長時間労働、低賃金…日本のテレビ、映画業界の働き方、このままでいい? 「日本人もそろそろ立ち上がる時」米国からエール (2/16)

俳優のギャラが土日は2倍、「温かい食事」を出す義務…米国の映像業界で進む「働き方改革」のウラに組合あり
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弁護士ドットコム 2020/02/16

〔写真〕ハワイの自然を生かした撮影シーン(写真は西谷さん提供)

他業種に遅れを取っていたテレビや映画業界でも「働き方改革」が進んでいる。「夜遅くなる前に撮影を切り上げる」「1作品スタッフ2交代制」「週休2日」などテレビ局社員や制作会社社員の事例がメディアに取り上げられることも増えてきた。

そう言われながらも、制作現場のスタッフは「それは予算の潤沢な番組の話で、深夜番組や低予算番組ではいまだに現場では過重労働が行われている」と、疲れた表情を浮かべる。

過酷な映像業界で疲弊する彼らがため息まじりに口を揃えるのが「アメリカはいいなあ」。現地では現場のスタッフの労働環境や雇用が厳格なルールで守られているからだ。

●「仕事の後は自分の時間を持つゆとりがあった」

日本のテレビ番組や映画、CMを海外で撮影するとき、必要になるのが現地コーディネーターだ。アメリカ・ハワイ州のコーディネート会社による非営利団体「HIFA(Hawaii International Film Association)」には22社が登録している。またフリーのコーディネーターは約50人いるそうだ。

そのうちの1社「マジックアイランドプロダクション」を経営する代表の西谷広己さん(64)は1976年からハワイ州でコーディネーターとして働き、日本のテレビ、映画、CM業界関係者から「コーキさん」と呼ばれてよく知られた存在だ。

アメリカの俳優や現場スタッフの労働に精通するコーディネーターの西谷広己さん(写真は西谷さん提供) アメリカの俳優や現場スタッフの労働に精通するコーディネーターの西谷広己さん(写真は西谷さん提供)

今回、日本とアメリカの違いについて教えてくれた。

「日本の芸能業界のかたがアメリカ、ハワイで働くと『日本の僕たちの環境とは全然違う。うらやましい』と言って帰っていきますよ」(西谷さん)

ある音声スタッフの30代男性も昨年、ハワイロケで労働環境の違いに驚いた。

「予定されたスケジュールはタイトでしたが、進行は予定通りに進み超過時間もなく、仕事の後は自分の時間を持つゆとりがあった。日本なら何時間押しても平気で働く必要があるし、どれだけ残業してもその分のギャラは払われません」

アメリカでは俳優(モデル、歌手など表現者も含む)も組合「SAG−AFTRA」に加入し、労働環境が守られていることは日本でもよく知られている。映画のユニオン「Screen Actors Guild」とテレビのユニオン「American Federation of Television and Radio Artists」は別々だったが、2012年に合併した。

●「俳優のギャラが土日は倍に」「8時間労働の原則」の徹底

SAG−AFTRAの仕組みは、出演料に関して俳優に恩恵を授けることになる。テレビ、映画、CMなど放映された作品の印税(二次使用料)が俳優に支払われるのだ。日本で俳優に支払われるのは「作品1本のギャラ」に限られる。

「アメリカで撮影した映画をアメリカで放映する場合は、放映される地域の人口密度に応じて俳優が得られる印税のパーセンテージが決まっています。映画では長編・短編、テレビでも単発か連続ドラマか、それともCMなのかでパーセンテージが変わります。俳優だけでなく、エージェンシー(所属事務所)、フリーの制作ディレクターやプロデューサーにも入ります」(西谷さん)

セリフをひと言でも話していれば、数ドルだとしても俳優には印税が入ってくる。プロデューサーは厚さ2センチの料金表・契約表をすべて頭に入れておかねばならない。映画が公開された後にテレビや有料チャンネルで放送されたり、DVDやブルーレイディスクでリリースされたりする「二次使用」の印税も俳優らに分配される。

ユニオンの俳優は作品のオーディションでさえ、非加入者よりも優遇される。

「CMのオーディションを実施する場合、まずはユニオンに入っているモデルさんから先にオーディションを受けさせないといけない。すでに1時間待っている人がいたとしても関係なく優先します。1時間でも待たせたら、たとえ雇えなくても料金(罰則金)が発生しちゃうんです。このケースだと44.50ドルです」。

