ブラック批判受け一転和解 過労自殺、ワタミ責任認める

http://digital.asahi.com/articles/ASHD85PYSHD8ULFA02T.html?rm=625
朝日デジタル 2015年12月9日
 
 「24時間、死ぬまで働け」――。そう唱えてワタミグループを急成長させた創業者の渡辺美樹氏(自民党参院議員)が、一転して過労自殺の責任を認めた。社員だった森美菜さん(当時26)が亡くなって7年。若者を使いつぶす「ブラック企業」という批判を受け、認めざるをえなくなった。

ワタミグループ過労自殺訴訟が和解 会社側が責任認める
「すべて私の責任だとお話しした」 渡辺美樹氏一問一答
「死ぬまで働け」・始発まで待機… ワタミ、当時の実態

 「できるなら8年前に時計を戻したい。ワタミへの入社を許してしまったこと、そこから生きているうちに助け出すことができなかったことへの後悔は、この先も死ぬまで続きます」

 居酒屋チェーン「和民」に勤めていた美菜さんを2008年6月に過労自殺で失った母祐子さん(61)は涙を浮かべながら語った。

 父豪さん(67)は「(渡辺氏らが)本当に反省しているなら、和解条項を守っていい会社になってもらいたい。苦しんでいる人々にいい影響が出ることを望んでいる」と話した。

 訴訟で遺族側を支援した全国一般東京東部労組の須田光照書記長は「従業員をひとりでも過労自殺に追い詰めると、会社の経営自体が成り立たないということが現実になった」と訴訟の意義を強調した。

 渡辺氏はこの日、ワタミの清水邦晃社長らと遺族との和解協議に臨んだ。須田書記長によると、渡辺氏は協議で「心からおわびしたい。責任は私にある」と頭を下げ、謝罪。「理念がひとり歩きして森さんを追い詰めてしまい悔いている。一日も早くお墓参りをさせて欲しい」と語ったという。遺族側は取材に対し「(墓参りには)今は絶対に来て欲しくない」と話した。

 ログイン前の続き渡辺氏は和解後、地裁前で報道陣の取材に応じた。当初は自身の法的責任を認めていなかったことを「解釈の違いがあった。(裁判で)ご遺族のおっしゃることがもっともだと理解できた結果、すべて受け入れた」と説明した。13年に朝日新聞の取材に「(亡くなった)本人を採用したのが問題だった」と話したことについては「すべて撤回したい。亡くなられた方には一切責任はないし、ご遺族には全く責任はないと思っている」と取り消した。

■客・就活生そっぽ、経営危機に直結

 高まるブラック企業批判、そして店舗での深刻な客離れ――。ワタミは重大な経営危機に直面し、「白旗」を上げた。低価格路線を売りに業績を伸ばしてきた飲食や小売業だが、労務管理をおろそかにすれば、消費者や労働者にそっぽを向かれ、経営は立ちゆかなくなる。

 居酒屋チェーン「日本海庄や」を運営する「大庄」でも従業員が07年に過労死した問題で、会社と社長らへの損害賠償を命じた判決が13年に最高裁で確定。大庄は今年5月、従業員に違法な時間外労働をさせたとして労働基準法違反の疑いで書類送検された。大庄は15年8月期で、純損失を計上している。赤字は2年連続だ。

 厚生労働省も「ブラック企業」対策のための専門チームを今春、東京労働局などに設置。初の事案として靴販売「ABCマート」の運営会社を同法違反容疑で書類送検した。

 24時間営業が売りのひとつだった牛丼チェーンの「すき家」では「ワンオペ」と呼ばれる従業員1人での深夜営業が問題に。およそ6割の約1200店で人手が確保できず昨年10月に深夜営業を休止した。

 ある危機管理コンサルタント会社の担当者は「批判には謙虚に対応しないと、人手が集まらず成長できなくなる」と警鐘を鳴らす。

 就職活動を控える学生の間でも「そこブラック企業だからやめなよ」とよく話題になる。東京都に住む大学院1年生の女性(23)は、「志望企業を決める時は、労働時間のほか、きちんと残業代が出るか、離職率は高くないか、などもチェックしている」と話す。

 それでも、「全国過労死を考える家族の会」の元には、今も遺族から相談が寄せられる。厚生労働省によると、14年度に過労自殺(未遂含む)で労災に認定されたのは99件で過去最高だった。家族の会代表の寺西笑子さんは「会社が証拠を出し渋ることもあり、泣き寝入りは多い。働き方の変化や過労死が減ったと実感できる日が早く来てほしい」と話す。

 ブラック企業問題に取り組む佐々木亮弁護士は「見えないところで長時間労働をしている人は多い。問題の解決は道半ば」と話す。(北川慧一、疋田多揚)

■企業は襟を正せ

 ブラック企業問題に取り組むNPO法人POSSEの今野晴貴代表 今回、ワタミ側が非を認めて賠償に応じたのは、非常に意義深い。働き過ぎで心身を壊したり、過労死に追い込まれたりする人は多いが、会社の圧力などであきらめてしまい、訴えることすら出来ない当事者や遺族も多い。今回のケースは、立ち上がることで相手に非を認めさせられる、という希望になる。こうした訴えは今後さらに増えるのではないか。

 人を使いつぶすような企業は社会的制裁を受けることも示された。他の企業の経営者も襟を正すべきだ。

■残業規制を厳しく

 過労死問題に詳しい森岡孝二・関西大名誉教授(企業社会論) 若者の過労自殺が問題になった背景には、企業が利益を上げるため人やコストの削減を進めたことがある。特にリーマン・ショック後、底が抜けたように労働条件が悪化した。その象徴が飲食・サービス業。非正規の割合が高まり、人数の減った正社員の働き方が過酷になった。

 今回の和解で、他の業界にも、従業員の働かせ方を改める動きも出てくるだろう。ただ、異常な働き方をなくすには、残業時間の上限規制を厳しくする制度も必要ではないか。

この記事を書いた人