(いま国政に挑む)脱ブラック、取り戻せ若者の夢

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朝日デジタル 2015年1月16日
  
■元雇われ店長 共産・吉田直義氏

 夢なんて考えてみたこともなかった。将来がどうなるかなんてわからない。くるくる回る車の上を走るハムスターのようにただひたすら働く一生。学歴もお金も手に職もない自分には、そうやって生きる以外に道はないと諦めていた――。

 2014年師走、衆院選の12日間。吉田直義(まさよし、27)は、千葉市内の選挙区を駆け回って、そんな思いや経験を語り、若者の労働環境改善を訴えた。

 ◇ ◇

 4年ほど前のこと。夜10時から翌朝11時まで週6日。千葉市内のコンビニで雇われ店長として働いていた。転がり込んだ友人宅で寝て起きて、徒歩30分の道を往復するだけの日々。たまの休日も学生バイトが休んだなんだと、呼び出されることもあった。

 夢も希望も残業代もなかった。

 オーナーに「休みをください」と言っても、「オレだってきついんだよ。勘弁してよ」とにべもない。その前に勤めた警備会社では連日朝8時から夜10時まで働かされた。「休みを」と言ったら、あっさりクビになった。

 都合よく使われて、文句を言ったらさようなら。家族も友人も地域社会も頼れない。言われるまま、お追従の笑顔を浮かべることが処世術だった。

 ◇ ◇

 「たまには遊ぼうぜ」。コンビニで働き始めて1年が経ったころ、高校時代の友人から電話があった。そのうちなと、やんわり断ったが、金がないならおごるぜ、とまた誘われた。君と遊ぶには眠る時間を削らなきゃいけないんだ。理由を話すと友人の声が曇った。

 「それ、おかしくないか」

 「やっぱりおかしいのかな?」――。いつもの道に「労働相談」の看板を見つけた。ずっとあったはずなのにこれまでは目に入らなかった。

 こわごわ訪ねると、労組が開く窓口だった。あれこれ相談してみると、仕事のこと経済的なこと、抱えている問題は法律で解決できると教えてくれた。労組の人はオーナーとの話し合いに同席してくれた。勤務時間は3時間短くなり、週2日の休日が確保された。

 無明の闇に意外なところから差し込んだ光。自分とは関係ない、遠い世界のことだと思っていた「政治」を初めて感じた時だった。

 それまで選挙も行ったことがない。憲法改正、安全保障、金融緩和、成長戦略――。言葉は何となく聞いたことはあっても、難しい話は分からない。だが労働相談をきっかけに共産党の活動に誘われ、街頭でビラをまき労働法制の学習会に参加するうちに、政治への関心が芽生えてきた。

 共産党がブラック企業対策など、自分が直面してきた問題を政治に反映させようとしていると知った。市役所に掛け合い、様々な制度を利用できるよう計らってもくれた。党は若い世代の登用も進めていた。2013年参院選で当時30歳の吉良佳子が、若者の雇用問題を公約に掲げ当選した。

 マルクスが誰か、共産主義がどんな主義か知らなくても、夢を描けず生きる若者の労働時間を3時間短くすることもまた、政治の役割じゃないのか。自分も政治に関わる仕事をしたいと思うようになっていた。

 ◇ ◇

 「私、吉田直義は、苦しむ青年の生活を改善するため、またとないチャンスと思い、立候補しました」

 衆院選公示の昨年12月2日。JR千葉駅近くの公園で第一声をあげた。党に入り、志願の立候補だった。初冬の千葉の街に、回し車でもがいていたあの日の自分がいるような気がした。

 演説を聴いてほしい。政治を頼ってほしい。「持たざる者」だって希望ぐらい持ってもいいんだよ。あの日の自分に届け、と声を張った。

 共産党の地元市議団事務局に職も得た。再び選挙にチャレンジするかは分からない。「でも過酷な労働環境に甘んじている人々を救おうという訴えは、続けたい」と吉田は言う。

 託された1万8182票。どこかで耳を傾けてくれた人もいた。そう考えると、たとえ最下位でもとても重い数字に思えるからだ。=敬称略(秋山惣一郎)

■極めて今日的な社会と政治のお話

 聞けば、吉田さんのコンビニ店長時代の月給は18万円あったという。時給換算すればかなりの低賃金ではあるが、生活できない額ではない。13時間を週6日の労働時間も、長いには長いが、寝る時間もないというほどでもない。夢や希望がないだけでオレの人生こんなものと思い定めれば、涙も出なかったそうだ。

 新聞の社会面に載るような悲惨極まる物語はないので、もしかしたら、世間一般は、吉田さんの苦境をさして驚かずに受け止めるかもしれない。逆に驚かないってことは普通ってこと。普通ってことはたくさんいるってことだ。

 ならば、なぜ政治はこぞって手を伸べないのだろうか。それは何も政治は弱者に寄り添え、などという話では必ずしもない。大金持ちも吉田さんも選挙で与えられるのは平等に1票。吉田さんのような人たちが「普通」で、今後はさらに階層としての厚みを増していくと見込めるのなら、政治的に糾合、動員して一定の政治勢力を形成しよう、と戦略的に党勢拡大を図る政党が続々と出てきてもよさそうなものなのだが。

 吉田さんのケースは、無学な若者が政治を通じて自己を回復していく物語である。同時に、格差社会における役割に自覚的だった共産党が先月の衆院選で躍進した、という当たり前のようでいて、実は極めて今日的な社会と政治のお話としても読み解けると思う。

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