ほかにも「俳優のギャラが土日は倍になる」、「8時間労働の原則(超過分は1時間につき5割、10割増し)」などのルールも徹底されている。労働環境が守られているのだ。

●「技術スタッフは1日10時間の労働が基本」

俳優の話で前置きが長くなったが、アメリカにはいわゆる「裏方」のスタッフにもユニオンがある。これが冒頭で日本人スタッフが「うらやましい」と話した理由になる。

「アメリカにはカメラマンや音声などの裏方さんにも各ユニオンがあって、フリーとして働いている人が所属しています」

映画・CMの技術ユニオン「IATSE(International Association Of Theatrical Stage Employees・国際映画劇場労働組合)」と、テレビの技術ユニオン「IBEW(International Brotherhood Of Electrical Workers・全米電気労働組合)の分類がある。カメラマンのユニオン、機材や人を運ぶドライバーのユニオンなど多種多様な仕事に関わるユニオンが上の大きなユニオンとも提携している。

俳優と同じく、ユニオンに加入しているスタッフたちの働き方にも厳格なルールが適用される。

「技術スタッフは1日10時間の労働が基本です。たとえば1日10時間で500ドルの仕事の場合、時給換算すると1時間50ドル。超過した11、12時間目は基本の時給に追加で50%増し(75ドル)。13、14時間目は1時間で2倍の100ドル追加。さらに15時間目は2.5倍の125ドル追加されるのです」

たとえば日本では、10時間を予定していた撮影現場が長引き、15時間働いたとしても、超過分のギャラは支払われないのが普通だ。ギャラは500ドルのままだ。しかし、アメリカならおよそ倍額の975ドルを手にすることができる。

日本人スタッフが日米どちらの現場で働きたいと思うか。答えは明らかだろう。

さらには「その日の撮影が終わってから次の日の撮影スタートまで10時間の間隔をあけないとスタッフのギャラは倍額料金」というインターバル規定もある。

また撮影が長引いた場合には、連勤6日目のギャラは50%増し、7日目は倍となる厳しい規程も。「ユニオンの労働条件を考えて効率よく撮影をしないと、あっという間に予算オーバーです。作業の一切の無駄がなくなります」(西谷さん)

●根底にあるのは「人間らしい扱い」

ギャラの話題が続いたが、ユニオンに加盟しているスタッフには「人間らしい扱い」がいつでも求められる。「ミールペナルティー」という罰則が象徴的だ。

「スタッフには仕事開始から6時間ごとに最低30分〜1時間の休憩と食事を与えないといけない。ファストフードではダメです。座って温かい食事を食べないといけません。日本の人は走りながら車の中で食べましょうと言いますが、車で移動しながら食べるのもダメです。

6時間を過ぎると30分につき11ドル。次の30分は13ドル、次の30分は15ドル。延々と罰則金がつく。この罰金がミールペナルティーです。ロケで30人雇っていれば、一気に何百ドルも発生します」

正午に昼食を食べて、午後1時から撮影を再開して午後6時に海に沈んでいく夕日を撮りたい。午後6時から撮影したらミールペナルティーが発生してしまう。

「こんなときは午後4時に食べさせれば大丈夫。食事の前倒しはオーケーなんです。ただし、少ない人数であれば、ミールペナルティーを払っても撮りきってしまおうという仕事の進め方もある。こうした計算に頭を悩ませるのがコーディネーターやプロデューサー、ディレクターの仕事です。

日本のスタッフはタイトなスケジュールの中で、現地の人たちが休憩や食事をしっかり取っているのを見て驚きます。日本の環境と全然違うと思うわけです」

ここまでの紹介だけでも、日米どちらの撮影現場で働きたいかという答えは明確なはずだ。後編ではスタッフのユニオンが守る「雇用」について西谷さんが解説する。他方、ユニオンの存在がもたらす「デメリット」についても触れていく。


長時間労働、低賃金…日本のテレビ、映画業界の働き方、このままでいい? 「日本人もそろそろ立ち上がる時」米国からエール
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弁護士ドットコム 2020年02月16日 09時31分

〔写真〕ハワイでの撮影現場(写真は西谷さん提供)

アメリカのテレビ・映画・CMなど芸能界のスタッフの働き方について、「前編」(タイトル)で紹介してきた。「スタッフ専門」のユニオンに加入した人たちは「人間らしい扱い」を基盤とした方針によって、日本とくらべてホワイトな労働環境が保障されている。

