「会社を辞めたい? どうぞ辞めてください」 (6/12)

 「会社を辞めたい? どうぞ辞めてください」

NHKニュース ビジネス特集 2019年6月12日 17時34分
 
転職などで勤めていた会社を辞める人も少なくない昨今。転職で会社を渡り歩く姿を「ぴょんぴょんと飛ぶ」という意味の「ホッパー」という英語になぞらえ、「ジョブ・ホッパー」と呼ばれる人たちもいます。会社を去る人間は裏切り者、「はい、さようなら」とするだけでは、会社にとってはもうデメリットしかないかもしれません。そんな中、英語で同窓生を意味する「アルムナイ」ということばが企業の間で広まっています。ビジネスでは「退職した人たち」を指します。企業のなかにはこの「アルムナイ=退職した人たち」と関係を持ち続け、自社のビジネスや優秀な人材の獲得につなげていこうという動きが出てきています。(経済部記者 茂木里美)
 
卒業式ならぬ“卒社式”
ITのベンチャー企業で行われた“卒社式”
東京・丸の内にあるITのベンチャー企業「レッドフォックス」で、4月末、転職のために退職する人を送り出すセレモニーが行われました。上司からの感謝のことばや花束が贈られ、その様子はまるで卒業式のよう。送り出された井上敦生さんは「会社を去る社員に感謝と今後の成功を祈ってくれてありがたく思っています。想像以上に評価されていたことがわかり、うれしかったです」と話していました。井上さんは、今後、この企業の「アルムナイ」になります。
社員のモチベーションをあげたい
この会社がアルムナイとのつながりを持ち始めたのは1年前です。決めたのは、取締役の横溝龍太郎さん。社員が定着せず、自社への誇りや評価が低いことが気になっていました。「去る人は追わず」では、人材の流動性の高い時代に合わないのではないか、また、退職した人たちは今後のビジネスパートナーにもなりうるのではと考え、これまでの姿勢から一転。アルムナイとつながる仕組み作りを始めました。
まず行ったのが、アルムナイと会社の現役社員の間で近況報告などができるインターネット上の専用の掲示板を作ることでした。
 
ここを通じて、アルムナイが今、どんな業界にいるのか、どんな仕事をしているのかなど情報交換します。別の企業に行った人とつながりを持つことで、新しいビジネスにつながる動きも出てきています。
 
さらに成果も。掲示板を通じて、アルムナイの活躍が社内で共有されたことで、現役社員の間で自社への評価があがりました。「人材を育てられる会社だ」という訳です。
 
また、活躍しているアルムナイが自社の出身であることが知られることで、会社の知名度をあげる効果も見られたということです。良好な関係を続けているからこそ、アルムナイもPRに貢献してくれるのです。こうしたことが、現役社員のモチベーションにもつながったといいます。
 
横溝さんは、「ベンチャー企業や中小企業が優秀な人材を獲得する上で、会社の知名度やブランド力は非常に重要。うちの会社を退職したアルムナイが活躍することが、結果的に我々の会社の力になっていく」と効果を実感していました。
「アルムナイ」をビジネスに
アルムナイと企業の関係づくりをビジネスにしている企業があります。東京・新宿区にある「ハッカズーク」です。CEOの鈴木仁志さんは、人材コンサルとして働いていた経験を生かして、2年前に起業。企業とアルムナイの間でやりとりができるシステムの構築などを手がけています。
 
企業側は、新規プロジェクトなどについてアルムナイからの意見をもらったりする一方、アルムナイ側からは協業を呼びかけたりと導入企業の活用が広がっているということです。これまでに上場企業も含め、10社ほどと契約を結んでいます。
 
鈴木さんは「新人から育成したのに転職されることは企業にとってはマイナス。しかし、転職が当たり前になっている今、採用に力を入れてきた企業が、今後は退職ということにもどう向き合うかが重要になってきている。退職した人と関係を持ち続けることは、企業の多様性にもつながると考えている」と話していました。
あのブランドもアルムナイ
大手化粧品メーカー「コーセー」の売り場
大手化粧品メーカー「コーセー」は7月からこのシステムを導入します。つながろうとしているのは、転職や結婚、出産などで退職した美容部員たち。人手不足の中、さまざまな経験を積んだ人材の確保を狙っています。退職者とやりとりをしている現役社員を通じて、システムへの登録を呼びかけ、採用につなげようとしています。
 
戦略ブランド事業部の佐々木秀世さんは「技術があり、自社のブランドを熟知したアルムナイが戻ってきてくれたら、即戦力になる。強いては、組織の人材強化にもつながっていく」と期待を寄せています。
“辞めたあとも会社の仲間”
企業側から見て、退職したと人とつながりを持ち続ける、改めて仲間に迎え入れるというのは、まだ、なじみが薄いかもしれません。
 
しかし、転職が増え、人材の獲得競争が激しくなっている中では、これまでのやり方にこだわらず、“辞めたあとも会社の仲間”だという考えが重要になってくるのではと感じました。
 
雇用の形態や社歴など自社との関係ではなく、能力ベースでの人材活用こそが日本企業にとって必要だと考えます。
経済部記者
茂木里美
 
フリーペーパーの編集者を経てNHKに入局。現在は電機業界の取材を担当
 

この記事を書いた人