読売新聞 保安院「やらせ」 まさか監督官庁が 専門家「信頼失墜」

2011/07/29 東京読売新聞 夕刊

 ◆対策監「記憶にない」
 経済産業省原子力安全・保安院が、浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)のプルサーマル計画の説明会で、質問内容が反対派に偏らないよう「やらせ質問」を要請していたことが29日、中部電力の記者会見で明らかになった。玄海原発の再稼働を巡る九州電力の「やらせメール」問題に続く不祥事。今度は原発の規制を担う監督官庁による「世論操作」とも受け取れる行為だけに、住民や専門家からは「原子力行政の信頼は失墜した」などと厳しい声が相次いだ。

「今の段階では報告書の内容が明らかになっておらず、言及できない」。東京・霞が関の保安院で午前11時過ぎから開かれた定例記者会見。報道陣から厳しい質問が相次ぐ中、説明役の森山善範・原子力災害対策監は苦しい説明に追われた。

 当時、原子力発電安全審査課長だった森山対策監は、説明会に自ら国側の説明役として出席。プルサーマル計画について「安全の確保に万全を期します」などと発言していた。

 森山対策監は会見で、「中越沖地震のすぐ後で、参加者から耐震について厳しい質問を受けた記憶はあるが、(やらせについての)記憶は頭の片隅にもない」と釈明。政府としての見解や今後の対応については、「もちろんあっていいことはない。まずは事実関係を含めて報告書の中身を確認し、その上で対応させていただきたい」と答えるにとどまった。

 一方、中部電力の会見は名古屋市東区の本店で行われた。寺田修一法務部長が経済産業省への報告書を淡々と読み上げ、「保安院の依頼にかかわらず、特定の意見を表明するように要請することを防止することができたことは高く評価している」と述べた。

 また会見では、同社地域事務所の幹部が地元の意見があった方がよいと考え、10人程度に「厳しい意見でもよいので、発言してほしい」と依頼したことも明らかにした。ただ、シンポで発言した12人はいずれも計画に慎重、消極的な意見で、計画を容認する発言はなかったという。

 問題の説明会が開かれたのは2007年8月26日。国が主催し、静岡県在住の524人が参加した。

 ◆地元「ふざけるな」 
 地元には戸惑いや怒りの声が広がった。
 中部電力浜岡原発のおひざ元、静岡県御前崎市に住む伊藤実さん(70)は、問題となった2007年のシンポジウムに参加したという。「自分は反対派として知られているので、手を挙げても司会から指してもらえなかった」と振り返り、「国や中電が主催する説明会ではよく見られるので、今回のことでも今更驚きはない」とあきれる。

 浜岡原発から約10キロの距離にある「御前崎グランドホテル」の福田昌朋社長(56)も「ふざけるな、の一言」と怒りが収まらない様子で、「中電がその依頼を拒否したのは安心したが、指示系統のトップである保安院がそういう工作をするなんて、ばかなことはありえない」と語った。

 パネリストとして参加した九州大学大学院の出光一哉教授は、「会場からはプルサーマルに反対する意見も出て、偏っていた印象はない。中部電力側から特に要請もなかった。仮に保安院からそのような要請があったとしたら、自由に意見を言い合うというシンポジウムの意義が失われる」と話した。

 2006年6月に愛媛県内で開いたプルサーマル発電に関するシンポジウムでは、会場で参加者へのアンケートを実施。439人の回答者の半数以上が、プルサーマル計画の必要性と安全性について「理解できた」「だいたい理解できた」と答えたとされた。また、会場で発言した15人のうち、10人が四電側に依頼されて質問していたことも判明。

 だが、この時、四電の呼びかけで参加したという関連会社社員の男性(59)は「四電の社員からは参加の勧誘だけ受けた。会場で意見を述べるかどうかについての指示は一切なかったので、述べなかった」と批判は心外だという表情で語った。

 シンポジウム開催前に関連会社員や協力業者に声をかけたという四電社員は「反対派も動員をかけているという思いもあった。参加呼びかけは問題とは今も思っていない」と話した。

 ◆九電やらせより悪質
 斎藤伸三・元日本原子力学会会長の話「今回の問題は、原子力を規制する側の原子力安全・保安院が要請していたという点で、九州電力の『やらせメール』問題以上に悪質で、衝撃を受けた。原子力規制への信頼を失墜しかねず、国民が原子力政策に対し、疑いの目を向けることにつながるのではないか。保安院を経済産業省から分離することは決定的な状況だが、国民に信頼される独立した新たな規制機関を作る必要がある」

 ◆たまたま表面化か
 森岡孝二・関西大教授(企業社会論)の話「電力会社は原発の立地段階から住民対策が課題で、世論工作に腐心してきた流れがあっただけに、社員に公聴会や説明会の参加を呼びかけたことは体質的なもので、今回たまたま表面化しただけではないか。多様な意見があるはずなのに、特定の方向に導いてしまうと、住民が不安に感じている点など、知っておくべき情報が把握できなくなる。結果として、自ら作り出した世論にだまされ、企業としての方向性を誤ってしまう」

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