「後編」で取り上げる「雇用」に関しても、彼らは優遇され、仕事にあぶれにくい仕組みが作られていた。

●海外から受けた仕事でも現地スタッフの雇用を守る

前編で紹介したように、アメリカの俳優(モデル)がユニオンに所属してギャラや印税が守られるのと同じく、「裏方」として働くカメラマンやドライバーなどのスタッフも「スタッフ専門ユニオン」に加入することで、ルールにのっとり、適正なギャラが支払われ、労働時間が厳粛に運用される。

たとえば、スタッフが決められた時間を超過して働いたり、連続勤務が続いたりすると、雇用主は割増分のギャラや、ときには倍額のギャラを支払わなければいけない。また、撮影中の休憩・食事時間もしっかり取る決まりがあった。

このように、アメリカではスタッフの労働環境がユニオンによって守られているわけだが、雇用も守られている。

日本を含めた海外からのテレビ局や制作会社の撮影隊がアメリカでロケをする場合、ユニオンに加入している現地のスタッフを雇用する必要がある。現地雇用の促進が撮影隊にビザを出す条件なのだ。

日本の俳優やスタッフは、現地で雇ったアメリカのスタッフと一緒に働くことで、彼らの仕事ぶりを「必ず」近くで体験し、日米の仕事の進め方の違いを実感する。

なお、アメリカの中でもハワイは独自の入国パイロットプログラムを作成した。

今回の取材に協力してくれた、ハワイ州で撮影コーディネート会社「マジックアイランドプロダクション」を経営する代表のコーディネーター西谷広己さん(64)が説明する。西谷さんの会社はハワイのコーディネート会社による非営利団体「HIFA(Hawaii International Film Association)」に登録している。

「ロケーションとして魅力のあるハワイには海外からの撮影隊が頻繁に訪れます。日本からアメリカに撮影隊が来る場合、通常はワーキングビザ(O又はPビザ)が必要で、取得までに1〜3カ月かかります。ハワイでは、日本や韓国、オーストラリアなどビザ免除プログラム参加国からの撮影隊には最大90日までの特別な入国パイロットプログラムを適応します」

通常、ビザは大使館で取ることになるが、このプログラムにビザは必要ない。「日本のテレビ局や制作会社はHIFA所属のコーディネーターを雇用し、HIFA事務局を通して申請をすることが可能になりました」

ハワイだけの特別なルールが作られたわけは、過去の出来事が影響している。1980年代、ハワイは海外からの撮影隊の入国をボイコットしたのだ。

「日本の撮影隊がハワイ現地のユニオンスタッフを雇わずに番組やCMを撮影する事態が相次いだことで、反発したのです」。そこでハワイのコーディネーター会社約20社が1989年になってHIFAを創立。

「ハワイ選出上院議員に嘆願し、各ユニオンの代表、イミグレーション(入管)からご尽力頂きまして。このパイロットプログラムを発足させてもらいました」

過去に起きた現地スタッフの雇用危機に対抗するべく、30年前にはすでにルールを作っていたわけだ。

このプログラムの適用条件は「放映は日本のみ。アメリカでは放映しない」こと。 「NHKさんはアメリカでも番組を放送しているので、NHKさんのドラマを撮る場合は O又はPビザの申請が必要になり最低1〜3カ月のプロセスを踏みます」

ちなみに、静止画(スチールカメラマン)の仕事にはユニオンがない。「ファッション誌など雑誌もハワイにスチール撮影に来ますが、現地スタッフを雇う必要はありません」。

●年金、福利厚生、労災保険も完備

このように雇用、労働環境を守ってくれるユニオンに加入するハードルはそんなに高いものではない。技術スタッフはユニオンに会員費を支払って加入する。各ユニオンで会員費は異なり、ある程度の経験さえあればそれほど困難ではないようだ。

「コーディネーターの推薦があればテレビの技術ユニオン(電気労働組合)には簡単に入れます。CM・映画のほうはある程度の技術経験があって審査に合格しないと入れません」(西谷さん)。

ユニオンに加入しない人もいるが、映画や長期のドラマシリーズなど大きな仕事はユニオンを通さなければありつけない。

さらに組合に入る大きなメリットの1つは、年金や福利厚生にもある。

「CM・映画の技術ユニオンにはアメリカ連邦政府の年金とは別にユニオン独自の年金制度があります。技術者の給与および年金、組合費、所得税、医療保険もすべて経理会社が計算してくれます。

