河合薫さん 「3年で30万人」は絵空事か 就職氷河期世代の雇用対策に欠けた、深刻な視点 (11/22)

「3年で30万人」は絵空事か 就職氷河期世代の雇用対策に欠けた、深刻な視点
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2019/11/22(金) 8:00配信ITmedia ビジネスオンライン

「3年で30万人」は絵空事か 就職氷河期世代の雇用対策に欠けた、深刻な視点
就職氷河期世代の厳しい状況は変わるのか(写真提供:ゲッティイメージズ)

 年齢は40〜45歳。いずれも大卒以上で、うち2人は無職。1人は非正規雇用で、職歴は多い人で7つもの会社を経験していた――。

 実はこれ、兵庫県宝塚市が「就職氷河期世代」を対象に実施した正規事務職員採用に合格した男女各2人のプロフィールです。

 全国初となった宝塚市の氷河期世代に特化した採用には、3人の枠に1635人が受験し、倍率は545倍にまで跳ね上がりました。40代前半といえば働き盛りの年齢なのに、時代が悪かったというだけでこんなにも厳しい状況に追い込まれてしまうのか。皮肉にも政府が氷河期世代の支援に乗り出したことで、より鮮明にその不遇さが浮き彫りになってしまったのです。

 それまで無視し続けてきた氷河期世代に対し、安倍晋三首相が突然、国を挙げて支援に取り組むと発表したのは半年前です。「氷河期世代に能力開発を!」「氷河期世代を正社員に!」とまるで氷河期世代の人たちの能力が低いかのような言葉を並べ立て、あげくの果てに「人生再設計第一世代」などというネーミングを掲げました。

 あらためて言うまでもなく、氷河期世代をつくったのは「企業」です。企業が景気が悪いことを理由に採用を抑え、「契約だったらいいよ」と非正規社員を増やしました。ならば、まずは企業が率先して、自分の会社の氷河期世代の非正規社員を正社員にすればいい。無業状態の人についても、企業が“研修生”として雇い入れて教育し、正社員にすればいい。会社の中に「居場所」ができれば、安心して企業が求める能力開発に取り組めるだろうし、自分に投資してくれた企業が「正社員」として受け入れてくれれば、今まで不遇な扱いを受けてきただけに、「よし、もうひと踏ん張りしてみよう!」と彼らも最後の力を振り絞り一生懸命働くことが期待できるはずです。

 ところがなぜか、そういった議論には一向になりません。

 今回の宝塚市の採用も、政府が全国の都道府県に通達したことでスタートしています。政府は就職氷河期世代の正規雇用を3年間で30万人増やすとしているのに、どうするのでしょうか。1635人が受験し、1631人は不合格です。

「不合格通知」をもらい続けている、就職氷河期世代
氷河期世代は「不合格」通知をもらい続けている世代です。

 内定をもらうために日々奔走し、「内定もらえない人=負け組」という世間の冷たいまなざしに自信喪失し、運良く内定をもらえても契約社員。その後も、「中年フリーター」だの「中年パラサイト」だの「中年の引きこもり」だのとレッテルを貼られ続けてきました。

 以前、フィールドインタビューさせていただいた男性は、6年間非正規採用で転々と中学校の教職を渡り歩き、30歳前で教師を諦めました。その後、中小企業に正社員として入社したのですが、リーマンショック後、業務縮小で大幅なリストラが実施され、職を失いました。

 そんな“氷河”並みの冷たい風にさらされている彼らが、本当に正社員として「3年間で30万人」も雇用されるのか。どうやってそんなにも多くの人たちを救えるのか。現在のところ、

・就職氷河期世代の就労を支援するため、Twitter公式アカウントや専用サイトを新たに開設
・就職氷河期世代の就労支援を強化するため、東京労働局は、都内の2つのハローワークに独自の専用窓口を設置することを決定
・就職氷河期世代の正規雇用を増やすため、厚生労働省が特例として、ハローワークでこの世代に限定した求人を認めたところ、1カ月余りで377件の求人が寄せられた

