東京五輪「持続可能」掲げるが…新国立建設「余裕ない」

 朝日DIGITAL 2017年10月28日

写真・図版:国際森林認証を申請している杉林を訪れる森林組合幹部ら。手入れが行き届いた林が広がる=山形県金山町(省略)

28日で東京五輪開幕まであと1千日となった。目指すのは、かつての商業五輪とは異なり、環境や社会に優しい「持続可能」な大会。五輪を通じて社会が変わることへの期待も寄せられる。首都の祭典は、その期待に応えられるのか。
「バカか、てめえ」新国立建設で自殺 過酷労働の内情

山形県北部にある金山町。程よく間伐された林には木漏れ日が差し込む。よく手入れされている証拠だ。見上げると60メートル近い大木が青空へ真っすぐ伸びる。
 金山町は9月、約1300ヘクタールの林を国際森林認証「SGEC」に登録を申請した。近く認められる見込みだ。
 きっかけは「東京五輪に金山杉を」という町長の一言だった。ロンドンやリオデジャネイロ大会をみると、五輪で使用する木材は将来にわたって環境を保全するための「国際認証」が条件の一つとなっていた。認証に向け、数十項目にわたる「森林管理規定」を新設。間伐の長期計画や環境保護などの決まりを明文化した。
 東京大会組織委員会は環境への配慮から、大会に使う物品などの基準を定めた「調達コード」の一つとして国際認証を挙げる。林業や漁業など分野ごとに認証制度があり、第三者機関が資源保護や環境、安全への配慮などの基準を満たした事業者へ「お墨付き」を与えるものだ。
 金山杉は認証取得を見込まれ、選手村の建物に使われることが今月、正式に決まった。同町森林組合の狩谷健一参事は「世界に認められる商品として、将来は輸出もしたい。森林管理は、50年後まで地域に森を残すことにもつながる」と話す。
 しかしこうした例は日本ではまだ少ない。国内の森林面積のうち国際認証をとっているのは7%。欧米と比べて認知度は低く「五輪を契機に広まって欲しい」(SGEC事務局)という状況だ。
 大会中に選手らに提供する食材にも環境への配慮が求められる。だが水産業界でも、動きは鈍い。
 東京・築地の大手卸売り「中央魚類」は2015年、国際認証の水産物を流通させる資格を取得した。東京五輪に向け「『世界の築地』として国際認証品を出せなければ恥ずかしい」と考えたからだ。ところが現在までに、国内で国際認証を取得した漁業者は三つだけ。築地市場で出回る認証品は「ほぼゼロ」という。
 組織委は今年、国際認証に限らず、国や県が認める漁法も認め、実質的に門戸を広げる調達コードを定めた。国際基督教大の毛利勝彦教授(国際関係)は「日本のガラパゴス化を懸念している。国内外の基準を併用することで、海外から低い評価を受けかねない」と指摘する。
■「政府は建前ばかり」
 持続可能性への配慮は、労働分野にも求められている。組織委の調達コードは長時間労働の禁止を明記。東京五輪施設工事の関係者でつくる厚生労働省の協議会も昨年6月、「レガシー(遺産)として今後の快適で安全な建設工事のモデルとなる」ような職場環境をつくることを申し合わせた。
 ただ主会場となる新国立競技場の建設工事をめぐっては今春、23歳の現場監督が自殺し、労災が認められた。
 「政府は建前ばかり。実態はレガシー(遺産)になるようなものではない」。都内の中小建設会社の社長(40代)は話す。今年、断続的に新国立の基礎工事の一部を請け負った。
 新国立の現場では、初めて入る作業員は午前7時から研修があるという。事前準備もあり、車で乗り合って行くため、対象者がいると全員5時半に集合せざるをえないという。「工期に余裕がなく、少しでも作業時間を確保したいのでは」
 従業員からは、前日つくった作業予定が翌朝に変更されたり、予定にない作業が突然発生したりといった報告があったという。社長は「工期の終わりが近づくとさらに無理が出るのは明白。今後、事故や手抜きが心配だ」と話す。
 自殺が報道されたことを受け、元請けの大成建設は作業員詰め所の午後8時閉所や、工事業者への入退場記録提供などの対策をした。東京土建一般労組が7月に行った調査では、1日11時間程度の長時間滞在や1日1万数千円にとどまる賃金の低さが浮かんだ。佐藤正雄・副主任書記は「処遇が悪いのは他の現場も同じだが、五輪施設もそれでいいのか。東京五輪が、変わるきっかけにならなければならない」と話す。
■国民の意識に変化残せるか
 「五輪史上、最も持続可能性に配慮した大会を目指す」。25日、都内であったシンポジウムで組織委の幹部はそう語った。
 大きな経済効果をもたらしてきた五輪だが、1990年代までには森林伐採などによる環境破壊が問題に。環境への配慮が次第に重視され、特にロンドン大会は限りある資源を大切にする「地球1個分の五輪」をコンセプトに、持続可能な社会の実現が目標に掲げられた。今回の東京大会はその延長線上にある。
 課題は、五輪後の社会にこうした理念を残せるか。組織委でディスカッショングループの一員を務める東京都市大の枝廣淳子教授は「五輪を一時の盛り上がりに終わらせず、2020年の後の社会を変える起爆剤にしたい。制度や国民の意識に変化を残せるか。それこそが本当のレガシーだ」と話す。(高野遼、高浜行人)

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