業界の「ホワイト化」で疲弊する運送会社とトラックドライバー、一体何が問題なのか (11/1)

業界の「ホワイト化」で疲弊する運送会社とトラックドライバー、一体何が問題なのか
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191101-00037160-biz_plus-bus_all&p=2
2019/11/1(金) 7:10配信

〔写真〕運送の現場は「コンプライアンス順守」に苦悩している(Photo/Getty Images)

 働き方改革関連法が施行されるなど、現在、社会全体がコンプライアンスを重視し、いわゆる「ホワイト企業」となるべく、大きくかじを切っている。しかし、現場では、コンプライアンスを順守することによってさまざまな問題や課題が生まれ始めている。運送業界も然(しか)り。筆者が現場で聞いた例を交えながら、運送業界におけるコンプライアンス推進が巻き起こす課題を考えよう。

【詳細な図や写真】トラックドライバーの労働時間等のルールの概要(出典:国土交通省)

●長距離運行を止めた運送会社の部長の一言

 筆者が訪れたある物流会社では「自社車両による長距離運行を止めた」という。

 車両台数100台強、社員数500名程度のその会社はそれまで、東名阪自動車道の幹線輸送(大量輸送)を行っていたが、静岡県などに複数の営業所を設けて中継輸送を行うことにしたのだという。1人のドライバーが複数日に渡ってトラックを運行し続ける長距離輸送を取りやめたのだ。

 「素晴らしい!」と称賛する筆者に対し、同社の部長は、苦虫をかみつぶした表情で言った。

「褒められたものじゃないですよ。ドライバーがコンプライアンスを守れないから、渋々長距離運行を止めただけですから」

●ドライバーを守るためのルールが逆にドライバーを苦しめる

 この部長の言葉を理解してもらうには、まずトラックによる貨物輸送におけるコンプライアンスの内容を説明する必要がある。

 労働者は、8時間の労働時間中に、1時間の休憩時間を取る必要がある。これは、労働基準法に定められている。

 しかしトラックドライバーにはたとえば以下のように、より厳しいコンプライアンスが存在する。

・4時間運転したら、30分の休憩を取得しなければならない。
・原則、1日の運転時間は9時間以内。
・前日の出勤から翌日の出勤には、8時間以上の休息が必要。

 •こういったドライバー特有のコンプライアンスは、労働基準法ではなく、貨物自動車運送事業法を始めとする関連法律で定められている。実際にはもっと複雑なルールが定められているのだが、ここでは代表的なものだけを紹介する。

 これで何が問題となるか。小田原市内から名古屋市内までの長距離運行の例で考えてみよう。小田原市内から名古屋市内までの距離は、約290km。トラックで運行するとなると、片道4時間弱だ。名古屋〜小田原は、ギリギリ1日で往復できるかできないかの距離である。しかし、途中渋滞等が発生すると、1日9時間の運転時間制限を超えてしまう。

「あと小一時間も走れば、もう帰宅できるのに……」

 そう思いながらもドライバーは、足柄SA(静岡県御殿場市)などでその日の運行を止め、8時間以上の休息を取った上で、翌日帰宅しなければならない。これがトラックドライバーに課されたコンプライアンスなのだ(注1)。

「うっかりしていました」

 ホントかウソかは分からないが、そう言って当日中に帰宅してしまうドライバーもいる。狭いトラックの車内ではなく、自宅の布団で眠りたい、早く仕事から開放されたいというドライバーの心中は察して余りある。

 ここまで極端な例ではないが、4時間ごとに取らなければならない休憩を無視して走り続けるドライバーも中にはいる。

 「コンプライアンスを守れないから」と嘆く言葉には、法律や会社の指示に背きコンプライアンス違反をしてしまうドライバー、その行動を苦々しく思いながらも心情をおもんぱかるとコンプライアンス順守を強くドライバーに迫りにくい会社、というジレンマが存在する。

注1:運行計画の立て方や運用などで本問題を避ける方法がゼロではない。

●夜間点呼に苦しめられる運送会社社長の例

 トラックドライバーや、タクシー運転手、バス運転手などのプロドライバーには乗務前後に点呼が義務付けられている。点呼は、ドライバーが安全に運行ができる状態であることを確認するための大事なルールだ。

 私が知る某運送会社は、車両台数が20台ほど。社長が配車や営業、点呼を担当し、奥さまが役員として経理を担当する、典型的な家族経営型中小企業である。

 社長は午前11時ごろに出勤し翌日午前3時〜5時ごろまで勤務している。異常な長時間勤務を行っているのは、業務量が多いこともあるが、一番の理由は点呼である。同社では午前2時〜4時ごろにドライバーたちが出勤してくる。社長は点呼を行うため翌日の朝方まで在社しているのだ。

 出発時の点呼を行う人を雇えば良いのだが、同社の売上を考えるとそんな余裕はない。採用募集を行ったこともあったが、同社のような家族経営の中小企業に、しかも深夜勤務の条件では応募してくる人はいなかった。

