研修医に「年1860時間」時間外特例認める根拠は何か?全国医師ユニオン、第9回医療労働研究会で疑問相次ぐ (11/4)

研修医に「年1860時間」時間外特例認める根拠は何か?全国医師ユニオン、第9回医療労働研究会で疑問相次ぐ
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2019年11月4日 橋本佳子(m3.com編集長)

 全国医師ユニオンは11月3日、第9回医療労働研究会を「医師の働き方は変えられるのか?〜医師の過労死裁判報告より〜」をテーマに都内で開催した。医師の働き方改革の動向に注目が集まる中、研修医に時間外労働の上限規制の特例として「年1860時間以内」まで認めることを問題視する声が相次ぎ、「長時間労働がより良い研修につながるエビデンスがあるのか」と、根拠なき決定への懸念が呈せられた。

 医師の長時間労働の是正は容易ではないが、国民の理解を得ること、そのためには不幸にも過労死した医師の遺族らが声を上げる必要性も指摘された。卒後2年目の研修医だった娘を過労自殺で亡くした医師は、「医師の命を守らずして、医療は守れない。“ドクターファースト”が当たり前だろう。異常な数値が独り歩きする状況を何とか改善してもらいたい」と訴えた。

 全国医師ユニオンは設立10周年。代表の植山直人氏は、「医師が労働組合に入るハードルが高いのか、これまではなかなか会員が増えなかったが、今年は15人ほど増えた。その半数が研修医であり、若い医師の労働に対する考え方が変わってきたのではないか」と語り、同ユニオンでは研修医委員会を設置し、研修医が抱える独自の問題を検討していく方針を説明した。医師の長時間労働と医療安全は関係する問題であることから、「医療事故が起きた時に、医師は敵視されるが、そもそもその医師がどんな働き方をしていたのか、どんな環境で仕事をしてきたのかを明らかにして、国民の理解を得ることも必要ではないか」と提案した。

全国医師ユニオン代表の植山直人氏
「長時間研修=研修成果大」、エビデンスあるか
2024年4月から適用される医師の時間外労働の上限は「年960時間以内」。しかし、「集中的技能向上水準」として、「C-1」(初期・後期研修医に適用)、「C-2」(卒後6年目以降に適用)は特例として、「年1860時間以内」とすることが可能。

 医師の働き方を考える会共同代表の中原のり子氏は、小児科医だった夫の中原利郎氏が過労自死した経緯を振り返った上で、医師や看護師の数多くの過労死事例を説明(『「医師の過重労働の放置につながる判決」、小児科医の過労死裁判』などを参照)。研修医の過労死として最近注目された一例が、新潟市民病院で後期研修医だった木元文氏(当時37歳)が、2016年1月に過労のため自殺した事案(『新潟過労自殺、「医師の勤務適正化図る」―新潟市長』などを参照)。中原氏はそれ以前にも同病院で内科医が過労死し、公務災害認定された事例があると指摘し、新たな犠牲者を生まないためにも遺族が声を上げる必要性を訴えた。

 その一人として登壇したのが、医療法人寛明会山田内科クリニック(埼玉県三芳町)理事長の山田明氏。山田氏の娘である研修医(当時26歳)は、2年目に入ったばかりの2006年4月に過労自殺した。同年7月に労災申請し、2007年2月に労災認定された。「当直は年間77回、1カ月の時間外労働は150〜200時間に上っていた」。勤務先の大学病院の就業規則では、平日の勤務時間は午前9時から午後5時で、当直は月4回、日直が月1回だった。

 山田氏は、「職業別に見て、医師だけが特別の体質を持っているというのか」と問いかけ、「年1860時間以内」という特例について、医師だけに認める医学的根拠のほか、長時間研修が良いという根拠もないと問題視した。山田氏が声を上げるようになったことは今年に入ってからのことで、「異常な数値が独り歩きする状況を何とか改善してもらいたい」という思いからだったという。「医師の命を守らずして、医療は守れない。“ドクターファースト”が当たり前だろう」(山田氏)。

 フロアからも、「臨床研修制度では、研修医は早く返さなければいけないはず。研修医はミスをしがち。だから労働時間を短縮し、守られているはずではなかったのか。にもかかわらず、C-1の基準があるのは違和感を覚える」、「他の業界では、新入社員は3カ月、6カ月などの期間、研修するが、研修医については、ほぼいきなり現場に出るのは乱暴すぎるのではないか」、「自分の心身にある程度、余裕がある状態でないと、学ぶことができない。新人ほど余裕が欲しいはず。どんな環境で研修すれば、最も効率がいいのかについてのエビデンスを出すべき」といった意見が上がった。

