「取材先と寝てでもネタを取れ」メディアのセクハラ問題、女性記者たちの模索 (3/10)

「取材先と寝てでもネタを取れ」メディアのセクハラ問題、女性記者たちの模索
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弁護士ドットコム 2020年03月10日 09時11分

〔写真〕取材に応じる女性記者。森さん〈左〉と田村さん〈右〉(2020年2月、弁護士ドットコム撮影)

「取材先と寝てでもネタを取れ」「いいねえ、愛人にしたいなあ」「おまえ、キンタマつかめるか」ーー。本の帯には、「伊藤詩織さん推薦!」の背景にそんなセリフが並ぶ。

100人超の会員が所属する「メディアで働く女性ネットワーク(以下、WiMN)」が編著『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋)を刊行した。そこに書かれていたのは40年以上にも及ぶ、女性記者に対するセクハラの真実である。

今年3月6日には、静岡県警本部の安全対策などを担当する警視(54歳)が、昨年末と2月の2回にわたり、女性記者の体を触るなどのセクハラ行為をしたことで、所属する報道機関が抗議。県警が処分を検討していることが公になっている。

ジェンダー・ギャップ指数、153か国中121位の日本(2019年)。男女格差が解消されず、メディアの世界でも男社会が続く日本で、世に問う意義とは何か。同書に編集委員としてかかわった田村文さん(共同通信)と森映子さん(時事通信)に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●セクハラは「自分たちの問題でもあり、私たちも当事者」

冒頭のセリフはすべて、女性記者たちが会社の上司や取材先の男性から投げかけられた言葉である。これだけでも尊厳を損なう、ひどい物言いであるが、本書には、たとえ抗議してもこたえてもらえず、耐えてきた女性たちの告白がつづられている。

田村さんが、出版の経緯について、次のように語る。

「会員たちのあまりにひどいセクハラ被害の実態を知って、WiMNの会員でもある編集者から、『この問題を表に出してみないか』という出版の依頼を受けました。伊藤詩織さんが元TBS記者から受けた性暴力や、テレビ朝日の女性記者が財務事務次官(当時)からセクハラを受けた問題などの事件が続き、2018年にWiMNは発足しました。

私たちは、ずっとセクハラは自分の外にある問題として取材してきました。しかしこれらの事案は自分たちの問題でもあり、私たちも当事者なのだということに、メンバーたちが気づいたのです。

これまで記者たちは、基本的に自分のことを棚上げにして取材して書いていましたが、この本では、2人がペアを組んで、互いに取材を受ける形(ピアインタビュー)を試みることにしました。そういう形なら、お互いに支え合うことができるのではないかと考えたからです。

そして、きちんと被害を世に知らせるためにはどうしたらいいか。3人の編集委員で話し合いながら企画を練り、参加者を募り、出版にこぎつけました。最初に依頼を受けてから1年余が経っていました」

また森さんは、記者が客観的ではなく主観的に語り、それを次世代に伝えることに出版の意味があると話す。

「もちろん本書は、セクハラがメインテーマですが、それだけではなく、女性記者の職業人としての道、結婚して出産してマミートラックにも直面してきた歩みも書いています。ぜひ若い記者たち、そして記者を目指す人たちに参考にしてほしかったのです。

(元TBS記者による性暴力を訴えた)伊藤詩織さんの事件、元財務事務次官のセクハラにより、メディアにもセクハラ問題があると顕在化しました。WiMNができたことで、女性記者たちが同じような思いを持っていることも分かり、出版は良いタイミングだったと思います」(森さん)

●性暴力を受けて、書く仕事から離れた人も…

当初、記事を依頼するときに、田村さんにはある危惧があった。というのも、こういうテーマで書いてほしいと各自に限定しなかったからで、同じような内容ばかりの原稿が集まってきたらどうしようと思っていたそうだ。

