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  • 「森岡孝二先生を追悼するつどい」 多くの方々に...(2019/02/26)

     「森岡孝二の描いた未来 ――私たちは何を引き継ぐか

    森岡孝二先生を追悼するつどい」は、2019年2月23日に行われ、
    338名の方々にご参加いただきました。
     
     
     
      
     
     
     
    ※開会あいさつ 青木圭介(京都橘大学名誉教授) 文章PDF
     
    森岡孝二追悼の集い「開会のあいさつ」   青木圭介(京都橘大学名誉教授)
     
    森岡さんは、慢性心不全という持病が急に悪化して、昨年8月1日に亡くなりました。かかりつけの医師は、「人工弁の入った状態でよく動いてきた」と家族に言われたそうです。これを聞いた時、私は何とも言えない気持ちになったことを覚えています。
     1985年に 在外研究中の森岡さんは心臓血栓で倒れ、ロンドンの病院に緊急搬送され、帰国してから、大阪の循環器病センターで、人工弁を入れていました。しかし、森岡さんは、日常はたいそうお元気で、研究に教育に活動に精力的にとりくんでいて、医師に「病を押して、30年以上の間、よく頑張った」と言われるような状態だったとは、思っていませんでした。
     
     森岡さんは経済学者、すぐれたマルクス経済学者でした。当時は「独占資本主義論の森岡」と呼ぶ人があるほど、切れ味鋭い研究を発表しています。その主な舞台であった経済理論学会、この学会は伝統のある大きな学会ですが、のちに森岡さんは その代表幹事を務めています。
     
     1980年代後半からは、日本資本主義の宿痾ともいえる労働時間の問題に取り組み、男は残業、女はパート という労働時間の性別二極分化、この日本資本主義の構造を分析し、批判しました。森岡さんの労働時間研究は、「過労死110番」、1988年にはじめられたこの運動と、それを担ってきた松丸弁護士や川人弁護士の経済学に対する批判、「経済学者は賃金のことばかりやって、過労死の温床となっているサービス残業や異常に長い労働時間について、なぜ研究しないのか」という批判に、こたえるものに発展していきました。
     
     さて、話すべきことはここからです。
     
     2014年に関西大学を退職した時、森岡さんは 「私は社会運動家になる」と宣言しました。森岡さんはもともと社会運動家だったと思います。京大で指導を受けた、島恭彦先生は自治体問題研究所を設立されましたし、池上惇先生は基礎経済科学研究所を立ち上げられました。いずれも、すぐれた学者であると同時に、時代を切り開く社会運動家でありました。森岡さんは、大学紛争という激動の中で、まだ大学院生の時代だったと思いますが、「経済学研究のあり方と民主主義的共同研究体制」という論文を発表し、「大学における研究集団と、生活苦からの解放のために理論を求める民衆との結合は、常に新しい問題を提起し、より創造的な科学の展開を生み出すであろう」と書いていました。こうして森岡さんは、基礎研という社会運動を引っ張り、大阪第三学科という研究会を中心に、「働きつつ学ぶ」労働者研究者を育てる運動に取り組みました。
     森岡さんが退職にあたって「社会運動家になる」と言ったのは、次のような意味を込めていたのではないかと思います。近年、労働運動や政治運動のような旧来からある運動ではなく、「新しい社会運動」ということが言われるようになりました。環境、女性、新しい貧困、格差、身分社会化、過労死、それにサステナビリティやディーセントワークなど、時代の必要から始まった社会運動を強く意識して、森岡さんは「新しい社会運動」と呼んでいました
     その社会運動のネットワークの結び目として、現在の「NPO法人 働き方ASU−NET」を結成しました。ASU−NETのASU エー、エス、ユーは、Activist活動家、Support支援、Union共同という意味だ ということです。事務局の川西さんは、明日のためのネットワーク、アス、我々のためのネットワーク という意味も込めていた、と書いています。
     
    それからまた、多くの方に寄稿いただきました、本日の記念誌を見てもわかるのですが、大阪生活と健康を守る会の大口さんや 損保の松浦さんのように、講演活動で接触した方々が、森岡さんの笑顔に引き込まれるかのように、それからも 交流を続けられるというようなことも多かったようです。私は、新しい社会運動の活動家は、笑顔の優しい人がふさわしいと思ってきました。
     
     話を戻しますが、労働時間問題の研究に取り組むとともに、過労死弁護団や過労死家族の会と共に歩み、過労死防止学会、それから過労死防止法の制定 のための運動をすすめました。また、1996年に株主オンブズマンが設立されると、森岡さんはその代表に就任しました。新聞では「大学教授が社長になった」と書かれ、オンブズマンの活動が発展するとともに、代表の森岡さんが紙面を飾ることも多くなりました。
     
