「生活保護基準引下げ違憲訴訟 大阪地裁勝訴報告」

1 事案の概要

 厚生労働大臣は、2013年から2015年にかけて、生活保護法による保護基準を改訂(本件改訂)し、これをうけて各市町村は生活保護利用者の保護費を減額する旨の保護費変更決定(本件処分)を行った。原告らは、本件処分が憲法25条、生活保護法3条、8条2項に違反する違憲・違法なものであり、①各市町村に対して本件処分の取り消し②国に対して損害賠償の支払い(国家賠償法1条1項)を求めた。

2 判決の概要

 裁判所は本件の争点を、「本件改訂にかかる厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱・濫用があり、処分が生活保護法3条、8条2項に違反したといえるか」と設定した。そのうえで、厚生労働大臣の裁量権の範囲の逸脱・濫用の有無は、「最低限度の生活の具体化にかかる判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無」から判断されるとし、その判断にあたっては、判断過程での「統計等の客観的な数値などとの合理的な関連性や専門的知見の有無等について審査される」とした。

 そして、本件改訂では①特異な物価上昇の見られた平成20年を基準として物価の下落率を考慮し②厚生労働省が独自に算定した生活扶助相当CPIを前提として物価の変化率を算出して、生活扶助基準額を一律に4.78%減額する調整(デフレ調整)を行っているが、①平成20年を基準としたこと②生活扶助相当CPIはいずれも専門的知見を欠き、統計等の客観的な数値等との合理的関連性を欠くものであるから、①②をもとに生活扶助基準額を減額した判断の過程及び手続に過誤、欠落がある、と認定し、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があって違法だと判断した。(森鍵一裁判長・齋藤毅裁判官・日比野幹裁判官 言渡日 令和3年2月22日)

3 名古屋地裁判決との比較

 本判決は、本件改訂の違憲・違法性をめぐって全国30地裁で提訴されている訴訟の、2020年6月25日の名古屋地裁判決に続く2件目の判決である。名古屋判決では原告敗訴となっているが、名古屋地裁判決と本判決のどこが異なるのかについて、以下で考察する。

 まず、名古屋地裁判決と本判決では、判断枠組みが異なる。

 名古屋地裁判決では、厚生労働大臣の判断の過程及び手続につき「統計等の客観的な数値などとの合理的な関連性や専門的知見の有無等について審査される」という本判決で使われた審査基準は採用されなかった。この審査基準は、堀木訴訟を参照してなされた老齢加算訴訟の二つの最高裁判決で示されたものであったが、名古屋地裁判決は先例を無視し、これを採用しなかったのに対し、本判決は先例にのっとり、この審査基準を用いたのである。

 そして、名古屋地裁はこの審査基準を用いず、行政庁に過度に広範な裁量権を認めた結果、本件改訂は「国民感情」や国の財政事情を踏まえた自民党の政策をふまえてなされたものであるから合憲である、という前代未聞の驚くべき判決を下した。前記先例の示す審査基準に照らせば、国民感情や時の政権与党の政策が判断過程の審査に用いられるはずがないことは明らかであり、名古屋地裁は、先立つ最高裁判決を無視したうえで、明白な他事考慮を行ったのである。この点本判決では、当然のことながら、自民党の政策、国民感情等という点は一切考慮に入れられていない。

 また、名古屋地裁判決はデフレ調整以外の指標にも言及したうえ、いずれも適当と判断したうえで、裁量の逸脱・濫用はない、と判断したのに対し、本判決は、デフレ調整における判断過程の過誤・欠落を理由として、「その余の点について判断するまでもなく」裁量権の逸脱・濫用はないと判断している。

 なお、名古屋地裁判決では、原告らの生活実態・貧困論について判旨で言及があったのに対し、本判決では一切言及がされていない。これをどうとらえるかは難しいところであるが、裁判所が裁量過程の過誤・欠落の審査にあたって照らし合わせた統計等の客観的な数字は、生活保護利用世帯の生活実態を映し出したものであることを考えれば、本判決の中でも原告らの生活実態・貧困論について考慮に入れられているものと解すべきと思料する。

4 本判決の意義

 本判決は、老齢加算廃止違憲訴訟等、先の判例で示された裁量過程審査の枠組みにのって判断を下した点において妥当である。具体的な事実認定においても、専門家の知見・統計等の客観的な数字を具体的に検討したうえで判断しており、科学的・合理的な事実認定がなされたといえる。

先述した通り、本判決は本件改訂をめぐって全国で提訴された事件の2件目の判決であり、かつ初めての勝訴判決である。この勝訴判決がこれからの全国の判決に影響を与えることは必至である。

また国に対しては、本判決の趣旨を十分にふまえ、現行の生活保護基準を、専門家の知見・統計等の客観的な数値に整合するものに見直し、一刻も早く減額された保護費の返還、保護基準の引き上げを行うことが望まれる。

5 最後に

 原告らは、2013年から生活保護費が次々と引き下げられていく中で、提訴を決意し、判決に至るまでの8年間、闘いを続けてきた。弁護団も、統計学を学び、専門家への意見書作成の依頼、打ち合わせを繰り返し、基準部会の指標であれば保護費はいくらになるはずだったのか、一方で実際にはいくら減額になったのか、具体的に計算して示す等、地道で粘り強い主張・立証を重ねてきた。そしてたくさんの支援者が、毎回期日に訪れて傍聴席を埋め、裁判外でも勉強会を重ねてきた。

 言渡日当日、新型コロナの影響で傍聴席の数が制限されていたものの、たくさんの報道陣が訪れ、抽選に当選した傍聴者もいれて傍聴席はいっぱいとなった。

裁判長が「別紙」と読み上げた瞬間、原告ら代理人席は思わず声をもらし、「取消す」と言うと、原告ら弁護団の全国代表はガッツポーズをし、原告らの目には涙が浮かんだ。裁判所の外で「勝訴」「保護費引き下げの違法性認める」の速報の旗が掲げられると、支援者からは歓喜のどよめきがあがった。

 今回の判決は、原告ら、支援者、弁護団の汗と涙、努力が裁判体に届いた結果のものである。原告ら・原告弁護団に対するのと同様、それらを受け止め、「最後の砦」としての役割を果たした森鍵一裁判長・齋藤毅裁判官(主任)・日比野幹裁判官への最大限の敬意を表し、本稿を終わりとする。

この記事を書いた人

脇山美春