「集まってきた原稿は本当にそれぞれ違っていたし、個性的でした。差別の問題は一律ではなく個別的で、その内容は人によって違うし、受け止め方も異なる。同じようなセクハラに遭っていても、会社の上司の対応もバラバラでした」(田村さん)

当初、この本に参加しようかどうか迷ってやめた人もいる。参加したけれど、自分のことを話せなかった人もいた。さらに会社にはまだセクハラの加害者がいるため、実名を出せなかった人もいて、匿名の記事も多い。

中には取材中に、取材相手から性暴力を受けて、書く仕事から離れていった人もいた。「我慢しろ」「許してやれ」と加害者への同情が優先された結果、被害者が心に傷を負い、退職せざるを得なかったケースもあるのだ。

また沖縄では、米兵による性暴力がいまだに続く。ある女性記者は、実家の窓につけられている鉄格子と性暴力がリンクしていることを新聞記者になってから初めて知ったと書いた。娘たちが誰かに強姦されるのではないかという母親の心配だったのだが、いかに多くの女性たちが犠牲になり市民が不安だったのかを物語っている。

「紙面では被害者を取り上げているのに、メディアの世界は対策がものすごく遅れています。そういうことをさらした本でもあるわけで、賛助会員などからは、『これほどまでにひどいのか』『昔のことを思い出し、あれはセクハラだったんだと気づいた』など、いろいろな感想が寄せられました」(森さん)

●セクハラの温床「夜討ち朝駆け」

メディアの世界にはびこるのは「夜討ち朝駆け」という慣習だ。政治家や官僚、警察関係者を、夜自宅に帰ってきたところや朝早く自宅でつかまえて話を聞くというもの。記者のイロハのイと言われてきた慣習こそが、いわばセクハラの温床ともなってきたことも本書では明らかになる。

「寄せられた文章からは、新人時代に支局で勤務し、警察官から被害に遭った悲しみが伝わってきました。若いときは、ただただ記事が書けるネタが欲しくて、取材に飛び込んでしまうのです。20、30年前でも被害に遭いましたが、これだけセクハラが話題になる現在でも、若い記者からは同じような訴えがありました。

「特ダネがもらえるのなら」と、一生懸命になる女性記者たち。日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)とMIC女性連絡会でアンケートを取った際(2018年)、74%の女性がセクハラ被害に遭っているのにも関わらず、そのうちの26%しか相談していないことが判明している。声を上げづらい状況はまだまだ続いているのだ。

女性記者たちは、社内でも「女だから」というだけで、男性記者、デスクや部長から疎んじられ、社外の人からもセクハラ被害に遭う。この二重の被害は、メディアだけのものなのか。

「記者だけが特殊というわけではないと思います。多くの職種で所属する会社の内外で危険にさらされているはずです。私たちはたまたま書くことが好きだから、被害や思いを本にしましたが、すべての女性たちに通じる話なのです」(田村さん)

●「女性記者は、異端の鳥」結婚や子どもの有無で分断も…

同書の第1章は「私たちのこと」、第2章は「医学部入試の女性差別問題」などの社会時評コラム、第3章が新聞・通信、放送、出版など、主な企業86社へのアンケートで構成されている。これだけ多岐に渡るメディアの女性たちの声を集めた書籍は、おそらく日本では初めてのことだ。

アンケートでは、セクハラ対策の有無、全社員に対する女性社員の数、全役員に対する女性役員の数などを聞き、「得体の知れない団体に回答したくない」と拒否した会社や怪訝そうな反応をする会社もあったというが、65社から答えが返ってきた。

「意外だったのは、保守と言われる新聞が自由記述の欄にはみ出るくらいに意見を書いてきたり、リベラルと言われる人権派の新聞が回答できませんと無理解だったり……。セクハラはその会社の思想信条の問題ではないんですね。

そしてメディアの女性社員の割合は、インターネットメディアは4〜7割、出版社は3〜7割に上りました。一方で新聞・通信社はどこの会社も女性社員の割合は、1〜3割。少しは多くなっているけれど、とても半分まで達していませんでした。女性役員に至っては、ゼロが多い。女性の少なさが、ジェンダーの問題を解決できない原因になっていると思います」(森さん)