 植山氏は、「C-2」についても、「無給医」が多いのはこの年代に相当する医師であるとし、「長時間労働になるのは、無給医あるいは低賃金であるからだ。同一労働、同一賃金の原則で支払い、アルバイトを禁止すれば、長時間労働を抑制できる」と指摘。さらに「一番心配しているのは、労働時間の合算の問題。少なくても年1860時間以内まで認める場合には、(主たる勤務先とアルバイト先を)合算して管理しなければ健康管理はできない」と付け加えた。

 中国地方の僻地病院の過労死事案
第9回医療労働研究会は、弁護士の岩城穣氏の基調講演、植山氏と中原氏、山田氏の発言の後、ディスカッションという流れで3時間強にわたり開催された。

弁護士の岩城穣氏
基調講演した弁護士の岩城穣氏は、中国地方の僻地病院に勤務中、過労自殺した産婦人科医の遺族が労災認定を求めた行政裁判を紹介(『産婦人科医の過労自殺、行政訴訟で労災認定◆Vol.1』などを参照)。2019年5月の広島地裁判決は、労災を認めた。

 岩城氏は提訴から約5年半、自身が代理人を途中から担当した約4年間を振り返り、「タイムカードがなく、労働時間を1日ずつ明らかにしていくことが困難だった」と解説。岩城氏らは、産婦人科医らの協力を得て、当該医師の死亡前1年間の約400人分のカルテを分析し、診療行為を基に労働時間を割り出したことのほか、医師の派遣元である大学教授が、「本来、3人派遣すべきところ、2人しか派遣していなかった」と法廷で証言したことが労災認定につながったと語った。

 また精神疾患の労災認定は、発症時期とその前の労働の過重性を基に判断される。しかし、「今、問題になっているのは、一番大変な時期の前に発症したら、発症後に増悪しても救済されないこと」と岩城氏は提起した。

 植山氏は、長崎みなとメディカルセンター心臓血管内科に勤務する医師(当時33歳)が過労死し、遺族が損害賠償等を求めた事案を紹介(『33歳男性医師の過労死、1億6700万円の賠償命令 -長崎地裁判決◆Vol.1』を参照)。 

 「なぜ医師だけが長時間労働はよし」とされるのか
ディスカッションでは、司会を務めた全国医師ユニオン事務局長の土谷良樹氏が、「なぜ医師だけが長時間労働をすることがよしとされているのか」と問いかけた。

 植山氏は、欧州などとは異なり、日本では医師の労働組合が組織されてこなかったこと、“医師聖職論”、旧来型の医師のキャリアモデルが残っていることなどが複雑に絡み合っているとした。「大学で丁稚奉公として我慢していれば、のれん分けして、開業ができた。しかし、これは1970年代くらいまでのことで、一生勤務医で過ごす人も増えてきて、そのモデルがなくなってきている」。

 岩城氏は、例えば学校教師とは異なり、医師が日々接する存在ではないことから、医師の仕事の大変さが国民にとってはよく分からず、国民の理解が進まないことを挙げた。一方で、医師自身の問題もあるとした。「自分で責任が取れると考えており、根性主義もあるなど、医療界は体育会系で男性社会。年配になるほど、そうした時代錯誤的なところが残っているのではないか」。

 山田氏は、「最終的には研修医が全てをやって当たり前という、封建的な物の考え方がいまだに残っている」と述べ、スポーツ選手では練習量と成績が比例するとは限らず、医師も同様だとした。医師増員、医師の偏在解消、患者教育など問題解決にはさまざまな取り組みが必要だと指摘した。

 中原氏も、「国民の理解が得られていないのが、一番大きな問題ではないか」と述べたほか、「医師の敵は、医師」とも提起。2007年の東京地裁判決で利郎氏の死が労災認定された際、ある高名な小児科医がそれを問題視したことが耳に入ってきたという。「裁判の過程でも、中原(利郎氏)の勤務は過剰だったとは言えないと言った人がいる」。

全国医師ユニオン研修医委員会委員長に就任した前島拓矢氏が最後にあいさつ。
 

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