ユニオンのスタッフを雇う場合、雇用主側の金額に対して年金、福利厚生費、労災保険、雇用税として約45〜50%の追加費用が掛かります。スタッフ本人には諸税関連など3割程引かれた手取りの金額になります。

スタッフの現場での事故に対する労災保険は雇用主が100%加入しています。ただし、医療保険はスタッフが個人で入る必要があります。これもユニオンが加盟している医療保険にお金を払えば入ることができます。フリーの身分だと医療保険は掛け捨てで1カ月500〜600ドル。3人家族だと1500ドルかかる。高いですけど、アメリカではまだ恵まれているほうかと思います」

●仕事と家庭、どっちが大事?

日本のテレビ、映画業界で働く人に聞くと、必ず声があがるのが長時間労働に加え、飲み会や接待が多いため、家庭やプライベートに負の影響をもたらすことだ。この点はどうなのか。

「アメリカ人は仕事よりも生活を優先します。家庭が90〜95%と言ってもいい。僕なんかは古い考えで、仕事があるから家庭が潤うと思ってるけど(笑)。

こっちでも撮影終わりに打ち上げはありますよ。大きなパーティーを開きます。ただ、接待なんてありません。日本だと制作会社も仕事欲しさにテレビ局員にクラブやキャバクラで接待しますが、アメリカの女性と結婚してから、ホステスさんがいる店に行こうものなら離婚です。あえて接待という言葉を使うなら、取引先を自宅のバーベキューに招くのが接待みたいなものですね」

●ユニオンのネガティブな面

ユニオンのスタッフが受けるメリットについて西谷さんに語ってもらってきたが、デメリットと考えられる側面も存在する。

「ユニオンの組合員の雇用は古株から優先される仕組みです。登録順で古いスタッフから使わないといけません。特に注文もない場合、ユニオンは古株を撮影隊に入れ込みます。ただし、スタッフのリクエストがあれば対処されることもあります」

雇った日本人からは「現場で全然動かない。1人で持てる機材を2人で運んでいる。こんなろくに動かないジジイ使わなきゃいけないのかよ」という文句が出ることもたまにある。「働かないおじさん問題」「年功序列」はアメリカのユニオンでも問題になっているようだ。

組合員の雇用が守られる一方で、そのためにハワイロケが敬遠されることもあるという。

「日本の制作会社やテレビ局としては『ユニオンを通すと面倒臭いし、高い。ハワイの絵を撮りたいけど、人件費が高いからハワイのユニオンの人を雇いたくない』となって他の国に行ってしまうんです。

タイの制作費はだいたいハワイの10分の1ですから。私たちの仕事も他の外国に取られて減りました。日本でも車のロケなんかは安くてユニオンのないチェコや北欧などで行っています。ユニオンは雇用を守る反面、営業としては良し悪しがあるのは事実です」

●日本でもスタッフのユニオンを機能させることができないのか?

それでも、西谷さんは「繰り返し言いますが、ハワイに来た日本の人たちは『アメリカのユニオンがうらやましい』と言って帰っていきます。そろそろ本気で立ち上がるときじゃないんですか」と話す。

「日本のCM業界のカメラマンたちは『労働組合が日本で必要だ』と話してますね。ユニオンを作ろうと動いて、仕事を干されてしまうのはみんな怖い。涙を飲んで耐える人が多い」

前編の記事でも登場した日本で働く30代音声スタッフの男性は「組合もあるにはあると聞いてるんですが、実態が見えるほど機能していません」と話す。

「自分の先月の勤務時間は340時間でした。でも給料が上がったことはありません。残業代もありません。もっとブラックな会社で働いていたときは月に430時間働いて手取り16万円でした。自分が今勤める会社の同僚は5年働いても手取りが17万円のままです。週休1日未満でこのまま将来も見えません。会社が新卒を募集しても3カ月でみんな見切りをつけて辞めていきます」

「なんとかしなきゃと思ってもどうしたらいいかわかりません。この仕事が好きっていうだけでなんとか続けられています」と肩を落とす。

日本の制作会社のプロデューサーは「アメリカのような働き方は理想ですし、日本もこうなるべきだとは思います。現場で働く人は長時間労働のわりに薄給で疲弊しています。ただ、番組予算が削られていく中でこのようなやり方を実現しようとしても正直無理。スタッフの人件費だけで予算が尽きてしまって、番組を作ることはできません」と悔しそうに話す。
 

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