     森岡さんは、「劇団きずがわ」の公演で、過労死された平岡さんの役で出演する時も、株主オンブズマンの代表を頼まれた時も、「私は演劇をやっていたので、舞台で踊るのは慣れています」と言って、二つ返事で引き受けました。文化人類学の梅棹忠夫は「請われれば一差し舞える人物になれ」という言葉を残しています。自分にできるところで 責任を担うとともに、もしリーダーに推されたときは、いつでも「立って一曲舞える」よう、日頃から用意をしておけ、というのです。森岡さんは、まさに「請われれば一差し舞える」リーダーシップを持った人であったと思います。
     
     この集いは、「森岡孝二の描いた未来〜 私たちは何を引き継ぐか〜」という名称にしました。新しい社会運動、その活動家たちを支えあう、共同のネットワークの発展 を掲げ、自ら先頭に立って ネットワークを広げてきた、森岡さんの 思想と活動を引き継ぐ、新たな出発点となる集会にしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
     
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  • 過労死防止、問われる実効力 違法残業企業の社名...(2018/07/19)

    2018年7月16日  https://digital.asahi.com/articles/DA3S13588664.html

     

     社員に違法な長時間労働をさせた企業の社名を公表する制度が、十分に機能していない。過労死を防ぐ狙いで厚生労働省が導入し、適用数が少なかったために昨年1月から公表対象を拡大したにもかかわらず、その後の適用がわずか1社にとどまっている。識者は「適用の基準を下げるべきだ」と話す。

     

     厚労省は以前から、労働基準法違反などを繰り返す悪質な業者は書類送検し、社名を公表してきた。長時間労働に関する送検は年100件ほどだが、長時間労働のはびこる状況が改善されないため、厚労省は2015年5月、送検前の是正勧告段階でも社名を公表できる仕組みを導入した。

     ただ、「10人以上の社員に月100時間超の違法残業が、1年間に3事業場で見つかった場合」などと適用要件が厳しかったため、社名公表は導入後約1年半で、わずか1件にとどまった。

     その後、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)の過労自殺が認定され、過労死問題への社会の関心が高まった。これを受け、政府が過労死防止の緊急対策の一つとして、17年1月に社名公表の要件を緩和した。

     現制度での基準は、三つの違反が重なって初めて社名公表になる。このため、「3アウトルール」とも呼ばれている。

     まず、(1)10人以上の社員に月80時間を超える違法残業をさせた(2)月80時間超の違法残業によって社員が過労死や過労自殺(未遂を含む)などで労災認定された――のどちらかの違反をした事業場が1年間に2カ所で発覚し、「2アウト」になった企業について、労働基準監督署長が労務担当者を呼び出して指導する。

     その後の立ち入り調査でも違法な長時間労働があれば「3アウト」で社名公表する。月80時間超の違法残業による過労死・過労自殺が2カ所であった時など、「2アウト」で公表する特別ルールもある。ただ、公表する中身は、社名やどれほどの違法残業があったかだけで、過労死があったかどうかは公表しない。

     厚労省によると、16年度に月80時間以上の残業をして労災認定されたのは、過労死・過労自殺(未遂を含む)した152人を含めて415人で、月80時間超の違法残業による是正勧告は7890件あった。制度に当てはめて公表対象が何件になるかの統計はないが、厚労省はルールの見直しで対象はある程度は増えると見込んでいた。

     それにもかかわらず、公表は昨年9月、4事業所のトラック運転手84人に月80時間超の違法残業をさせたとする名古屋市の運送会社についての1件にとどまっている。厚労省幹部は「10人以上というハードルが高い」と話すが、現状で制度を見直す予定はないという。

     過労死問題に詳しい森岡孝二・関西大名誉教授は、「企業側に配慮した制度と言わざるを得ない。公表数が増えないのも当然だ」と語る。10人以上という要件の厳しさに加え、呼び出し指導後の再調査で違反が見つからなければ、公表されないことを問題視する。

     そして、「悪質な企業を除けば、労基署長の指導を受けたらいったんは改善する。これだけ過労死が社会問題になっているのだから過労死があれば社名を公表すべきだし、それができなくても2アウトで公表するなどもっと基準を下げるべきだ」と指摘する。

     

     ■野村不動産の「指導」、異例の発表

     公表が1件にとどまる一方で、制度によらずに社名を公表する事例もあった。労働時間規制を緩める裁量労働制を全社的に違法適用していたとして、東京労働局が昨年12月末に野村不動産へおこなった「特別指導」だ。

     特別指導は過去に、高橋まつりさんが過労自殺した電通だけで、発表した例に限れば前例がなかった。記者会見した当時の東京労働局長は「(同社の不正を)放置することが全国的な順法状況に重大な影響を及ぼすため」と理由を説明し、自身の判断で特別指導をしたことも明かした。

     ただ、特別指導のきっかけが社員の過労自殺だったことが後に明らかになり、野党は、国会で審議中だった働き方改革関連法案を通すための指導だったのではと疑問視。「過労死の事実を隠して恣意(しい)的に公表した」と批判した。現役の労働基準監督官からは「労働局長の判断一つで社名を公表できるのなら、わざわざ公表制度をつくった意味が薄れる」との声も出ている。

     (贄川俊)

     

  • 【働き方改革法成立】 「本当に残業は減るのか」...(2018/07/01)
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