役所の無責任・非効率に憤る30歳公務員の嘆き (10/14)

役所の無責任・非効率に憤る30歳公務員の嘆き
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2019/10/14(月) 5:30配信東洋経済オンライン

役所の無責任・非効率に憤る30歳公務員の嘆き

市役所勤めといっても、長時間労働や改善されることない業務の非効率などが横行し、過酷な労働環境に憤りを感じているという藤田正樹さん(筆者撮影)
孤独死やうつ病、リストラなど中年を取り巻く問題はメディアでも毎週のように取り沙汰される。しかし、苦しいのは中年だけじゃない。10代、20代の死因の最たるものが自殺である事実が示すように、「生きづらさ」を抱えているのは若い世代も同じだ。本連載ではライターの吉川ばんびが、現代の若者を悩ます「生きづらさの正体」について迫る。

 「とにかく人手が足りません。給与が安いので人が集まらないですし、ただでさえ人員が少ないのに、作業効率の悪い働き方が常態化しているんです」

 地方公務員の藤田正樹さん(仮名・30歳)は、自身の職場環境について苦言を呈した。

 藤田さんは大学院を卒業後、正規職員の技術採用枠で市役所へ入所。その後、部署異動もないまま今年で3年目を迎えた。現在の主な仕事内容は、「厚労省が提示した条件」に該当する特定の家庭や事業所へ訪問し、住民の任意のもとにインフラ設備の改修工事を行うことだ。費用はすべて公共料金で賄われるので、住民が負担することはない。

 とはいえ、改修工事の際には住民に立ち会ってもらう必要があり、一時的にライフラインが使えなくなることから、住民からの反発もしばしばあるという。また、改修工事には強制力はなく、該当の住居一軒一軒に事情を説明して同意を得るのは、かなり地道で骨が折れる作業だ。

■役所でも「不正打刻」が蔓延

 忙しい時期だと、22時頃までの残業が2〜3カ月続くこともある。基本的に、担当しているエリアの業務はすべて1人で行うことになっているという。慢性的な人員不足により、それぞれが「自分にしかわからない仕事」を膨大に抱えているためだ。

 属人的な業務がほとんどなので、部署内で仕事をまんべんなく分担しようにも、引き継ぎをする時間も、コストも足りない。業務の効率化うんぬんよりも、とにかく今ある仕事をさばくために、手を動かし続けるしかないのだ。

 藤田さん曰(いわ)く「残業は22時まで」というのは、実は表向きの決まりであるそうだ。22時以降になると給与形態が切り替わるため、タイムカードは必ずそれまでに打刻するよう、上から指示されているのだという。

 定時にタイムカードを押した後にサービス残業をさせる「不正打刻」は、民間企業でも広く横行している問題だ。私自身、会社員時代に残業時間の調整のため、不正打刻を強要された経験がある。けれども、行政機関でも同じようなことが堂々と行われているというのは、少々意外であった。

 「実際は、何時頃まで残業をしていたのですか」と聞くと、藤田さんは「いやあ、23時頃には退勤してましたし、終電を逃すようなことはありませんでしたから。激務の会社に勤めている友人たちに比べると、大したことないです」と笑った。それから、「でも」とこう付け加えた。

 「1人きりで毎日遅くまで残業していた時期は、いろいろ思うことはありました。比較的早い時間に帰れるのが、公務員の魅力だと思っていたので……」

■まるでサウナ…真夏の過酷な労働環境

 藤田さんは謙遜していたが、一般的に、繁忙期とはいえ22時や23時までの残業が連日、しかも数カ月にわたって続くのは、決して「健全な労働環境」だと言えないだろう。実際、中には無理がたたって精神を病んでしまう人もいたという。担当している案件で何か問題が起これば、責任が自分1人に降りかかる分、プレッシャーもかなり大きい。

 公的組織の性質なのか、とにかく責任の所在を事前に明らかにしたがる傾向にある。何かするためには、いちいち書面にサインをして「誰がOKを出した、誰が発議した」と証拠を残さなければならない。万が一不都合や問題が発生した際は、書面に名前が書かれている人間が責任を負う、というわけだ。

 定時の17時半になると、サーバールームを除く市役所の全館で、空調設備の電源が自動的に落とされる。職員が自由に操作できるものではないため、とくに真夏は、まるでサウナのような室内での作業を余儀なくされている。

 例外的に、気温が35℃を上回ったときだけ冷房の使用が許可されるが、「35℃を超えた時点」でしか申請ができないシステムとなっており、なおかつ許可が下りるまでタイムラグがあるので、すぐに冷房が使えるわけではない。申請から2〜3時間経って、ようやく冷房がオンになるということも多い。当然、そんな過酷な環境下では、残業中に熱中症で倒れる人も続出する。

 藤田さんは「これが大活躍してます」と、私に電池式のミニ扇風機を見せてくれた。ないよりはマシ、なのかもしれないが、室温が高い中でミニ扇風機を使用しても生ぬるい風に当たることしかできず、きっと気休め程度にしかならないだろう。

