第5回(割り込み) 6月4日、テレビ大阪ニュースBIZ、「働クライシス」によせて

2008年6月4日、テレビ大阪「ニュースBIZ」(毎週月〜金 17:13〜30)の特集「働クライシス」に、夫の大橋均さんを過労自殺で亡くし、勤め先だった日本通運の責任を追及して息子たちと裁判を起こしている大橋錦美さんが登場しました。一瞬でしたが私のコメントも流れました。今回は、連続講座の割り込みで、この事件の概要を紹介します。

ネットに出ている訴状を見ると、均さんは1969年4月1日、日通に入社し、1995年までは主に国内および海外旅行の添乗業務に従事し、37年間勤め続けて2006年11月5日、亡くなられました。健康状態を無視した会社の働かせ方と度重なる退職強要によって肉体的・精神的打撃を受けたあげくの自殺でした。

均さんは1995年9月に羽田タートルサービス株式会社に出向させられて在勤中、同社社長から「君は49歳だからもう行くところがない。どこも雇ってくれない。君にはその危機感がない」と暗に退職を迫られました。

その後も関空や成田への転勤や出向がありました。1995年の羽田への出向の前には、均さんは会社での健康診断でC型肝炎にかかっていると指摘され、健康管理台帳にもその旨の記載がありました。しかし、会社の人事担当部署はそのことを把握していませんでした。均さんは、医師から入院治療を勧められても、会社に迷惑をかけまいと入院治療を断念し、頑張ってきました。

ところが、関西空港支店に配属された2004年4月、突然降格・降給され、基準内賃金が月額5万7000円も下げられました。均さんはC型肝炎治療のため入院せざるをえなくなりましたが、日記によれば、退院後に主治医の所見を会社に持参して職場復帰をお願いすると、「会社に迷惑を掛けていると思うなら、この際自分から身を引いたらどうや」と厳しい言葉をあびせられました。

これまでも会社から何度も退職の圧力を受けていた均さんは、この日、帰宅するなり、ソファーに倒れ込み、「身を引けと言われた。解雇される」「解雇されたら生活できない」と妻の錦美さんにに訴えたそうです。医師の所見によると、その頃から均さんはうつ病になったものと推定されています。

この直後に、均さんは家族と管理職ユニオン関西を訪れ、組合への加入手続きをしました。均さんはそれまで労働運動や組合活動とは無縁でしたが、家族のためにも解雇は何としてでも避けなければならないという切羽詰まった気持が組合加入に踏み切らせたものと思われます。その後、同ユニオンが日通に対し、均さんが組合に加入していることを通知すると、上司3人から呼び出され、「どうして管理職組合に入ったのか」と厳しく非難・糾問されました。また、同年9月には会社から社宅を出るよう言われ、12月には退居せざるをえなくなりました。

均さんはうつ病治療のため、2005年3半ばから5週間余り入院しましたが、その後、 これ以上休めないと大阪旅行支店に復職しました。2006年3月以降は、土曜日もよく出勤し、残業も多く帰宅時間も遅くなっていました。ところが、2006年10月後半にいたって、会社で前任者のホテル手配に関する引き継ぎミスの責任を転嫁され、その件に関して、退場を迫る「イエローカード」と題した社内メールが2通送られてきました。携帯電話でも1日5回にわたって詰問されたとのことです。こういうなかで追いつめられて11月5日、均さんは自ら命を絶ちました。

ただただ誠実・勤勉に勤務し、病気の治療で会社に迷惑をかけてはいけないと常に気遣ってきた従業員にたいして、「自分から身を引け」と執拗に退職を迫る会社の言動は、訴状にあるように「まさに病者に鞭打つ、あまりにも冷酷無残なもの」というほかはありません。そこには従業員の健康維持に対する配慮はまったくみられません。

最高裁は、2000年3月24日、電通青年社員過労自殺訴訟の判決で、「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである」「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」という判断を示しています。均さんがこうむった会社からの仕打ちによる心理的負荷とこの最高裁の判決を重ね合わせると、日通の安全配慮義務違反は明らかです。

裁判書に提出された証拠資料の一つに、2006年の1年間に死亡した日通健保被保険者に関する産業医の調査結果が載っています。それによれば、同年の死亡者76人中、自殺者は10人を数え、全国統計の2.8%に対して13.2%と、約5倍も高くなっています。50歳代の自殺者が多いことも、均さんのケースと符合します。これは日通のメンタルヘルス・クライシスが、均さん一人の問題ではなく、日通の全従業員の問題であることを示しています。

先頃、厚生労働省から2007年度の過労死・過労自殺に関するデータが発表されました。それによれば、過労や仕事のストレスで自殺したり、うつ病になったりして労災申請した人は952人、認定された人は268人と、いずれも過去最悪となっています。このような危機的な事態を改善するためにも、私は大橋錦美さん一家の訴えを支援したいと思います。

なお、6月5日午前11時からから8日午後3時まで大阪駅前第二ビル5階ギャラリーで、「私の中で今、生きているあなた」写真展が開かれ、大橋均さんなどうつ病で自殺した被災者50人とその家族を紹介しています。

 

 

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