「ホントのことを言えば、以前は乗務前点呼を行っていませんでした。しかし、これだけコンプライアンスが厳しくなるとねぇ……」

 2012年、関越自動車道で発生した高速ツアーバスの事故は、死者7人、重軽傷者39人という悲劇的なものであった。バス会社では、点呼の未実施など、複数のコンプライアンス違反が発覚し、これが翌2013年に行われた自動車運送事業の監査方針、行政処分基準等の抜本的な見直しにつながった。たとえば、恒常的な点呼未実施は「即時30日間の事業停止」となる。

 コンプライアンスは厳しくなる。しかし、コンプライアンスを守るための人員補強をする経済的な余裕はない。

「深夜に点呼を行う人が雇えないわけですから、私が頑張るしかないですよ」

 苦笑いをしつつ、社長はこのように語った後、ポツリと本音を漏らした。

「身体はきついですよ。いつまで続けられるものか……」

●ロボットやトラック隊列走行は現状を変えられるか

 典型的な労働集約型産業である運送業界においては、生産性を高めるための検討や研究が、官民双方で行われている。

 トラック隊列走行は、その1つだ。これは、手動運転される先導トラックを誘導役として、後続する複数のトラックと通信を行いながら、比較的短い車間で連なる隊列走行を実現する試みである。後続トラックを無人誘導できれば、1人のドライバーが複数のトラックを誘導でき、ドライバー1人あたりの生産性は飛躍的に向上する。

 点呼に関しては、ロボット点呼の実現が期待されている。点呼は有資格者が対面点呼で行うことが基本だが、ロボット代替できるようになれば、運送会社の負担を減らすことができる。

 今年3月、経団連は内閣府に対し136項目の規制改革要望を出した。ロボット点呼はその要望に含まれている。

提案の具体的内容

 貨物自動車運行管理の点呼について、対面ではなくロボットおよび、それに準ずる機器によって実施することを容認すべきである。

提案理由(抜粋)

(前略)近年、貨物自動車運送業界の労働不足や働き方改革に伴う労働時間の削減等により、深夜や早朝の対面点呼は一層困難となっている。
安全面を担保しつつ点呼業務の生産性向上を図る手段としてロボットを活用した点呼の実施が考えられるが、現行の貨物自動車運送事業輸送安全規則ではロボットによる点呼が想定されていないため、実業務での活用を進めることができない。
点呼業務と点呼内容の記録をロボットで代替できるようになれば、人手不足が深刻化するなかでも着実かつ効率的に点呼業務を実施できるようになり、貨物自動車運送業者の業務の安全性と生産性の向上が期待できる。

(2019年3月19日発表「2018年度経団連規則改革要望」より抜粋)

 ほかにも、ドローン物流なども、期待される技術の1つであろう。しかしこういった技術革新には時間がかかる。ロボット点呼については、比較的早い時期に実現する可能性もあるという業界情報もあるが、隊列走行やドローン物流が商業ベースに乗るまでにはまだ数年は必要であろう。

 コンプライアンス順守に苦しむ運送会社に対し技術革新による解決を望むのは、まだまだ難しい。

●まだまだ不平等な「コンプライアンス順守」問題

 現在、業界全体が苦しんでいるのは、“出発地点”の問題もあるだろう。もともとコンプライアンスを軽視してきた業界であるため、今になってコンプライアンス順守を守ろうとすれば、当然余計に手間とコストがかかる。これまでコンプライアンスを軽視してきたツケが今、運送業界を苦しめている。

 コンプライアンス順守にかかるコストも課題である。コンプライアンスを守るためには金がかかる。しかし運送会社の収益性は決して高くない。全日本トラック協会では、会員である運送会社の決算内容を集計した「経営分析報告書」を発表している。最新の統計(平成29年度版)では、営業損益段階で黒字の運送会社は、半分にとどまると報告されている。

 誤解のないように言っておくが、筆者はコンプライアンスを守らない運送会社を擁護するつもりはない。ただ、規制強化や厳罰化など求められるコンプライアンスの水準が先行して上昇する一方で、コンプライアンス順守を行うために必要な運送業界の構造改善や収益改善、生産性向上などが後手に回っている現状は、不平等ではないか。

「荷主からは、いまだ無理な要求がされるケースもありますよ。コンプライアンスすれすれの運行を求められる長距離便とかね。そういう仕事は……自社で走らず下請けに流しています。グレーな運行をしている運送会社は、まだまだありますから」

 これは、冒頭に挙げた「長距離運行を辞めた運送会社」から聞いた話である。

 運送業界がコンプライアンス順守に苦しむのは、あしき習慣が残る業界体質が最大の原因であろう。

 荷主も含め、運送業界に関わるすべての関係各所が本気でコンプライアンス順守を望まなければ、この業界がコンプライアンスを順守できるようになることはない。

 運送業界の自助努力だけでコンプライアンスを実現するのは難しい。

物流・ITライター 坂田 良平

 

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