 保冷剤を扇風機に取り付けて空気を冷やすという手も思いついたが、そもそも保冷剤を冷やしておける設備もないので、これは使えなさそうだ。職員がこのような環境で働かざるをえない背景には、「厳しい市民の目」があった。

 市役所などの行政機関には、市民から「どこにいくら税金が使われているのか」を問われた際に、開示する義務がある。電気代1つを取っても「今月は電気を○Kw(キロワット)使用した」と説明する必要があるため、市民に「税金の無駄遣いだ」と言われかねない使い方はできない。だからこそ、上層部は残業時に空調設備を使用することを嫌がるというわけだ。

■「俺たちが払っている税金で…」

 そこまでしなくても、と思うが、実際にこうしたクレームを入れる市民は存在するようだ。

 藤田さんは「年齢で人をくくることはできないと思うのですが」と前置きをしたうえで、「俺たちが払っている税金で……」という内容の苦情は40代以上の人から寄せられることが圧倒的に多い、と話した。

 藤田さんは業務上、窓口ではなく訪問先での対応がほとんどであるため、作業中に「どうせ涼しいところで仕事しているんだろう」「大した仕事してないくせに」などといった言葉を投げかけられることも多い。どんなに腹が立っても、怒ることはできない。

 ときに、「藤田さん個人」に向けた攻撃を受けることもある。感情を殺して笑顔で対応するようにしているが、藤田さんの左手の結婚指輪を見た市民から「お前みたいなやつが結婚しているのか」と罵声を浴びせられたことは、今でも傷になって心の中に残っているという。

 また、外回りをしている際は作業着に市役所の紋章が入ったバッジを身に着けているので、職員たちはつねに市民の目を気にしなくてはならない。移動中、自動販売機で飲み物を買っただけで、市役所にクレームの電話が入る。昼休憩中に飲食店に入るなんて、もってのほかだ。

 どうしても外で昼食をとらなければならないときは、コンビニで人目を気にしながら、急いで買い物を済ませる。それ以外は、コンビニにもほとんど立ち寄ることはできない。上司からは「市民の目に付くような行動は慎んでほしい」と言われるだけだったという。

 「おそらく、そういう人たちの中では『公務員像』が歪んでいるんだと思います。僕たちにも国民の義務があるので、みなさんと同じように働いて、税金を納めています。僕たちだって生きている人間なのに、この仕事に就いてから、そう思わない人たちもたくさんいるんだと知りました」

 終始、穏やかでやわらかかった藤田さんの口調が、このとき一瞬だけ、少しだけ強くなったように思った。

■公務員の働き方は「ぬるま湯」

 一方で、藤田さんは公務員の働き方については「ぬるま湯にどっぷり浸かっているようなもので、生産的でない人が多いと感じる。効率化を促すために制度を変えていくべきだ」と厳しく指摘する。

 公務員が「安定している職業」だと言われるのは、平たく言えば、リストラされる心配がないためだ。死に物狂いで働いても、何もしなかったとしても給料は変わらず、よほどの問題を起こさないかぎり懲戒処分になることはない。組織が潰れる心配もなく、目標も設定されないため、職員のモチベーションにはばらつきがあるという。

 「行政はとにかく変化を嫌うので、いまだに書面やハンコ文化に依存しています。せめて、役所内の仕事をスムーズにするためにシステムを導入してくれれば、業務量は圧倒的に減るはずなんですが……」

 新たなシステムを導入すれば仕事が効率化するかもしれないが、自治体の「収入」が増えるわけではない。そのため、上としては変革に対して後ろ向きで、予算をかけたがらないのが現実だ。

 また、短いスパンで突然人事異動が行われるので、システムを理解している担当者がまったく違う場所に異動になれば、引き継ぎができない可能性もある。行政がいつまでも非生産的で古い慣習を若者たちに押し付け続けるのには、こうした事情があるようだ。

■なぜ「非生産的な体制」が続く? 

 公務員・会社員を問わず、当たり前のように受け継がれている業務内容に対して「無駄が多すぎる」と感じている若者は決して少なくないだろう。日本は今、少子高齢化の一途をたどっている。長時間労働が社会問題になる一方で、労働生産性は非常に低く、G7では1970年から現在まで48年連続で最下位を維持しているのだ(公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2018」)。

 今回取材を受けてくれた理由について、藤田さんは「これから新卒で入ってくる人には、僕たちと同じような思いをしてほしくないんです」と話してくれた。

 組織の体制が変わることに不安を覚える人や、異論を唱える人は多い。「これまで自分たちが組織を作り上げてきた方法は間違っていない」という自負はもちろん、体制を変えたことで起こるかもしれない問題に対して、誰も責任を取りたくないのだ。

 しかし、こうした上層部の「見て見ぬふり」は必ず組織の下層部、つまり若者たちにしわ寄せが行く。藤田さんのように、しわ寄せをくらった若者から「効率化」を目指す声が上がり始めるいま、非生産的な体制に依存する組織は、次第に淘汰されていくのではないか。

吉川 ばんび :フリーライター
 

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