医師の働き方 識者に聞く 岡留健一郎さん 中原のり子さん(西日本新聞 4/29)

 医師の働き方 識者に聞く 岡留健一郎さん 中原のり子さん

 
西日本新聞 2019年05月06日11時00分 (更新 05月06日 11時15分)
 
 済生会福岡総合病院名誉院長 岡留健一郎さん〔写真〕
 東京過労死を考える家族の会 中原のり子さん〔写真〕
 医師の残業時間の上限〔写真〕
 
 医師の働き方改革を議論する厚生労働省の有識者検討会は3月末、2024年度から勤務医に適用される残業時間の上限規制の枠組みや医師の負担軽減策などを盛り込んだ報告書をまとめた。残業規制は、地域医療を担う医師や研修医らの上限を最大で「年1860時間」とした。報告書をどう受け止めるか。2人の識者に聞いた。
 
 ●地域医療を崩壊させぬように 済生会福岡総合病院名誉院長 岡留健一郎さん
 
 −一部の勤務医の残業時間の上限が年1860時間では、長時間労働は改善されないとの批判も根強い。
 「医師の健康を確保しながら、地域医療における役割をどう果たすか。『今月は残業が多いから』と、手術や検査を途中でやめられるだろうか。医療は不確実性と公共性が大きく、一気に労働時間を短縮すると地域医療は崩壊してしまう。もちろん1860時間がベストではない。2035年に一般労働者並みの年960時間にする努力を忘れてはならない」
 −実現には何が必要か。
 「医師の偏在を解消すること。マンパワーが十分な都市部は働き方改革の余地もあるが、地方の中小病院は厳しい。救命救急や周産期医療など診療科によっても医師が足りない。へき地の医師不足解消のために設けられた医学部の『地域枠』を機能させるなど、対策が必要だ」
 −各病院で取り組むべきことは。
 「私が働く済生会福岡総合病院(福岡市)では昨春から土曜休診、診療時間外の説明中止、救命救急医の交代制などを実現し、残業が月100時間以上の医師が激減した。労務管理の徹底、医師がやらなくていい業務の移管、女性医師が働きやすい環境整備なども大切。自己研さんと勤務のメリハリをつけ、だらだらと病院に残らせない」
 「全国の勤務医約20万人のうち、残業が年1860時間を超えるのは約1割。この2万人を減らすのはそれほど難しくない。問題は年960時間以上残業する約3割(6万人)の労働時間をいかに削るか、だ」
 −自己研さんの時間が削られ、医療の質が下がらないか。
 「医師は患者のため、努力を怠らない。トータルで休む時間が増えないとの指摘もあるため、連続勤務時間制限(28時間)や勤務間インターバル(9時間)などの対策も講じている」
 −患者に求めることは。
 「夜間のコンビニ受診をしない、診療時間外に説明を求めないなど、患者の協力は必須だ。時間外診療では十分な医療が担保されない。医師の働き方改革は患者の安全にもつながることを理解してほしい」
 
 ▼1971年九州大医学部卒業。九大医学部助教授、シカゴ大、済生会福岡総合病院長などを経て2017年から現職。日本病院会副会長も務める。医師の働き方改革に関する検討会メンバー。72歳。
 
 ●「過労死前提」改革と呼べない 東京過労死を考える家族の会 中原のり子さん
 
 −小児科医だった夫の利郎さん=当時(44)=を過労自殺で亡くした。検討会の議論をどう聴いたか。
 「夫は小児科部長代理となった半年後、勤務先の病院の屋上から身を投げた。常勤医が6人から3人に減ったため、多い時は月8日の当直をこなし、32時間連続勤務も多かった。亡くなる直前は『病院に殺される』と言っていた。遺書を読み、彼が命を懸けて伝えたいことならばメッセンジャーになろうと決意した。検討会では参考人として、その思いを訴えた」
 −残業時間の上限は、激論の末の決着だった。
 「年1860時間は月換算すると155時間。脳や心臓疾患による労災認定基準となる『過労死ライン』(2〜6カ月平均80時間)の2倍近い。過労死を前提とした働き方改革は、改革ではなく、野放しとしか言いようがない」
 「今瀕死(ひんし)の状態で働く医師たちの声が反映されていない。検討会の終盤、副座長が『現場の医師に説明できない』と批判し、委員を辞任した。報告書に『賛同できないとする意見があった』と記された点は重い」
 −どんな懸念があるか。
 「労働基準監督署からの是正勧告で残業時間削減に成功したり、交代勤務制を導入したりと改革に着手していた病院もある。『1860時間までOK』と改革が鈍化、後退しないか」
 −3月には若手医師と「医師の働き方を考える会」を立ち上げ、長時間労働の規制を訴えている。
 「労働組合ではなく、産科医など現場で働く若い医師たちが反対の声を上げてくれた。集まった署名はわずか3週間で8千以上。厚労省には当直などを含めた医師の就労データの収集と公開を医療機関に義務付けることや、労務管理に違反した医療機関の管理者への罰則適用を徹底することも要望した」
 −今後の活動は。
 「国は長い間、医師不足の問題にきちんと向き合わず、日本の医療は医師の自己犠牲的な労働によって支えられてきた。失った命は二度と戻らない。患者の命を守る医師こそ、健康で人間らしい働き方をさせてほしい。これからもロビー活動を続けていく」
 
 ▼東京過労死を考える家族の会会員。薬剤師。1999年に医師の夫を過労自殺でなくし、労災認定を受け和解が成立するまで11年闘った。2014年の過労死等防止対策推進法の制定に尽力した。63歳。
 
 ●残業 「年1860時間まで」 一部で容認
 
 検討会は2017年8月に設置され、22回の議論を重ねてきた。報告書では、一般の勤務医の残業時間の上限は「年960時間」とし、休日労働を含めた一般労働者と同じ長さにした。地域医療を担う特定の病院は、35年度までの特例で「年1860時間」とする。国が定めた指標を基に都道府県が選定し1500カ所程度になる見通し。技能の向上が必要な研修医なども、本人が希望すれば「年1860時間」まで認める。
 年1860時間が適用される医師には健康確保のための措置を義務付けた。連続勤務は28時間(研修医は24時間)までで、終業から次の勤務の間に9時間の休息(勤務間インターバル)を設け、これらが実施できない場合は代償休息を付与する。残業が月100時間以上となった場合は、産業医の面接指導を受けなければならない。
 労働時間短縮の方策としては、業務の一部を看護師などに任せる「タスクシフト」や医療機関の集約化・重点化、地域や診療科による医師の偏在対策などが盛り込まれた。労働時間の長い医療機関には短縮に向けた計画作成を義務付け、長時間労働の要因を分析して指導する仕組みもつくる。
 
=2019/04/29付 西日本新聞朝刊=
 

この記事を書いた人