「借金返済のための覚悟の自殺である」心の病、認められず… (10/8)

「借金返済のための覚悟の自殺である」心の病、認められず…
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191008-00023497-gonline-bus_all
2019/10/8(火) 9:00配信 幻冬舎ゴールドオンライン

本記事では、朝日新聞記者・牧内昇平氏の著書、『過労死: その仕事、命より大切ですか』(ポプラ社)より一部を抜粋し、長時間労働だけでなく、パワハラ、サービス残業、営業ノルマの重圧など、働く人たちをを「過労死」へと追いつめる職場の現状を取り上げ、その予防策や解決方法を探っていきます。

「借金返済のための覚悟の自殺である」心の病、認められず…
「借金返済のための覚悟の自殺である」心の病、認められず…

通常の残業と深夜や休日労働は分けるべきだが…
どれだけ長く働いても給料が増えない──。そんな悩みをもっている人は少なくない。住宅リフォームの営業マンだった後藤真司さん(仮名・当時48)は、2011年1月、埼玉県内の自宅で自ら命を絶った。「85時間分の残業代を基本給に含む」という厳しい条件のもとで、長時間労働を行っていた。

前回の続きです(関連記事『 ゴメンネ…必死で守ろうとしたマイホームで、自ら命を絶った夫 』参照)。

A社の給与体系には欠陥があった。妻・夏美さんが起こした裁判で分かったことだ。

あらかじめ決まったお金を時間外手当として支払う「固定残業代制度」は、ただちに違法ではない。ただし、(1)何時間分の残業代を固定で支払うのか明らかにする、(2)想定よりも働いた場合は追加の残業代を支払う、などの条件がある。

さらに言えば、通常の残業と深夜や休日労働は分けなければならない。通常の残業(1日8時間、週40時間を超える労働)の割増率は25%だが、深夜残業(午後10時以降)は50%で、休日労働は35%になることが、労働基準法できまっている。つまり、同じ残業時間でも深夜や休日に働けば手当の額は増える。支給漏れを防ぐため、それぞれを区別する必要があるのだ。

だが、A社の制度はおおざっぱに「月85時間までの残業代を基準内給与に組みこむ」というもので、深夜や休日などの区別がなかった。裁判所(東京地裁)はこの点を指摘し、A社の給与体系のうち、固定残業代にかかわる部分を「無効」と判断した。

固定残業代が「無効」になると、残業代は基準内給与とは別に支払う必要がでてくる。判決文は、会社への制裁の意味がある「付加金」と合わせて計460万円の残業代の支払いをA社に命じた。

「固定残業代制度」の落とし穴
ここからは一般論として読んでほしい。「固定残業代制度」はここ十数年で日本の職場にかなり広がってきた。それはなぜか。正しく運用すれば会社にはそれほどメリットがない。固定額以上に働けばそのぶんの残業代は払わねばならないし、深夜や休日労働については別途清算する必要があるからだ。

これまでの取材経験から言って、会社側の狙いは次の2点だとわたしは考える。

(1)残業代を支払わない方便に使う

「うちの会社は残業代を固定で支払っている」と社長や上司から言われると、なんとなく納得してしまう人は多いだろう。給与規則などを細かく調べないと何時間の残業代が固定なのかが分からない会社もある。

(2)基本給を高く見せかけて求人しやすくする

求人情報を集めたウェブサイトなどを見ると、仕事内容などとともに「給与」を紹介する欄がある。管理が甘い一部のサイトでは、基本給をここに明示せず、固定残業代を含んだ金額を書いている会社が散見される。実際よりも給与水準を高く見せかけて求人への応募者を増やすための企みと言えるだろう。

3年ほど前にわたしが取材した20代男性のケースを紹介したい。

男性は新卒の就職活動のときにある会社の企業説明会に行き、「基本給30万円」という説明を受けた。「いい給料がもらえる」と思って入社したところ、のちに給与明細をよくみると、「基本給15万円 固定割増手当15万円」と書いてあった。実際には月100時間以上残業しても追加の残業代は支払われず、支給額は15万円だけだった。(1)と(2)の両方をねらったケースと言えるだろう。

この固定残業代については近年トラブルが多発し、厚生労働省も手を打ちはじめた。求人企業に対し、可能な限り早い段階で固定残業代の詳細を明示するよう、強く求めている。悪質なやり方をする企業がなくなることを願うばかりである。