 といった“動き”は報じられていますが、これでどうやって30万人もの人を正社員にするのか? 「3年で30万人」という数字が“絵に描いた餅”に見えて仕方がないのです。

3人に1人が相対的貧困 「低収入」が最大の問題
そもそも、氷河期世代の最大の問題は「低収入」です。非正規雇用が多いため賃金が低く、他の年代と比べて相対的貧困率が高い。具体的には、若年非正規労働者(25〜34歳)の相対的貧困率が23.3%と5人に1人であるのに対し、氷河期世代の男性(35〜44歳)では3人に1人と多くなります(31.5%)。若年層の7割で「親」が家計維持者であるのに対し、この年齢層は「自分」が“一家の主”になるケースが多いため世帯収入が減り、貧困率が高くなってしまうのです(労働政策研究・研修機構「壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究」)。

 非正規であるがゆえに、次の会社に移っていく合間も、常に経済的不安が付きまといます。

 正社員は雇用保険・健康保険・厚生年金の加入率が99%超となっていますが、非正規では雇用保険65.2%、健康保険52.8%、厚生年金51.0%(出典:日本生命)。失業期間中の生活保障がされていません。

 その結果、何が起こっているか? 正社員になるための資格取得や、少しでも賃金の高い非正規の専門職になるために自己啓発する「カネ」というリソースの欠損です。

 実際、雇用保険に未加入あるいは受給経験がない非正規の人は、加入あるいは受給経験のある非正規よりも正規雇用への移行確率が低くなっていることが全国調査で確かめられています(「非正規雇用から正規雇用への移行要因 ―『全国就業実態パネル調査』を用いた分析―」高橋勇介)。

 もちろんこの調査は、正規雇用に転職できた人の要因を分析しただけで、「転職するのに自己啓発に取り組んだか?」「転職するのに資格を取得するなどしたか?」を直接的に聞いたものではありません。

 しかしながら、自己啓発に「カネ」は必要不可欠ですし、生活の基盤も担保されない状況で、どうやって「再チャレンジ」に投資すればいいのでしょうか? 役場や企業が公募する狭き門を突破する努力をしたくても、努力する環境にないのが氷河期世代問題の本質なのです。

労働力の2割を占める氷河期世代
念のため断っておきますが、私は国の氷河期世代の支援に反対しているわけでありません。遅きに失した感はありありですが、何もしないよりもやった方がいいし、一人でも多くの人たちが自信を取り戻してくれたらいいと心から願っています。

 とはいえ、今のやり方がベストとは到底思えない。もっと他のやり方もあるんじゃないか、と。全国の企業に氷河期世代の正社員化を義務付けたり、賃金を上げることを徹底させたり、あるいは、ベーシックインカム(BI)を試験的に氷河期世代に導入することも議論してみてほしいのです。

 ベーシックインカムとは、単純・明解な一つの制度構想で、

・性別や年齢、社会的地位、収入に関係なく全ての個人を対象に
・無条件に
・社会が、あるいは社会を代表して国家が
・一定の生活保障金額を一律に貨幣で支給する制度

 のこと。インド、ケニア、フィンランド、オランダ(ユトレヒト)、米国(カリフォルニア州オークランド)、カナダ(オンタリオ)、イタリア(ルボリノ)、ウガンダで、さまざまな条件下で試験的に導入実験を行い、実験期間が終了した国々ではその効果と問題点が報じられています。

 日本でも小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、衆院選に向けた政策集を発表した際、「AIからBIへ」という文言のもと、ベーシックインカムを社会保障政策の転換案の一つとして盛り込み、話題となりました。といっても、その後どうなったかは一切報じられていませんが……。

 いずれにせよ氷河期世代(35〜44歳)は1679万人存在し、労働力の中核を担う20〜69歳(7891万人)に占める割合は21.3%です。人手不足と嘆く前に、氷河期世代に目を向けた方がいいに決まってる。超超高齢化社会で2割の労働力がどういう意味を持つのか? 絵空事ではなく、地に足を着けた策を進めてほしいです。

(河合薫)

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