(2010参院選 6年を託す:1)派遣 選挙は「正しくキレる」場 

2010/ 07/ 06朝日新聞 朝刊

参議院議員の任期は6年。私たちの生活を支える仕組みはこの6年でみても大きく様変わりし、それにかかわってきた人たちのくらしを揺さぶってきた。挫折や失望を繰り返しながらも、これからの社会が良くなることを願って一票を託す有権者たち。過熱する消費税論議のかげに隠れがちな視点を4回にわたって考えたい。

派遣会社の営業マンから、1人で加入できる労働組合(ユニオン)スタッフへ。そんな選択をした20代の若者たちがいる。

4年前。地域労組おおさか青年部の書記長を務める中嶌(なかじま)聡さん(27)は、外資系の大手人材会社の新人営業マンとして、神戸の街を駆け回っていた。

多い日は1日50社を飛び込み訪問、人事担当者に派遣社員の活用を売り込んだ。
 「3カ月更新なんで、あかんかったらすぐ切れますよ」
 「退職金や賞与もいりません」

繰り返すセールストーク。一方で、何人もの派遣スタッフから「正社員の仕事はないですか」と聞かれた。これで誰が幸せになるのか――。

疑問と自己嫌悪が積み重なって退社した2008年6月、「秋葉原事件」が起きた。元派遣社員の男性が、歩行者天国にトラックで突っ込み、17人を殺傷した。暗い衝撃だった。

退社の3カ月後、1人でも加入できる労働組合「首都圏青年ユニオン」(東京)で研修を受けた。ダンコー(団体交渉)の意味も知らない素人から、労働運動の渦中に飛び込んだ。

青年部では10〜30代の雇用トラブルを支援。孤立した若者が音楽やカフェを楽しみ交流する「ユニオンカフェ」(月1回)、ほぼ毎日配信のメルマガ「365日 働くルール」など、新たな風を吹き込む。

残業代未払い、雇用保険未加入は当たり前。若い世代の雇用は想像以上に劣化していた。
 「正しくキレよう」。中嶌さんは苦しむ若者に呼びかける。「サービス残業、パワハラ、セクハラ。我慢の先にあるのは過労死か心の病だ。でも本当にキレたら犯罪になる。どうせなら民主主義のルールにそって正しくキレる。それを実践する方法がダンコーだと思うんです」

先月18日のユニオンカフェのテーマは参院選だった。「うちらにとって選挙って何?」を切り口に数人一組でトークした。冷めた意見も続いたが、粘り強く会話をつないだ。

 「選挙は『正しくキレる』を実践する場のひとつ。派遣法改正案は、僕から見れば抜け穴だらけだが、無関心でいればすんなり成立してしまう。大切なのは、多くの若者たちが正しくキレて、世の中に発信することだと思う」 

もう1人、派遣会社の内側からその矛盾を問い続けた若者がいる。6月から派遣ユニオン(東京)の専従スタッフとなった星野雄一さん(29)だ。

06年1月、日雇い派遣を看板にする大手人材会社グループ企業の正社員になり、内勤職場も営業回りも経験した。
 忘れられない出来事がある。

「今日お金がもらえないと何も食べられない」。ある日、年配の男性スタッフから、悲痛な声で電話があった。給料の日払いは午後7時まで、と決まっていたが、残業で間に合わなかったのだ。別の日には顔見知りの若い派遣スタッフが、横浜駅でゴミ箱をあさっている姿を偶然見かけた。なぜ働いているのに、こんなに追い込まれているのか――。

「彼らは毎日失業し、明日あさって食べられるかわからない。直感的に異常な感じがしました」

星野さんら正社員と派遣スタッフは06年秋、大手人材会社のなかにユニオン(労組)を結成。星野さんは委員長となった。「太め」「容姿老」「不潔感」「茶髪」などスタッフの外見情報をデータ登録していた問題や、給料からの不当天引きの問題などを会社に突きつけた。

日雇い派遣ユニオンはその後、別の大手人材会社にも拡大。違法派遣などの暗部が次々と浮き彫りになり、派遣法改正への流れをつくった。

組合活動の先頭に立つ一方で、職場の雰囲気は厳しかった。上司のパワハラで追い込まれ、一時はうつ状態で薬が手放せなくなった。労使交渉を重ねた末、昨年秋に退社を決めた。

ユニオンの専従スタッフになり1カ月、人材会社などの団体交渉に毎日のように出た。
 「いまも不安定な働き方はあちらこちらに残っている。選挙では、本気でこういう働き方をなくしてくれる党や候補に入れようと思っています」(清川卓史)

◆規制緩和で急速拡大 安定雇用が政治課題
規制緩和の流れにのって2000年代に急速に広がった派遣労働。労働者派遣法が1986年に施行された当初、派遣は専門的な業種に限られていたが99年、建設、医療、製造業などをのぞいて対象業種が原則自由化され、04年には製造業への派遣も解禁された。

一方で、1日単位で契約を結ぶ「日雇い派遣」が多くの職場に広がり、ワーキングプアの温床と批判された。禁止業務への違法派遣などで大手人材会社が相次いで事業停止命令を受け、業界の体質も問われた。

08年末には、米国初の金融危機による世界不況のため、大企業の工場で働いていた派遣・請負労働者らが一斉に職や住まいを失う「派遣切り」が起きた。非正規雇用の不安定さが浮き彫りになった。

こうしたなか、政府は規制緩和から労働者保護へかじを切った。製造業派遣、日雇い派遣の原則禁止などを盛り込んだ派遣法改正案を国会に提出。鳩山前首相退陣の余波で成立せず、継続審議となっている。

厚生労働省のまとめでは、08年10月以降、職を失った非正規労働者は累計28万人(9月までの予定含む)を超えた。政府は住宅手当の支給などの緊急支援を実施。こうした「第2の安全網」の充実をどう図っていくかも選挙の論点になっている。

■派遣労働をめぐるこの6年
 04年 製造業への労働者派遣を解禁
 06年 大手メーカー工場で、労働者派遣法にふれる「偽装請負」が広がっていることが問題に
 07年 人材派遣大手フルキャストの違法派遣で厚労省が事業停止命令
 08年 日雇い派遣大手グッドウィルに事業停止命令(1月)、その後廃業(7月)▽「派遣切り」が相次ぎ、家などを失った人を支援する「年越し派遣村」が開村(12月)

10年 「製造業派遣」「日雇い派遣」を原則禁止する労働者派遣法改正案を閣議決定(3月)、改正案は国会で継続審議に(6月)

 【写真説明】(掲載省略)
 「ユニオンカフェ」で選挙について語り合う中嶌聡さん=6月18日、大阪市中央区、中里友紀撮影
 派遣ユニオンで電話相談に応じる星野雄一さん=東京都新宿区、清川写す

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