孝二さん

朝日新聞 2014年10月31日

インタビューに応じる森岡孝二・関西大名誉教授(省略)

 ――過労死はなぜ増えたのですか。

 「1990年代以降、パートなどの短時間労働者が増え平均労働時間は短くなった。だが、フルタイムで働く社員に限ると、相変わらず働きすぎだ。成果主義が広がり、仕事の量と質への要求度が高まった。携帯電話などの情報ツールの普及で仕事のオンとオフの区別がつきにくくなった。こうした状況が、過労死問題の深刻化を招いた」

 「脳・心臓疾患の労災請求は、年間800件前後で高止まりしている。心の病の労災請求は若い人に深刻で、昨年度は1400件を超えた。男性正社員のうち5人に1人が、国が定めた『過労死ライン』にあたる月80時間以上の残業をしている。膨大な数の過労死予備軍がいる」

 ――「過労死等防止対策推進法」が今夏成立しました。法律の意義は。

 「過労死のない社会の実現が国家的課題であることを行政、企業、働き手個人に伝えるメッセージ効果は、非常に大きい。過労死防止法自体が働きすぎを制限するものではない。だが、法律の趣旨に沿って、残業を短くしたり休暇をとりやすくしたりする企業も増えるだろう。また、法の求める過労死の調査・研究が進めば、長時間残業の規制など労働基準法の改正につながるだろう」

 ――なぜ「働きすぎ」はなくならないのでしょう。

 「いまは労使で合意すれば、いくらでも残業できる。厚労省が示す残業の限度は月45時間、年360時間などだが、これには強制力はない。実際は月200時間超の残業が可能な協定を結ぶ会社もある。怖いのは、働き手の意識としても、長時間労働が当たり前になっていることだ。サラリーマンに『働きすぎですか』と聞いてみたい。『定時で帰れるか』を基準に答える人は少なく、多くの人が『死ぬほど働いているか』を基準に考えるだろう。労基法が定める上限は『1週40時間、1日8時間』で、それ以上働くことは特別な場合だ。この原則が形骸化している」

 ――安倍政権は、労働時間でなく成果に応じて賃金を払うとして、「残業代ゼロ」制度の導入を進めています。

 「過労死ゼロの流れに逆行する。大反対だ。成果を競わされると、もっと働かざるをえなくなる。できる人に仕事が集中する。いまでも働きすぎの人が、無制限に労働を強いられる。多くの会社員は残業代目当てではなく、要員不足で仕事が回らないから、深夜や早朝も働いている。『ダラダラ残業』が批判されるが、疲弊した社員の効率が悪いのは当然だ。効率を上げて8時間より短く働くことは、現行法でも何ら問題ない」

 ――新制度の対象は、年収1千万円以上で高い能力をもつ人などが議論されています。それでも働きすぎが悪化しますか。

 「ひとたび制度を導入すれば、もっと広い範囲に広がる恐れがある。日本では職務の区分や能力の評価基準があいまいで、企業が勝手に対象を広げてしまう可能性がある。例えば、十分な地位や権限のない人を管理監督者として扱い、残業代を払わない『名ばかり管理職』が問題になった。同様のことが起こりうる」

 「社員の同意が必要というが、会社に打診されたら、断れる社員がいるだろうか。制度が導入されたら最後、年収要件も徐々に引き下げられるだろう。経済界は引き下げたい考えだ。例えば労働者派遣法は、制定時は派遣可能な業務を一部に限っていたが、いまはほとんどの業務で派遣が認められるようになった」(牧内昇平)

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 もりおか・こうじ 関西大学名誉教授・企業社会論 過労死等防止対策推進法の制定をめざす市民団体の代表を務めた。70歳。

 ◆キーワード

 <過労死等防止対策推進法> 今年6月、超党派の議員立法として成立。過労死防止策の推進を「国の責務」と明記している。法律により政府は、具体的な防止策をまとめた大綱の閣議決定▽過労死の状況や対策の年次報告書(白書)の作成▽遺族や労使の代表による過労死等防止対策推進協議会の設置、などをすすめる。

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