連続講座「コロナ禍と社会保障-貧困とセーフティネットの課題」の報告

1 はじめに
 2021年1月20日(水)19時から、働き方ASU-NET連続講座第2弾「コロナ禍と社会保障―貧困とセーフティネットの課題」と題して、花園大学の吉永純教授にご講演いただき、全大阪生活と健康を守る会連合会(大生連)の大口耕吉郎さんにコロナ禍における生活保護の現場についてご報告いただきました。
 今回もZoomのみの完全オンラインの企画であり、参加者は約40人でした。

2 吉永先生のご講演
 吉永先生は、ケースワーカーとして生活保護の現場で働いてこられた経験を活かして、現在花園大学で教授をされています。
 現在のコロナ禍における、①シンデミック(Syndemic)、②社会構造の問題、③新自由主義の惨事便乗型政策、④公共(公助)の復権、⑤政治を変えていく重要性についてお話していただきました。

(1)シンデミック(Syndemic)-コロナ禍で打撃の大きい貧困層や女性

 新型コロナウイルスは、「逆累進課税」と表現されるように、まさに社会の低所得者層ほどより大きな打撃を与えています。
 特に、新型コロナの影響による失職者が約8万2050人(講演時点)おり、非正規の失職者数62万人のうち37万人が女性であり、約6割を女性が占めるということに注目しなければなりません。
 NHKとJILPT(日本労働政策研究・研修機構)の共同調査(2020年11月13日~19日)によると、女性は男性に比べて1.5倍程度、雇用における不利益を受けており、収入が3割以上減少したと回答した女性が男性と比べて約1.4倍(シングルマザーの4人に一人が、3割以上収入が減少したと回答)でした。特に女性の非正規は、再就職が6割であり、残りの4割は仕事が見つからないため休職中か再就職をあきらめています。
 このように、雇用状況の悪化、賃金の低下に伴い、家計を切り詰めなければ生活することができないため、シングルマザーの約3割が食費を切り詰めています。そうすると、メンタルヘルスにも悪影響を及ぼし、精神的に追い詰められた割合はシングルマザーが38%と他に比較して高い数値となりました。

 以上のように、吉永先生は様々なデータを分析し、新型コロナウイルスが、貧困層、特に非正規の女性に対して、雇用の不安定、家計のひっ迫、精神状態の不安定といった悪循環をもたらし、同時並行的にこれらの問題が広がっていることを明らかにしました。

(2)政策の問題点

ア 「無能な政府というロバに率いられている」現場

 さらに、生活苦から医療にかかることすらできない人が今急増しています(「医療難民」、「メディカルプア」と言われます)。
 非常に深刻な経済的被害、生活被害、健康被害が続く中、政策担当者が間違いを犯す様子を、イギリスの映画監督のケン・ローチ氏が「看護師や医師たち、それに介護福祉士たちは獅子のようだが、無能な政府というロバに率いられている。」と表現していることを紹介しました。
 日本では、例えば、2020年3月に科学的根拠なく学校全てを一斉休校にしたことがその一例にあたります。突如決められた決定は子どもがいる家庭に大きな影響を与えましたが、その効果について、検証委員会では疫学的にはまったく意味がなかったと言われており、政府はこの一斉休校について検証もしていませんし、記録も残していません。

イ 新型コロナ禍における生活困窮対策の今後

 新型コロナ禍において、リーマンショック時に比べて、生活保護受給者そのものはそこまで増えていません。特例貸付金や住宅確保給付金によって現在持ちこたえている状態ですが、限界があり、今後どうなっていくのか明らかではなく、さらに生活保護受給者が増えていくことが予想されます。

ウ  新自由主義政策との真っ向勝負-公助を立て直すこと

 吉永教授は、このような状況では、政府の新自由主義政策との真っ向勝負をする必要がある、「公助」を立て直すことが必要であると強く訴えました。
 新自由主義がもたらしたものは、例えばアメリカの資産10億ドル以上の大富豪6000人余りの総資産は、資産を大きく増加させており、大企業の超過利潤が増大し、大量に軍事費を投入する一方で、賃金抑制が進み、社会保障費用は切り下げられていっており、貧富の格差が増大するというものです。
 菅総理は、「自助、その後に共助、最後に公助」と述べていますが、生活保護について2013年から下げていて母子2人世帯では約2万~3万円、高齢者単身世帯でも6000円減っており、日本のセーフティネットの底が抜けています。
 もっとも、世間的にもこのような新自由主義的な政策に疑問が呈されており、この間、アメリカではトランプ大統領の交代、大阪都構想の否決といった非常に大きな出来事があり、分断をあおる露骨な新自由主義的なやり方に決別し、統合や融和を進めていく動きがあります。

(3)政治を変える 
 吉永先生は、最後に、新型コロナ禍において、明らかになった貧困層ほど打撃が強いという事実や貧富の格差を是正していくためには、新自由主義的な政治を変えていくことを考える必要があり、新型コロナをきっかけに大きな闘いをする必要があるということを仰いました。

3 大口さんの報告
 次に、大生連の大口さんから「新型コロナウイルス感染拡大のなかで生活保護をめぐる状況」について政府の動きや現場に寄せられた相談について報告していただきました。

(1)「4・7事務連絡」
  2020年4月7日に政府が緊急事態宣言を発令し、「4・7事務連絡」を各都道府県、政令市、中核市に送りました。 
  「4・7事務連絡」には、①生活保護の申請から開始は速やかに行う、②保護申請の侵害行為は厳に慎む、③(生活保護開始の要件である)稼働能力の要件は「緊急事態措置期間中」その判断を留保、④通勤用自動車は弾力的に対応する、という内容であり、このような内容が出されたのは、諸団体、法律家、専門家の運動の成果といえます。

(2)生活と健康を守る会によせられた相談
 また、生活と健康を守る会には、パチンコ店に勤務していたが解雇された男性が生活保護を申請した件、喫茶店を廃業した女性(年金月2万、貯金0円)がビラを見て生活保護を申請した件など、新型コロナ禍において仕事を失った方や仕事が見つからない方たちの相談が多くなったという報告がありました。 

(3)厳しい生活の実態
 さらに、コロナ感染拡大の中で、八尾市や高石市、港区で相次いで餓死が発生したこと、生活保護費の引き下げにより、89.5%の受給者が食費を削っていることなどのご報告や、大阪地裁の生活保護引下げ違憲訴訟における原告男性の意見陳述ご紹介をいただきました。まだまだ生活保護にたどりつくことができず、死に追いやられる人々がいること、コロナ感染拡大によって浮きぼりになった生活保護受給者の厳しい生活実態が明らかになりました。

4 まとめ
 このように、今回の吉永先生のご講演では、新型コロナ禍によって、改めて浮き彫りになった貧富の格差、特に貧困層の中でも非正規の女性やシングルマザーは非常に厳しい現状に追い詰められていることなどが明らかになり、新自由主義的政策に問題があり、政治を変えていく必要性が明らかになりました。また、大口さんのご報告では生活保護相談の最前線によせられる事例の数々と新型コロナによって生活保護受給者の生活がますます厳しくなっている現状をご報告いただきました。

 講演後のアンケートでは、参加者から「生活保護と貧困を巡る現状を知ることができてよかった」「全体状況と現場のお話を聞けて良かった」などの感想が寄せられ、新型コロナにおける社会情勢といった全体的な視点から現場での対応という両方の観点を含んだ今回の企画について評価する声が多くありました。

この記事を書いた人

西川翔大