「高度プロフェッショナル制度」は最も危険な働き方か
世の中を見渡すと、残業代をきちんともらっていない人びとは、少なくない。

サービス残業をさせられている人、固定残業代で手当をごまかされている人。

仕事の進め方や働く時間帯を自由に決められる「裁量労働制」の人びとは、前もって労使で決めた「みなし労働時間」に応じて残業代が出る。「一日9時間」のみなし労働時間なら、一日1時間の残業代が出る仕組みだ。実際は7時間で終わっても賃金は減らないが、逆に12時間かかったとしても、賃金はやはり9時間ぶんだ。

2000年代に問題となったのは、「名ばかり管理職」だ。十分な権限や待遇が与えられていない人が、労働基準法の「管理・監督者」として扱われ、残業代が支払われない問題だ。もともと、法律上の「管理・監督者」として扱うには、▽経営者と同じ立場にある、▽働く時間に裁量権がある、▽一般の社員と比べて給料が高い、などの条件がある。ファストフードの店長など、本来はこうした条件を満たさない人びとが名ばかりの管理職として扱われ、残業代不払いの被害にあった。

残業代などの時間外手当は、働き手を守るためにある。働く時間は「1日8時間」が原則で、それ以上働くと生活や健康に支障が出てくる。経営者が長時間労働を命じる歯止めにするために、時間外手当には通常よりも高い割増賃金を払うことが法律で義務づけられているのだ。悪質な固定残業代や名ばかり管理職で残業代が増える心配がなければ、会社は思う存分、社員に長時間労働をさせることができる。これでは働きすぎが蔓延する恐れがある。

こうした状況が深刻化する心配もある。

2018年夏、労働基準法が改正され、「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)という新たな制度の導入がきまった。この制度の対象になると、残業や深夜・休日手当が一切出なくなる。先ほど紹介した裁量労働制は深夜・休日手当は出る。管理・監督者も深夜手当だけは出る。高プロは、そうした働く時間に応じた賃金が一切出ない点で、働き手に「最も危険な働き方」とも言える。

この制度の原型は10年以上前から話し合われてきた。経済界が国に求めていたからだ。過労死遺族らは「残業代ゼロ制度だ」と反対を続けてきたが、企業寄りの自民党政権によって実現してしまった。年収が1075万円を超える人が対象で、職種も研究開発職やコンサルタントなど5業務に限定するというが、要件がしだいに緩和され、多くの働き手が対象にならないとは限らない。

裁判所は「借金返済のための覚悟の自殺である」と指摘
真司さんのことに話を戻したい。

残念ながら、真司さんの自死には労災が認められなかった。

長時間労働と営業目標のプレッシャーなどを考えれば認められてもおかしくないケースだったはずだ。だが、船橋労働基準監督署(千葉)は申請を退けた。行政の決定を不服とした裁判にも敗れ、夏美さんの希望はかなえられなかった。

一番のハードルは、数百万円の借金があったことだった。

遺書は、死後の借金清算について、夏美さんに細かく指示を出していた。裁判所(東京地裁)はこれらの点を重くみて、「借金返済のための覚悟の自殺である」と指摘した。自死が労災として認められるには、本人が心の病にかかっていたことが前提になる。病気のために正常な判断ができず、死を願う気持ちが高まって自死に至る──。そういう流れが必要になる。裁判所は、借金返済という合理的な目的で自死をはかった真司さんには、心の病による判断力の低下が認められないと考えたのだった。

なんともやるせない結論だ。

たしかに遺書には「借金清算」のことが書いてあったが、それだけですべてを判断していいものだろうか。数百万円の負債は少ない金額ではない。だが、子どもたちはあと数年で職を得て自立するだろう。夏美さんもパート勤めを続けていた。冷静になれば挽回のチャンスはいくらでもあったはずだ。やはりうつ病などの心の病で判断力が低下したからではないだろうか。真司さんは長時間労働による疲労に加え、いくら働いても給料が増えないことへの苛立ちもつのらせていた。この状況で心の病を発症することは想像にかたくない。本当に「覚悟の自殺」と切り捨ててよいのだろうか。

真司さんは職人肌の人だった。設計の仕事にこだわりを持ち、その仕事を続けるため、大手企業から中小へと働く場を変えた。「リーマン・ショック」で職を失い、背水の陣で臨んだのが、リフォーム営業の仕事だった。その間に給与不払いも経験したが、家族を不安にさせないために、一人でなんとかしようとした。仕事を怠けたことはないし、常に家族に気を配ってきた。その時々でベストを尽くした結果、袋小路に迷い込んでしまったのだ。

「もし自分だったらこうはならない」と、言い切れる人がどれだけいるだろうか。

(続)

牧内 昇平
 

この記事を書いた人