さらに記事を読んでいて気づいたことは、「女性たちが分断され孤立していること」だと田村さんは言う。

「私たち女性記者、特に30代後半以上の多くは、会社では孤独なのです。数が少ないせいもあって、隣に女性はほぼいません。いても世代が違います。そして結婚して子どもを持っている人、持っていない人とで、そこでも分断される。

私自身は子どもがいませんが、WiMNに入って初めて、実際にマミートラックの苦悩を聞き、それぞれ形は違っても女性であるが故の苦しみがあるんだと知りました。

色を塗られた鳥が群れに戻っていじめぬかれるエピソードが印象的なコジンスキーの小説『異端の鳥』を思い出しました。モノトーンの男性たちとは違うさまざまな色をした女性たちがあちこちにいて、孤立してひどい目に遭っている。女性記者たちはまさに異端の鳥なのだと感じました」(田村さん)

●女性たちが書いて世に出した「性犯罪」無罪判決

2019年、性犯罪の無罪判決が相次いで報じられた。名古屋地裁岡崎支部では、19歳の長女に性交した父親が準強制性交罪に問われたが無罪になり(今年3月12日に控訴審判決)、「抗拒不能」の厳しすぎる要件に疑問の声が集まった。

その後も、福岡地裁久留米支部(後に福岡高裁で懲役4年の実刑判決)、静岡地裁浜松支部、静岡地裁でも無罪判決が続き、これに女性記者がおかしいと声を上げて記事を書いていった。新聞が火付けとなり、ネットで拡散していき、世論を動かしていく。

「20、30年前の記者と違って、現場にいる女性記者たちが疑問と怒りを持って、考え方にズレがあるデスクと闘って、説得しながら記事を書いたのだと思います。

記者には取材力と文章力だけでなく、物事に敏感に反応する感受性も必要なのです。女性たちが声をからして『おかしい』と訴え続けた結果、こういう報道が世に出るようになった」(森さん)

かつて記事の優先順位は、男性目線での事件、政治、経済、外交などが大切だとされてきたが、少し変わりつつあるとも言う。

「最近になってこれらに加え、ダイバーシティーやジェンダー、環境問題、動物の福祉も重要な要素を占めるようになってきました。狭い考えの中でやるのではなく、風穴を開けなければメディアとしての道も閉ざされてしまう。

男性たちには、ジェンダーセンシティブになってほしいと思っています。女性たちが仕事をやめてしまってからでは、取り返しがつかない。そうならないためにも勉強してほしい」(森さん)

最後に田村さんが結ぶ。

「なぜメディアのセクハラが問題なのかというと、マスコミは目に見えない規範や意識を醸成する機能もあるからです。『法律を変えないと世の中は変わらない』とよく言われますが、法律を変えるためには、まず空気を変えなければなりません。

それが法律にも反映されるし、文化や世の中の雰囲気も変わっていくのです。裁判にも影響します。

そういう仕事を私たちはしているのに、その現場がこれでいいのでしょうか。自分たちの力で男性目線の記事、モノトーンの報道を変えていくしかない。

マスコミの人に限らず、これはひどいと思ったら、無関心でいないでほしい。それだけで助かる人もいるから。この本がそういったことのきっかけになれたらうれしいですね」(田村さん)

女性たちの連携は、ジェンダー平等社会の実現に向けて良い空気を醸し出していきそうだ。

『マスコミ・セクハラ白書』(1600円+税、文藝春秋刊)WiMN編著 WiMN(うぃめん メディアで働く女性ネットワーク) テレビ朝日の女性記者に対する財務省幹部のセクシュアル・ハラスメント事件をきっかけに、メディアで働く女性たちの職能集団として2018年春に発足。会員数100人超(19年末現在)。新聞・通信、放送、出版、ネットメディアで働く(フリーランスも含む)女性が会員となっている。
 

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